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    ひろラハ。練習用に書いたやつです。

    赤ずきん(仮) ぶどう酒にパンケーキ、洗いたてのシーツ。
     バスケットにまとめられた荷物を見下ろして、カ・デラ・ティアは小さな溜息を吐いた。
     童話の少女が祖母を訪ねるのと同じ荷物だ。少女はたしか、オオカミに丸のみされてしまう。馬鹿げた記憶がよぎって憂鬱になった。ホストファミリーが昔話好きの男だからかもしれない。
     オールド・シャーレアンの魔法大学には、短期留学の仕組みがある。国外の子どもを現地の家庭にホームステイさせ、一流の学びに触れる機会を与えるのだ。
     カ・デラのホストファミリーは、哲学者議会の議員だった。赤い髪のミコッテで、グ・ラハ・ティアという三十路半ばの男だ。アラグ文明の研究で賢人位を持ち、嘘か誠か、暁の血盟の一員だったと聞く。かつて終末の危機が星を襲ったときには、英雄と共に宇宙まで出向いたという。
     壮大すぎて、話半分に聞いていた。一緒に暮らしていると、とてもそんな風に見えない。寝坊はするし、バルデシオン委員会のクルルに頭が上がらない。昔話をさせたら、いくらでも冒険譚が出てくる。どこから作り話なのか疑わしい。目をきらきらさせて自身の、そして憧れの英雄の話をする彼は、年のころよりずっと若々しく見えた。話が長いとクルルに切って捨てられることもしばしばだった。
     今日、カ・デラが魔法大学から帰ると、そのグ・ラハ・ティアがバルデシオン委員会分館の玄関で耳をしおれさせていた。大の大人がここまでしょげ返るものか、と驚くほど、へこんでいる様子だった。
     ──すまないが、これをあの人に届けてもらえないだろうか。
     外せない会議が入ったらしい。世話になっていることもあって、カ・デラはひとつ返事で応じた。
     あの人、というのは街の外れに住む男性だ。独り暮らしで、何をして暮らしているかさっぱり見えない。グ・ラハが彼の元に三日とあけず通っていることは、一緒に住んでいる以上、知っていた。このバスケットは、グ・ラハが彼を訪ねる時に土産を下げていく籠だ。
     好奇心が首をもたげる。同時に、カ・デラは自身に言い聞かせた。今ひと時、自分は冒険者にならねばならない。依頼主の事情に首を突っ込まず、頼まれたことだけ、やりおおせばいい。下世話な好奇心をむき出しにできない。
     こんなことを考えた理由がある。
     グ・ラハは時々、明朝まで帰らない。明朝に帰ってくる時は、どこかでシャワーを済ませてくる。仕事が忙しいのだと信じていたのは、はじめだけだ。一緒に住んでいれば、存外目につく。明朝に帰ってくるグ・ラハから、男のにおいがした。受粉してしおれた朝顔のような風情で笑う男を見たとき、正直なところ、カ・デラは恐怖を覚えた。
     グ・ラハと件の男は恋人同士ではないか。察したのは、自然な流れだ。
     故郷の村に男同士で伴侶になった者はいなかった。サン・シーカーの村にその文化はなじみがない。おびえながら逃げ出さずにいたのは、学校の学びが魅力的だったから、そしてグ・ラハが幸せそうだったからだ。
     しかし、改めてバスケットに目を落とせば、お使いの荷物には洗いたてのシーツが入っている。とんでもなく気まずいお使いを引き受けてしまった。
     好奇心は猫を殺すという。すみやかに用事を済ませると心に決めて、カ・デラは道を急いだ。
     針葉樹の影が長く伸びる日暮れだった。足元の不揃いな石畳は丸く滑らかな表面をしている。この石畳はかなり古く、新しく作られた橋と明らかに材質が違う。主要な道ではこまめに手入れされているが、脇道にそれるに連れて、石畳は黒い土をかぶり始める。やがて足元から石畳が消えると、ふっくらした黒い土が足を受け止める。寒冷で乾いた風の吹くシャーレアンでは、ぬかるみを踏む心配が少ない。
     オールド・シャーレアンにきてから、グ・ラハの家と魔法大学を往復するほか、ラストスタンドに足を伸ばすのが精いっぱいだった。森に踏み入るのは初めてだ。
     両脇にぬっとそびえる針葉樹は威圧感がある。長くここにそびえているのか、幹が太く、葉も豊かだ。さわやかな香りが肺を満たす。森の木が大きい分、影も濃い。カ・デラは薄暗がりで不安になった。
     薄闇の中で、グ・ラハと男の関係をやけに生々しく想像してしまったせいだ。これから男の家を訪ね、ベッドに触れる。そこは、二人が生々しく過ごした場所である。
     カ・デラが知るグ・ラハは明るい人だ。利発、かつ親切となれば、敵は少ない。多くの人に愛されている。彼の提案なら、と受け入れる人も、少なくない。人格者なのだ。ただれた噂など、聞こえてこない。きっと彼らは一途に愛し合っている。これはカ・デラの想像にすぎないが、グ・ラハは子供じみた理想を疑わせない人だった。
     ここにきて、カ・デラは自身が思っている以上にグ・ラハを信頼していることを知った。
     それでも不安になるのは、この先にいる人物が未知だからだ。これはきっと、グ・ラハの生活においてもっともプライベートな部分である。いくらホストファミリーとはいえ、こんなにも赤裸な生活に触れようとは考えても見なかった。
     目的の家は、オールド・シャーレアンのはずれにある。区画を細かく区切る門扉を抜けて少し歩くと、一軒だけ離れて立つ家が見つかった。
     住所のメモ書きに目を落とす。番地を確かめる。ここだ、と確信して、小さな家を見上げた。オールドシャーレアンらしい石造りの家で、まだ新しい。荷物を届けて、シーツを引き上げたら依頼完了だ。早く用事を済ませよう、と思った。
     カ・デラは行儀よく玄関の扉をノックした。しかし、応答がない。首をかしげ、しばし待つ。扉越しに、人の気配がある。苦し気な呻きが聞こえた。
     大丈夫だろうか。差し迫った様子はないが、ノックには対応できずいるのか。
     荷物をおいて帰るべきか。けれど、古いシーツを回収しなければ。
     いろいろな考えが脳裏を廻った。
     迷ったが、やがてカ・デラは扉に手をかけた。怪我でもしているなら、自分の魔術が役立つかもしれない。あるいは鍵がかかっていれば、荷物をおいて帰る言い訳になる。
     果たして、鍵は開いていた。
     するり、扉が開く。
     悩むうちに、すっかり日が落ちていた。とっぷり暮れた森の小道に、室内から光がこぼれて足元に白い筋が落ちる。
     室内は明るい。ダイニングキッチンと寝室が一間にまとまった空間だ。そこに、人の姿がある。ヒューラン、ミッドランダーの男だ。彼はダイニングの椅子に腰かけ、右足を抑えていた。その膝から下に空白がある。見た目の衝撃に反して、血の臭いは一切しない。床に転がっている足は、義足だろうか。カ・デラはなんとか悲鳴をこらえた。ただ、家主の視線は厳しい。気迫も、カ・デラを縮み上がらせるに十分だ。男は顔をしかめ、じっと体を固くしているらしい。
    「誰だ、お前」
     男は低い声でカ・デラに問うた。
    「グ・ラハさんのお使いで、シーツを届けに」
     やや震える声でこれを告げると、ふっと空気が和らいだ。
    「悪いな。取り込み中だ」
     男は薄く笑い、すぐ顔をしかめた。ぐう、と低く呻いて右足を押さえつける。
     カ・デラはたまらず部屋に踏み込み、テーブルに籠を置いた。それから、男の右ひざに手を添える。さっき見た通り、傷はない。断面はつるりとした皮膚に覆われていた。
    「痛むんですか」
     男の額に汗がにじんでいた。奥歯を食いしばった隙間から息が漏れる、ふうふういう苦し気な声も聞こえる。
    「ちょっとな。すぐ収まる」
     痛みからであろう、過度の緊張を強いられて、男の筋肉は隆起していた。全身に霧吹きを吹いたように汗がにじみ、関節がみしりと音を立てる。
     とてもではないが、少しの痛みをこらえる姿に見えなかった。
    「悪いが、薬をとってもらえるか。そこの戸棚に入ってる」
     言われて、カ・デラは視線をめぐらせた。
     戸棚、と呼べそうなものは、ダイニングにあった。ガラスの扉がついていて、中に小さなガラス瓶が並んでいる。カ・デラは戸棚に飛びついた。少しでかまわない、何かしてやりたかった。ずらりと並んだ薬品は不揃いな色をしている。一番多いのは金色のシロップで、これをまとめて置いてある場所に奇妙なスペースがある。使っているのだ、とわかった。
    「これ? これでいいですか?」  
     瓶を取って男に差し出す。彼はうなずくとカ・デラから瓶を受け取り、喉を鳴らして薬を飲んだ。ほとんど一息だった。
     彼は深い溜息を吐き、瓶をテーブルに置くと、足を抑える姿勢に戻った。よほど痛むのだ。しかし、先ほどより表情に余裕が見える。カ・デラはしばらく彼を見守った。固唾を飲んで、十分ほど経った。男の体にみなぎっていた緊張がふっと和らぐ。男は顔を上げ、疲弊した顔でふうわり笑った。
    「悪い、助かった」
     やわらかい笑みだった。汗ばんだ髪や、痛みに疲れた顔の印象を被って穏やかな空気が彼を満たす。
     カ・デラの緊張は緩んだ。
    「いえ、俺、なにもできなくて」
     幻肢痛という言葉だけ知っていた。それがこうも人を苦しめるものだとは、今知ったのだ。
     男は、頭を重たそうに振る。すぐ近くに転がっていた義足を拾い上げ、億劫そうに填める。
     その動作を見ながら、カ・デラはテーブルにぶどう酒とパンケーキを並べた。
    「これ、グ・ラハさんから」
    「ああ……。ありがとう」
     ふうわり笑う顔が以外に人懐っこい。辺鄙なところに一人で住んでいる男とは思えぬ社交性の片鱗が見えて、どきりとした。
    「世話になったし、茶くらい飲んでいくだろ?」
     ゆらりと立ち上がりかけた男の肩をとっさに押しとどめ、カ・デラははっとする。白いラフなシャツの下に、隆々とした肉体がある。男はおとなしく腰をおろしたが、それはこちらの意志を汲んでくれたからに他ならない。子どもが大人を押しとどめるのと同じことだ。
    「まだ、座っていた方がいいんじゃないですか」
     声をかけながら、同じ男として羨望を覚えた。ミコッテ族の体も筋肉は付きやすいものの、カ・デラは自身のそれが見せかけであることを思い知った。
     男はカ・デラの手首をつかんでひょいと肩から外し、困った顔を見せた。
    「もう平気だが……お言葉に甘えて」
     口元だけで笑う男が妙に大人らしくて、カ・デラはどぎまぎしながらバスケットに向き合った。あと、残っているのはシーツだけだ。
    「シーツ、替えちゃいますね」
     はやくここから離れたかった。しかし、いざベッドに向き合うと、邪念がよぎる。
     枕は二つ並んでいる。一人で寝るには広いベッドだった。
     ここで、男とグ・ラハはどんな風に過ごしているのだろう。生々しく、また根拠のない妄想だ。
     必死に思考を止めて、手を動かすのに集中する。掛け布団を外して、しわだらけのシーツを外す。あたらしいシーツをぴったりかけたら、仕事はほとんど終わりだ。古いシーツをたたんで、空になった籠へ詰める。
     そうしながら、カ・デラの目はしっかりグ・ラハの痕跡を見つけていた。尻尾の毛だろうか。赤くてふわふわした、絡みやすい毛が古いシーツにしがみついている。
     つま先から頭のてっぺんまで羞恥が走った。やはりこのお使いは、引き受けるべきではなかった!
     こんな確信は必要ない。明日の朝、どんな顔でグ・ラハと向き合えばいいだろう。
     焦りながら、妙に冷静な部分が帰り支度を整える。
    「それじゃ、お大事に。失礼します!」
     カ・デラは慌てて部屋を出た。あの部屋で、これ以上何かひとつでもグ・ラハの痕跡を見つけたら、耐えられないと思った。
    「あ、おい! お前、名前は?」
     背中に呼びかけられた声がいつまでも耳の中に残った。
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    ao510c

    DOODLEひろラハ習作。ラハ不在。ちょっぴり前作とつながりがある。ひろしが右足を痛めていてたまにすごく痛くなることだけ知っていれば読めます。
    マノーリン 黄色い風が吹いていた。乾いた風に砂が巻かれて黄色い紗のように見えるのだ。
     サファイアアベニュー国際市場では、広い通りの左右に並んだ露天商たちが慌てて品物を布で被う。色とりどりの毛織物がはためき、人の声がけたたましい。行きかう人々は顔を被い、足早に駆け抜けていく。そうしていても砂がかかるのは避けられない。冒険者の口にも砂は滑り込み、不快感が募った。
     珍しい風が吹く日だ。
     冒険者は顔をしかめ、路地へ入った。ひとつ奥の通りに入るだけで、少しばかり黄色い風から逃れられる。左右を埋めるのは石の壁。忌々しい砂を固めて作ったような色の石で、表面はざらついている。狭い路地を挟んで両脇に壁がそびえ立つため、空はひどく狭い。路地の狭さといったら、向かいの家の窓に紐を渡して洗濯物を干せる程なのだ。狭い空を洗濯物が被うと、この通りはさらに閉塞感を増す。とはいえ、今日は布を干した者はいないようで、紐だけが風に揺れていた。風は黄色い帯を描いて見える。見上げていると目にも砂が入りそうで、冒険者はうつむいて足を進めた。
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