わかってるじゃないですか「家を買ったんです」
どうぞ。そう言って渡されたのは、小さくて平べったくて、ギザギザしている金属の塊。
キーホルダーもカバーも何にもついていない、どこかを開けるただの鍵。
「そう」
「ちゃんとそれで玄関から入ってくださいね。これまでのように窓から入るとかされると、あっという間に近所に噂が広まってしまいますから」
「は?まってこれお前んちの鍵なの」
口に出してから自分の返答がおかしいことに気付いた。いや当たり前だろ、これがロッカーの鍵に見えるとでも?
どうやら思いのほか動揺しているようだ。案の定、目の前の後輩は怪訝な顔でこちらを見上げている。
「話の流れ的にそうでしょう。これが高専のロッカーの鍵に見えますか?」
こちらの思考を見透かされたような発言にじわりと掌が湿った。
いつからこんなに女々しくなったんだ。一人で勝手に居た堪れなくなっているのが悔しくて、今度はこちらが睨め付ける。
「お前、いつも家行くといやそうな顔してる癖に、こういうことしちゃうんだ」
「毎度毎度凝りもせずベランダから来ないでくださいと言ってるだけです。玄関から普通に入ってくればそれなりの対応をしますよ」
今まではその都度注意されても気にせずベランダから出入りして、結局いつも溜息を吐きながら窓を開けてくれていた訳だけど、今回ばかりはそうもいかないようだ。
男はこちらを見ない。しかし、こちらの次の動きを注意深く伺っている。
「あなたの荷物も全て今の家に移しましたからね」
「…お前、もしかして僕のこと囲おうとか思ってる?」
「───なんだ、」