火恋し 呪術高専にも掃除の時間くらいはある。もっとも生徒と言えど、呪術師としての仕事をこなしつつなので、全員が毎日登校しているわけではないし、元々人数も少ないから全ての場所の掃除が行き届くわけではない。そもそも敷地がとんでもない広さなのだ。それでも各々割り当てられている場所をできる日だけでもするというのが暗黙のルールだった。
すっかり秋めいてきた夕暮れ、虎杖は苔むす石畳の参道の落ち葉を熊手で集めていた。一応、今週割り当てられている場所ではあるが、金曜日にして初めての掃除だったためか、思ったより落ち葉が集まった。元々人間が少ないし、学校だからゴミをその辺りに捨てるような輩はいないが、山中のため落ち葉を落とす木は至る所に生えている。
「焼き芋したいな」
こんもりと積もった落ち葉を見つめて、誰に言うでもなく呟いた言葉は独り言として消えるはずだった。祖父が健在だった頃、 庭の落ち葉を集めては焼き芋をした。火は人を穏やかな気持ちにさせるのか、それとも甘い芋の前だからか、いつもしかめ面の祖父も柔らかい表情をしていた。
「いいわね、それ」
「火を使うなら許可がいるな」
別の場所で同じく落ち葉を集めていたはずの伏黒と釘崎の同意にびくりと肩を震わす。落ち葉を集めながらこちらに寄ってきていたらしい。
「真希さんたちも呼びましょ、て、今日は任務だったわね」
「さつまいもも調達しないと」
「待ってって。こんくらいの落ち葉じゃ無理だよ。もっと集めないと」
少ない量の落ち葉ではすぐに燃え切ってしまって生焼けになってしまう。そう訴えると二人とも不満そうに眉間に皺を寄せた。すっかり焼き芋の気分になっていたらしい。
「お疲れサマンサ~」
出張帰りの五条が和菓子屋の紙袋片手に軽快に声を掛けても、凶悪な顔のまま、じろりと一瞥しただけだった。
「先生、おかえり!」
元気に返事した虎杖に「恵と野薔薇が冷たい」と泣きついてくる担任の見た目よりも柔らかい髪の毛をふわふわと撫でてやりながら、同級生たちを説き伏せる。
「焼き芋は来週か再来週で全員集まれるときにしようぜ。その頃には落ち葉ももっと溜まってるだろうし、気温も下がってちょうどいいんじゃね」
「火恋し、だね」
「え? ええ?」
「季語よ」
「この間授業でやっただろう」
目を白黒させる虎杖に丁寧に五条が解説してくれた。
「秋になって朝晩冷えるようになると火が恋しくなるねって意味だよ」
生徒に泣きついて頭を撫でられているとは思えないセリフに小さく笑う。どことなく、声も眼差しも柔らかい。出張疲れかも知れない。労りの気持ちを込めて、殊更優しく撫でた。
「さて、学長に報告がてら、火を使う許可ももらっておくよ。さつまいもの買い出しは皆でよろしくね~」
するりと虎杖の手から猫のように抜けると、五条の指が長く美しい造形なのに節の太いゴツくて男らしい大きな手がお返しのように虎杖の頭をくしゃくしゃと数度撫でてから去っていった。想像以上の温かい優しい手だった。日が暮れかけているから、思ったより気温が下がり、体が冷え始めたからかも知れない。顔が熱い気がする。夕暮れで世界が赤く染まっていてよかった。何もかも赤い今なら、誰に気づかれることもない。
***
「あの時の悠仁は可愛かったなあ」
夕焼けなんて言い訳にならないくらい真っ赤だった。頭を撫でた手を下ろすときに、ほんの少し耳の輪郭を指先で辿れば肩が大袈裟に跳ねた。思い出すたびに頬が思わず緩むが、そんな場合でもない。
「火恋し、か」
物理的時間が流れていないらしいこの中で、暑さも寒さも感じないけれど、あの熱は恋しいと思う。
「まずったよなあ、色々とヤバイよなぁ」
あのあと、焼き芋の許可を学長からもぎ取り、二年生にも声を掛けた。もう少し寒くなれば、というときにコレだ。楽しみにしていた生徒たちからの信用ガタ落ちである。今更だろ!というツッコミは聞こえないことにする。グレートティーチャー五条も人間だったということだ。俺の親友の遺体を弄んだ下衆には報いをいずれ受けさせるが、まずはここを出ないことにはどうしようもない。
「……ま、なんとかなるか。期待してるよ、皆」