END後ロイドについてあのとき、砕けたミトスの輝石が俺のエクスフィアに吸収されていくのが見えた。
そしたら急に身体が軽くなって、「今なら飛べる」ってなんの躊躇いもなく思ったんだ。
きっと、ミトスが俺の背中を押してくれたんだ、俺はそう思ってる。
「久しぶりね、ユアン」
「リフィルか」
新たな世界樹、ユグドラシルがこの地に根付いて数十年の時が経った。
世界樹の発芽という世界規模の事象。
その立役者の一人であったリフィルは、久方ぶりに世界樹の下を訪れていた。
「珍しいな。お前はあまり、ここへは来ないだろう」
「あら、用がなければ来るなと言ったのはあなたよ?」
「私は控えろ、と言ったんだ」
世界樹の存在が知られれば、悪用される可能性もある。
それを危惧して、世界樹誕生の後守り人となったユアンは、その事実を知る者たちにあまり近寄らないよう釘を刺していた。
だというのに、彼らはそんな忠告など聞きもせず、特にラタトスクの一件の後からは、代わる代わるここを頻繁に訪れていた。
それももう、過去の話ではあるのだけれど。
「他の奴らは人の言うことを聞きもせず、しょっちゅうここに来ていたからな、まったく……」
「皆心配だったのよ、寂しがってるのではないかと」
「私が寂しがるわけないだろう!?」
「あら、わたしはマーテルのことを言っていたのだけれど」
そう言って微笑むリフィルは、この数十年でさらに大人の色香が増したようだ。
ユアンはどんなに自分のほうが長く生きていても、リフィルにはこの手の舌戦で全く勝ち目がないことを身を以て知っている。
彼女の戯れに顔をしかめつつ、ユアンははやく本題に入るようリフィルを促した。
「それで、今日は何用だ?」
「……コレットが、亡くなったわ」
少し躊躇いがちに、しかしはっきりとリフィルは告げた。
「……そうか」
人の命は儚い。
ハーフエルフであるリフィルとジーニアスを除いた当時の仲間たちは、コレットを最後に皆この世を去った。
だから人間は好かない。
親しくなればなるほど、こちらが辛くなるだけだ。
「彼奴はどうしている?」
「あの子、コレットが亡くなる前の晩にふらっと帰ってきたのよ。そのまま看取って、すぐまた旅に出てしまったわ」
「相変わらずのようだな」
ユアンはそう言って溜め息を吐いた。
「コレットが臥せってから、前にも増して無理をするようになったわ。コレットはあの子の抑制剤だったのよ。今は文字通り、寝る間も惜しんで、というようね」
「笑えない冗談だ」
彼奴はもう、眠ることができないのだろう?
ユグドラシルを倒した後、地上から離れていく世界樹の種子を追う際に出現した彼の翼。
あの時はユグドラシルの輝石が助けただけの一時的なものだと、誰もが気にも留めなかった。
それに、例え天使化していても、左手の甲にあるその石を外せば解けるものなのだという考えをどこかで持っていたのだろう。
しかし何年かして偶々エクスフィアを外す機会が訪れた時、彼は自身の体に違和感を感じたという。
エクスフィアは付けている者の身体能力を底上げする。
逆を言えば、外せば能力がガクリと下がるものなのだ。
それなのに、外しても身は軽いまま、五感も冴え渡ったままだったのだ。
はじめ、彼は仲間にその事を伝えなかった。
しかし、共に旅をしていたコレットに毎夜眠れていないことを知られてしまい、その後はなし崩しに嘗ての仲間全員に全てを知られてしまった。
どうして言ってくれなかったと皆、彼を責め、そして泣いた。
ゴメンな、でもこれで父さんとの約束を守れると思うと、少し嬉しい気持ちもあるんだ。
そう言って彼は微笑んだ。
同じ経験をしたコレットだけは、涙で顔をグシャグシャにしながらも、終始無言で彼を抱きしめた。
彼はその後エクスフィアを外すようになったが、その姿は19歳のときのまま変わることはなかった。
きっと彼は、リフィルやジーニアスすら見送ることになるのだろう。19歳の姿のままで。
「やはりミトスの輝石を吸収したから、なのでしょうね」
リフィルはポツリとそうこぼした。
「だろうな。彼奴のエクスフィアと生い立ちは元々特殊だったこともあるが、引き金はやはりそれだろう」
あの時は、ミトスが、古代勇者であった彼が、最期の最期に世界を救うことを選んだのだと思っていた。
現にあれがなければ世界は救われなかったし、結果としてはそうなるのだろう。
「嘗ての仲間である貴方に言うのは間違ってるのかもしれない。でも時々思ってしまうのよ、今のあの子を見ていると」
――あれは、彼の呪いだったのではと。
少しの静寂の後、ユアンは口を開いた。
「分からんよ、奴が考えていたことなど」
4000年前から、ちっとも分からなかった。
ユアンは嘗ての仲間の名を冠した、未だ年若い世界樹を見つめながらそう呟いた。
これからも彼は生きていく。
自らが討った堕ちた勇者のようには決してなるまいと、歯を食いしばりながら。
それでも彼は、生きていくのだ。
永遠とも呼べる時を。