人工惑星の一角、雪が舞い落ちる静かな街で、仲間たちは白い地面に足跡を増やし続けていた。騒がしいことだ、と他人事に思いながら、ディアスは空を見上げつつ、心のどこかで昔を思い出していた。
かくれんぼ。レナやセシルが幼い頃、よく付き合ってやったものだった。自分が鬼役になることが多く、たっぷり隠れる時間を与えておいたのに、いざ探し始めると、セシルが目の前の布を頭から被った状態で立っていたりして、対応に困ったことがあったのを覚えている。まだまだ、未来などわからなかった、平和な頃の話だ。
「ひゃ〜〜〜っ、どうしよお~」
素っ頓狂な声で現実に戻される。逃げ役のプリシスが勢いよく目の前を通り過ぎ、その後を小さい鉄の塊が焦るような様子でついて行った。ディアスが目だけでそれらを追っていると、街の入口の水場をひたすらぐるぐる回り続けている。と思ったら突然立ち止まり、辺りを見回すと、その水場に足をかけた。
「んしょ……っと、この中はどーかな…」
「おい」
ディアスはびしょ濡れになる前にプリシスを引き戻そうとしたが、半分間に合わなかった。両足は完全に濡れてしまい、水浸しの靴からポタポタ滴が垂れ、ディアスの足元まで濡らした。
「遊びでそこまでする愚か者がいるか……?」
「ほぇ? ディアスじゃん」
「余計な心配を他の奴らにかけるな、来い」
ディアスは半ば呆れつつ、プリシスを宿屋まで引きずって歩いた。
「あ~冷たかった〜。でも早く隠れなきゃね」
宿屋の暖炉前を陣取り、プリシスはしゃがんで暖炉に手を当て、呑気なことを言っている。ディアスはその隣で、しかめっ面で腕組みをしていた。
「下らんな……。戦い以外で死に急ぐ真似など理解できん」
「何言ってんのさ、遊びだって本気でやらなきゃ、一緒に遊んでるレナにも失礼じゃん」
はじめレナも嫌がった反応をしていただろうに、とディアスは思ったが、面倒なので黙っていた。
「ディアスも今から入れたげてもいいよ〜」
「………お前、俺が入りたそうに見えるなら、どうかしているぞ」
プリシスは、両手だけ暖炉に向けたまま、ディアスの方を向いてにかっと笑った。
「別に、かくれんぼじゃなくてもさ、いいんだ。あたしがバカなことして、レナやセリーヌや、みんながエクスペルのことで落ち込む時間を、ちょっとでもさ、少なくできたらな〜って、思ったんだ」
“───────エクスペルは、もう……”
セントラルシティでナール市長から、衝撃の事実を聞かされた直後の、この街の立ち寄りだったから。
「…………。それは、お前も一緒だろう」
「………あたしはへーきだよ、だってあんな親父だもん」
一瞬、笑みに陰りが見えたのは、きっとディアスの気のせいではないだろう。
きっと、ここにいたのがクロードであれば、自分よりもずっと気の利いたことが言えるのだろうに、と思うが。ディアスは口を開く。
「強がりは身を滅ぼすぞ」
「…………だって、暗いあたしなんてお呼びじゃないじゃん」
プリシスは手を引っ込めて、座っている身体を更に小さく縮こまらせた。口元を両膝の中に沈める。
「俺はわからんが、明るかろうが暗かろうが、ありのままをお前らは今まで見せ合ってきたんじゃないのか?」
ディアスは無造作に毛布をプリシスの方に投げた。プリシスが縮こまったのは、寒気が来たのだろうと察してくれたのだとプリシスは思った。些細な優しさが、今のプリシスには沁みた。視界が涙のせいで少しだけぼやける。グラフトの煤まみれの顔が浮かぶ。
パパ。小さく呟く。とほぼ同時に、宿屋のドアが開く音がした。ディアスが扉の方を向いたのがわかった。
「──あっディアス、プリシスを見なかった?」
レナがディアスに向かって歩いてくる音がする。
まずい。動けない。プリシスが固まる。何もかも見られたくない姿だらけだ。無人くんはどこに行ったんだろう。一瞬のうちに思考を巡らす。
硬くなった背中に、後ろに距離を詰めたディアスの脚が触れた。
レナに見つからないよう、ディアスの長身がプリシスの小さい身体を隠してくれていた。レナがよく目を凝らさなければ、濡れた荷物を拭いている毛布の固まりにしか思われないように。
「……さあな」
触れている部分から、じんわりと人の温もりを感じる。固さがそこから少しずつ解れていく気がした。
一瞬だけ、ちらりと二人が話している方を向く。長年の幼馴染だけに、二人の距離は近い。クロードが妬くのも無理はないなと思う。
レナがディアスの服の袖を摘んでいるのが見えて。ちく、と針が刺すような痛みを、胸の辺りに感じる。
「大学の方へ行ったように見えたが、人違いかもしれん」
「そうなの……。無人くんがここの前でぐるぐるしてたから、この辺かしらと思ったんだけど。もうちょっと探してみるわ、ありがとう」
踵を返し、再び宿屋のドアが開く音がした。完全に気配がなくなってから、プリシスは毛布から飛び出しぷはーっと大きく息を吐いた。
「さんきゅ〜ディアス、助かったよぉ」
「……乾いたのか」
「ん、おかげでね〜」
立ち上がって、仁王立ちでピースサインをする。やれやれ、といった様子で、ディアスは足の埃を軽く払った。宿屋のドアに手をかける。
「あれ、どっか用事?」
「あいつの顔が赤かった、ずっと外でお前を探し回っていたんだろう。風邪をひく前にそろそろ答え合わせをしてやれ」
もう少し後でいい、と言い残して、ディアスは外へと出て行った。それと引き換えのように、無人くんが部屋の中に入ってくる。
「……………」
ディアスが仲間になる前に、レナが教えてくれた。
マーズの村で久しぶりに再会して、事件が解決した途端に去ってしまった時、セリーヌが言っていたらしい。
“あの人ぶっきらぼうのくせに目立つから”
なぜか今思い出して。思わず口をついて出た言葉。
「……レナはいいなぁ」
呆けた顔のプリシスを、無人くんは不思議そうに見つめていた。