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    namo_kabe_sysy

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    800文字(前後)チャレンジ
    63
    アル空 風邪っぴき空くんとお見舞いにくるアルベドくんのお話。現パロ軸です。ゲストに蛍ちゃん。

    #アル空
    nullAndVoid
    ##800文字(前後)チャレンジ

    63 アル空妹の蛍が使う部屋の隣に、空の自室はあった。
    室内には勉強で使うデスク、主にゲームの時に活躍するテレビ、お菓子を置くのに重宝するローテーブルがある。そして現在、空が体を潜らせているベッドが、部屋の主人を抱き止めている。
    「ああ〜も〜さいあくだ〜」
    呻く空の声に反応する誰かはいない。虚しく消えていくじとりと重い言葉に、さらに眉間に皺が寄る。
    本当なら今頃、アルベドと映画を観ているはずだったのに。
    それがどうして、当日になって風邪なんか引いてるのか。空は自分の身体にずっと悪態をついていた。
    ベッドの上で、仰向けになったりうつ伏せになったり忙しなく動きながら、枕元に置いた携帯に手を伸ばす。メッセージの着信は……特にない。知っていて、アルベドとの最後のやりとりを読み直す。
    『ごめん、風邪引いたみたい……熱も出ちゃったから、今日の約束、また今度にしてもいい?』
    『もちろんいいよ。キミの体調の方が大事だからね。今日はゆっくり休んで、無理をしないようにね』
    申し訳なかったな、という気持ちと、思ったよりあっさりしてるんだな、というガッカリ感と、楽しみにしていた予定が潰えたことの悲しさが押し寄せてきて、頭痛がより酷くなった気がする。
    カーテンの隙間から覗く外の景色は、午後一時の天候の良さを物語り、近所の小学生たちが遊んでいるのか、楽しそうに笑う声も聞こえてくる。
    ああもう、ほんと、最悪だ。
    横向きになって、硬く目を瞑る。このままだと世界のすべてを呪ってしまいそうで、嫌だった。
    「……会いたかったな」
    映画を見て、ご飯を食べて、買い物もして、いろんな予定を立てていたのに、全部崩れてしまうなんて。
    じんわり滲んでくる涙をそのままにして、空は不貞腐れたように、もう一度眠り直すことに決めた。

    『ほたる、ほたる、ねえ、大丈夫?』
    『お兄ちゃん……平気だよ。おくすりも飲んだから、あとは寝てれば治るって』
    『でも、苦しそうだよ……』
    『今だけだよ。明日になったら、げんきだもん。……あ、でも』
    『なあに?』
    『私がねむるまで、お兄ちゃん、ここにいてくれる? 手を、つないでてほしいの』

    いいよ。そんなこと、いくらでもしてあげる。

    ――幼い頃、蛍が寝込んだ時の記憶だ。
    風邪をひいてる蛍より、どうしてか空の方がつらくなっていて、きっと泣きそうな顔を見せていたのだろう。蛍からのお願いはおそらく、空が安心するための措置だったと今ならわかる。
    幼い頃から聡い妹だった。それくらいのことはしていてもおかしくなかった。
    手を握って、微笑んだ妹がそのまますよすよ眠る様子に、ほっとしたことを思い出す。
    悪い夢を見ませんように。熱が下がって、少しでもはやく治りますように。
    祈るように指を絡めてしばらく寝顔を眺めていたら、空にまで睡魔がとりついて、そのまま一緒に眠ってしまった日。遠い過去のことなのに、どうして今になって思い出しているのだろう。

    「…………、……?」
    手指に、あたたかい何かが触れている。わずかに動かすと、そのあたたかい何かも連動するようにしてついてくる。
    知っている、感触だ。
    このぬくもりの正体を、空はそれこそ、数日前にも確かめている。
    「なん、で」
    君がここにいるの、と 掠れた声が口から転がった。
    眠った時、部屋には空一人だけだったはずだ。だというのに、いるはずのないアルベドがこの部屋にいる。
    今日は会えないと思っていた恋人が、間近にいる。
    「ああ、目が覚めたんだね。具合はどうかな?」
    アルベドはベッドの近くに腰を下ろして、空と手を繋いだまま雑誌を読んでいた。化学か何かの特集をしている内容らしかったが、専門知識のない空は、写真を見ても理解することは難しかった。
    フルカラーで印字されたページをぱたりと閉じると、アルベドはあいた方の手で、空の額にひたりと触れた。前髪を払って触れてくる彼の繊細な手指に、思わず目を細めてしまう。
    「ん……もうだいぶ、良くなったと思う」
    「それなら良かった」
    熱も引いてるみたいだねと穏やかに微笑むアルベドに、胸がきゅうと狭くなる。
    「……いつからいたの?」
    「一時間ほど前かな。簡単ではあるけどお見舞いの品を届けにきたんだ。眠っているようだったから、持ってきたものは蛍に渡して、帰ろうかなと思ったんだけど」
    「……?」
    「手をつないでいて欲しいって、言われてね。その方が、お兄ちゃんは安心するからって」
    ――それで、本当に手をつないでくれたの?
    一時間も、ただ寝てるだけの俺のそばにいてくれたの?
    今日の約束も守れなくて、情けないだけの俺のために?
    アルベドの輪郭がぶれてしまう。視界全体に薄靄がかかったような光景に、涙の膜が張っているのだと遅れて気がつく。
    だめだ、こんなところで泣いたら余計呆れられてしまう。ただでさえマイナスポイントしか稼いでいないのに、これ以上積んだら目も当てられない。
    こぼれそうになる雫を拭おうとしたら、「空」とひどく優しい声で呼ばれる。それからアルベドの人指し指が、かわりに雫を払ってくれた。
    「ごめ、俺……」
    「どうして謝るの?」
    「だって、今日……せっかく、映画……」
    「公開期間はまだあるよ。焦らなくても大丈夫」
    「でも、もっとちゃんと、風邪、ひかないようにしてたら……」
    「誰だって体調を崩す時はあるよ。ボクだって同じだ。キミだけじゃない」
    「……、……けど、」
    「ねえ、空。あんまり自分を責めないで。……たしかに、キミとの予定が延期になったことは残念に思うよ。けれど、次の約束は結べるだろう? キミは何も悪くない。それに……逆に考えて欲しいのだけど。たとえばボクとキミの立場が反対だったとして。キミは、今キミ自身に投げている追及の言葉を、ボクに掛けたりするのかな?」
    握られた手がアルベドの方へ引っ張られて、彼の頬と手の甲がくっつく。やわらかで肌に吸い付く感触にどきりとしたけれど、問われたことには咄嗟に答えていた。
    「しないよ、そんなの! アルベドはなにも悪くな……、……あ」
    「ふふ、伝わったかな?」
    「……、……うん」
    誘導されてようやく、自分の思考があまり良くない方向へ走っていたのだと気づく。
    言われてみればそうだ。アルベドに限らず、蛍や他の友人が同じように寝込んでいたとして、情けないな、とか、体調を崩すなんて、とか、そんなこと思ったりもしないし、わざわざ説教することだってしない。
    別に引きたくて風邪を引いた訳ではないのだ。仕方のないこと。だからまずは回復するように休んでいてねと、それだけの言葉を送って終わる。
    しかし弱りきった状態に晒されていると、どうにも俯瞰して物事を見ることができなくなる。何もかも自分が悪いのだと、ひとりで自分をいじめ始めてしまうのだ。
    そんな泥沼の中からすくってくれて、いつもと変わらず優しい眼差しをくれるアルベドに、空はまた胸を締め付けられてしまう。
    「キミは、とても責任感が強いから。それは長所だけれど、行き過ぎると少し心配になる。……こんな日は、考えることをやめていい。人に甘えたっていいんだ」
    「……、ほんと?」
    「ああ、本当だよ」
    「……それなら、このまま、手をつないでいて」
    俺が寝るまででいいから、と付け足してみると、アルベドは「わかった」と、面倒なそぶりなど一切見せずに微笑んでくれる。
    やんわりと優しく、それでいて強さも感じられるような、心地いい力加減。ぬくもりも伝わってくる手の感触に安心したせいか、再び瞼が落ちそうになる。
    甘えてもいい、そう言われて、肩の力が抜けていくような、心まで縛っていた糸が緩くなっていくのがわかった。そうして自由になった本音は、空の体を操り始める。
    アルベドの頬のそばにあった繋がれた手を、空はゆっくり自身の口元に持っていった。
    彼の手指は白く、美しい。
    この手が眩いキャンバスに色彩豊かな絵を描くことや、扱いに注意が必要な薬品を作ること、さらには空の身体、その内側にまで届くことを考えると、腹部に熱が宿りそうになる。
    けれど今、その熱を拾うことはできない。拾ったところで十分に膨らませることも難しそうだ。
    だから元気になって、いつもの調子に戻ったら、今日できなかったことを、たくさんしよう。
    そう決めて、空はそのまま、アルベドの小指にひとつだけキスを落とす。
    「……また今度、映画、行こうね」
    約束。
    それだけこぼすと、空はゆっくりと意識を手放し、深い眠りの中へ潜っていった。

    ***

    「お兄ちゃん、ちゃんと眠れた?」
    空の自室を出て階段を降りたところに、蛍が顔を出す。アルベドは頷いてから、促されてリビングに入った。
    ダイニングテーブルには焼き菓子と紅茶が用意されていた。わざわざ淹れてくれたのか、と驚くと「お客さんだからね」と蛍は笑っている。
    「お見舞いもありがとう。ゼリーとか色々……ちょうど買いにいこうと思ってたんだ。助かったよ」
    「どういたしまして。ボクの方こそ、キミからいいヒントを貰ったからね」
    「ヒント? ……ああ、手をつないでて欲しい、って話かな」
    椅子に座って、向き合いながらクッキーを齧る。チョコレートがマーブル状に練られているそれはちょうどいい甘さの味だった。
    「ああ。彼を安心させる術が増えたよ。……てっきり、兄妹の間でしか効果がないと思っていたけれど」
    「そんなことなかったでしょ? だってアルベドは、お兄ちゃんの大切な人だもの。効果抜群に決まってるじゃない」
    くすくす笑う蛍の笑みを見ていると、彼女には空との色々なことを見透かされている気がしてくる。けれどそこには不快感もなく、どちらかというと安堵を感じてしまうのだから不思議だった。
    「……ありがとう。これからもそんな存在でいられるように努めるよ」
    「真面目だねぇ。……二人とも、そういうとこがよく似てる」
    ほどほどにね、とクッキーを頬張る蛍に笑い返したあと。口元を緩めたアルベドは、淹れたての紅茶を一口、啜るのだった。
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