仲良しの味(或いは、目的と手段が入れ替わる話)「すみません、そういったものは受け取れません」
お気持ちだけありがたくいただきます。
七海がそう言って他人からの貰い物をきっぱり断るところを何度も見た。
早い話が、俺のせいだったりする。
上層部の目の上のたん瘤と名高い俺だが、一度外に出れば五条家の至宝としての顔の方が知れ渡っている。
当然、俺に擦り寄ってくる奴もいるけど、俺は有象無象を相手にしない。
今日だって依頼主のオッサンがずっと俺の横で何か話してたけど、全部シカトして迎えが来るまで傑と電話して暇を潰していた。
電話の向こうで傑がやれやれといった風に笑っているのが聞こえた。
そう、俺は俺が許した相手以外に興味がない。まったく、これっぽっちも。
傑にそれとなく注意されたことがあるが知ったことではない。どうして俺が碌に知りもしない人間相手に気を回してやらねばならないというのか。
ところがこれによりとばっちりを受けるやつがいた。俺の周囲の人間である。
非術師家庭上がりの癖に五条家次期当主と親しくしているからと何かとやっかまれるらしい。
傑も硝子もそれに対して何か言うことはないし、俺もわざわざ態度を改めてやるつもりもない。あいつらはこんなの歯牙にもかけないから、わざわざ俺が庇ってやる必要もない。俺の同級生は揃いも揃ってイイやつらなのだ。
もちろん語尾に根性とか性格がつく。
一々そんなこと報告しあうまでもないから、すっかり忘れていた。俺達の可愛い後輩もまた非術師家庭上がりであり、まだまだ素直な性格だということも。
七海が一服盛られたという話を俺が聞いたのは、俺が任務を終えて高専に帰ってきてからだった。高専内で一人の窓から差し出された菓子を食べて体調を崩したらしい。
幸い使用された薬物は死に至るようなものではない。犯人の窓は京都校所属の奴だったことだけ聞いた。
犯行理由など聞く必要もない。要は嫌がらせだ。
五条家次期当主様が御膝元の京都校でなく、わざわざ東京の姉妹校に行ったことに不平不満を漏らす奴はいまだにいる。そもそも御三家の人間が呪術高専に入ることすら異例なのだ。
傑から話を聞いて翌日様子を見に行ったが、七海は俺の顔を見て顔をしかめるだけで何も言ってこなかった。いつも通りの反応だった。言っても別にいいのにと思った。
それ以来、七海は人から貰い物の一切を受け取らなくなった。とりわけ手作りのとわかる食べ物はあからさまに避けるようになった。
自分で作るか、食堂のおばちゃんが作った物にしか確固とした信用を置けなくなったらしい。
早い話が、俺のせいだ。
しかしどうやら一部例外があるらしいことを最近知った。
先日、傑が夜食の炒飯を作っているところに突撃してつまみ食いをしていたら、七海と灰原がやって来た。
こいつらも小腹を空かせていたらしく、カップ麺でも開けようとしていたらしい。涎をたらしそうな顔で傑の手元を凝視している灰原に、傑が擽ったそうに笑いながらお皿持っておいでと伝えると大喜びで食器棚に飛んで行った。
その流れで、いたって普通に、七海もいる?と傑が聞いた。七海は、ありがとうございます。いただきます。といたって普通に答えた。
後日、なんで七海は傑が作った物を食べたのか、傑に聞いてみた。
あいつ、そんなに炒飯好きだったのか?毒が入ってるかもしれないのに。
傑は、時々俺のことを小さい子供を相手しているかのような目で見てくることがある。この時もそうだった。
「悟は知らない人から貰った食べ物なんて怪しくて食べようと思わないだろ?それと同じさ」
「知ってるやつが毒盛らないとは限んねえだろ」「その可能性もないとはいえないけどね、七海は私を信用してたから炒飯を食べたのさ」
「毒盛られるかもしれねーのに食べてもいいって、どれくらいシンヨウしてたら思えんの」
「お互いに仲が良いと思えるくらいかな」
「ふーん」
また後日、高専内で七海を捕まえた。
お互い任務だ授業だで中々機会がなく、会うのは一週間ぶりだった。七海はいつものように嫌そうな顔で振り返った。
「なーなみ」
「…なんですか」
「俺とお前って仲いいよな?」
はあ?とおかしなものを見る目で俺を見てきた。
「逆に聞きますが、俺とあなたの仲が良いと思える場面が一度でもありましたか?」
「んまっ!失礼しちゃう!」
どうやら先輩と後輩というだけではまだ仲良しではないらしい。俺は背中に隠し持っていた袋を雑にズボンの尻ポケットに突っ込んだ。
ビニールががさりと音を立てる中に混ざって、パキリと微かに割れる音がした。
さすがに七海にも音が聞こえたようだが、特に何か言ってくることはなかった。
「何の用だったんですか。用がないならもう行きますよ」
そう言うと俺の返事を聞くことなくさっさと行ってしまった。
「五条さんだ!こんにちは!」
狙ってたかのように、後ろから灰原に声をかけられた。
振り返ると、傑と灰原がこちらに向かって歩いてきていた。並んで歩く姿はなるほど確かに仲が良いと言えるのかもしれない。
俺は再度尻ポケットから引っ張り出した袋を適当に二人に向かって投げた。傑が危なげなく受け止める。
「急に危ないだろう、悟」
「お前ら、それ食っていいぞ」
「何ですか?これ。クッキー?もらっていいんですか?」
「おう」
「わー!ありがとうございます!」
「いいのかい?これ見るからに手作りなんだけど。誰から貰ったの」
「俺だけど」
会話中それまでずっと手元に視線を落としていた二人がばっとこちらを見上げた。おい信じられないものを見るような目で見るな。特に灰原。俺先輩だぞ。
「…いいのかい?これ、見るからに誰かにあげる予定のやつだったろ」
傑がさっきと似たような言い回しで聞いてきた。別にいい。もうやる予定もなくなった。
先の問いには答えず、にやりと口角をあげてやる。
「初めて作ったから味の保障はしねーぞ」
もちろん嘘だ。俺は天才なのでちゃんとレシピ通りに作ってちゃんと味見もした。
出来たてを口に入れて若干口の中を火傷するアクシデントはあったものの、きちんと中まで火が通ってたし、味も申し分なく美味かった。
傑はまだ何か言いたげだったが無視して二人に背を向けて歩き出した。背後から、ありがとう、悟。と飛んでくる声に、特に振り返らず手をひらひらさせながら、頭は次の作戦会議にシフトしていた。
絶対七海と仲良しになって、あいつに俺の作った物を食わせてやる。
自分でも何故ここまであいつとの関係に拘っているのか、よくわかっていないけど、とにかくこの時の俺は、七海とナカヨクなりたいと強く思っていたのだ。