「本当にごめんてば」
でも、僕だけが悪いんじゃあないと思うんだけれど、と続く台詞は松井の研ぎ澄まされた視線に制されてしまった。
手桶に湯を入れて部屋に戻ってきた桑名を一睨みした松井が布団の中でくるりと背を向ける。居心地が悪そうに身動ぎ続けているのは、先程までの名残が敷布のあちこちに有る所為だ。
枕元に手桶を置いた桑名は押し入れへと向かい、中からもう一組の布団を取り出して今あるものの隣へと敷く。それからいつまでも布団の中に籠城続ける松井の横に膝を付いた。
「ほら、起きて」
声を掛けるが起き上がる気配がない。ただちらりとだけその碧色の視線を桑名へとやった。
「……起きられなくしたのは、誰?」
「はいはい。僕、だよね」
云いながら首から背へと腕を入れて起こすと、桑名は自分に松井の身体を凭れさせる。全くと云っていいほど自立する気のない松井はくったりと遠慮無く全体重を預けていた。
固く絞った手拭いで松井の全身を清めていく。
首筋から肩。
綺麗に浮き出た鎖骨を辿れば鬱血痕と重なる黒子。
対の位置にある自身の黒子に目をやると小さな咬み疵。
「ふふ」
手の止まった桑名を振り返り松井がやわく笑む。
「なんなん?」
「別に……ふ、」
くつくつと微笑み続ける松井に小さく溜息を吐いた桑名は、はい、と手のひらを差し出した。その上に当然のように松井は自分の手を乗せると背を反らせて体重を掛ける。
「重いよぉ」
「なんでんなかやろ?」
「もお、」
何を云っても今の松井は今の態度を改める気はないらしい。諦めた桑名が受け取った手を握り、松井の白く細い腕を拭いてやれば少しくすぐったそうに肩を竦めた。
何度か手拭いを濯ぎながら全身を清め終え、新しい寝間着を羽織らせる。その頃にはすっかり夢見心地で松井の碧の瞳はとろんと蕩けだしていた。
「ねえ、松井起きて。あっちの布団へ行こう?」
抱きかかえたまま耳元で声を掛けても、松井は小さく首を振るばかりで動こうとしない。せっかく綺麗にしたんだからと強めに揺さぶっても全身の力は抜けたままだ。
「じゃあ、抱っこ、する?」
「……抱っこ?」
「うん。抱っこ」
ことん、と首を傾げ桑名を振り返り、花が咲くように微笑む松井。
「抱っこ、して」
「はいはい」
幼子のように手を広げる松井を横抱きに抱え上げ、隣の布団へとそっと横たえる。
「朝になって思い出して、きっとまた怒るんだよねえ」
こんな甘えたところを見せた事。
でもまあ、原因を突き詰めればこれは元々松井が煽ってきたからなんだけれど。
溜息を吐く桑名の口元も微笑んでいる。寝息の聞こえ始めた松井の露わになった額に軽く口付けると軽く息を吐き、その隣へと横になった。
‥了