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    aki_cp

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    このお話はあくまでもパラレルストーリー(CDドラマのネタバレあり)です。

    #こばけ
    #オリジナル
    original

    紫苑の花言葉を君に① ~CODE:BIRD CAGEより~「彼がここを去って、五百六十三日が経った」

     毎日の任務後に、任務以外について記録することにも慣れた。
     軽快な手つきでキーボードを打ち込み、エンターを押す。最後の文言は、この記録をつけ始めた五百六十三日前から一言も変わらない。

    「本日も連絡なし」

     保存をし、任務についての報告書のみを上官宛に送付すると、パソコンを閉じ、ゆっくりと背をそらして軽く伸びをした。
     指定の軍服に隙なく包み込まれたその肢体は、すらりと引き締まっており、肩につく長さの明るい色の髪はきりりとひとつにまとめられ、清潔感のある印象を受ける。まっすぐに見据えるその目線は鋭く真摯でもあり、やわらかくもあった。背が高く、姿勢のいいその姿は一見、線の細い青年にも見えるが、若い女性である。
     名を、コリーン・ケンドラ。現在の階級は大尉。歳は二十代後半といったところか。
     ここ、イレブンヤードと呼ばれる、第十一区画担当部隊、通称ブラックコルウスの戦闘機パイロットの一人。
     基本的に、軍の中でも戦闘機パイロットは入れ替わりの激しい部隊である。いざ戦闘ともなれば、文字通り真っ先に飛び出すべき役目を持つからだ。その中においてコリーンはかなりの古株だった。
     椅子から立ち上がると、コリーンは窓から外を見つめる。宇宙に点在するコロニーの内部とは思えないほど緑豊かに見えるその景色に、コリーンは眩しそうに、少し目を細めた。
     視線の先には、コリーンの所属する軍の本部がある。

     スペースコロニー《アストリア》。
     居住地でありながらも、二十二の戦艦を収容したそれは、巨大なひとつの要塞でもあった。
     コロニー内部には太陽光に近い光源があり、艦内でも家畜や野菜を育てることができる。緑も水もあり、それはひとつの移動する国とも呼べたが、いくら擬似太陽の光を浴びようと、人工的に作られた空気を吸おうと、目の前に広がる景色がどれほど美しかろうとも、人々はやはりどこかで閉塞感を感じ取っていたのだろう。
     コロニーという、いわば閉ざされた空間の中で人類は、新たな価値観、新たなコミュニティを育てていった。
     中でも爆発的に勢力を広めたのは、一つの宗教団体であった。〝聖なる手〝をあがめ、その教えに従わない者は、その〝手〝によって『死』へと導くことが魂の救済になるという。名もなき一団であったはずのそのコミュニティは、いつしか、巨大国家にも匹敵するほどの組織力を作り上げた。
     やがて、《ルージア》と呼ばれることになるその組織は、教えに従わぬ者を強引に排除し始めていく。
     《ルージア》との戦いのため《アストリア》は、徐々に強大な力を持つ軍事国家へと成長していったのだ。

     最初はほんの小さな、それこそひとつの家族のようなレベルの組織であった宗教団体が、その祖の名を冠し《ルージア》と呼ばれ、「勧誘」の恐怖とともにコロニー中に知れ渡るようになるころには、一般人、軍人に限らず、多くの犠牲者が生まれ、逆に、多くの信者も生まれていた。そこまで巨大化してしまった組織に対し、一般人が対抗できるわけもない。そこで《ルージア》より人々を守る盾となったのが、《アストリア》率いる、軍である。
     二十二の戦艦は空母として、一つ一つが独立した組織で成り立つ。末尾、二十二番目の艦隊を率いたのは、一人の女であった。
     サマラ・レイナード。かつて“アイアン・メイデン”というコールサインで呼ばれた、凄腕の元戦闘機パイロット。
     コリーンは過去に、誤って身内の機を撃ち落したことで、敵機を認識してもトリガーを引くことができないというトラウマを抱えていた。事故を起こした罰として少尉から伍長へ降格。そして精神鑑定、および矯正のためのコースを受講することとなり、もともとの部隊からここイレブンヤードへ異動となった。
     第十一区画担当部隊、通称イレブンヤードには、軍の中でも手に負えない連中が集められた場所である、など様々な、それもあまり良くはない噂があった。配属されたばかりのころコリーンもそれを気にしていたのだが、今ではなんと愚かな心配だったのかと笑ってしまう。コリーンはその後、彼女に引き抜かれ、気づけば数年が経っていた。

     ふと視線を落とすと、専用のデスクには、数ヶ月前、大尉就任祝いの際に同じイレブンヤードの仲間たちと撮った写真が飾られている。
     だが、たった一人、そこに写っていない人物がいた。

     二年ほど前までは、まさに「戦争」の真っ最中であった。《キャリアー》と呼ばれる小型戦闘機を巧みに操り、行き過ぎる「勧誘」を行う《ルージア》に対し、それまでの軍はあくまでも防衛一方であったものが、《ルージア》の本船が直接、コロニーや軍を襲うようになり、軍としても《ルージア》殲滅作戦を取らざるを得なくなってきた。
     そんな中、二十二番目の戦艦である《アストリア・トゥエンティーセカンド》は、まさに先陣を切って彼らと戦った。コリーンも何度も出撃し、何度も死線を潜り抜け、そのたびに命を拾ってきたのだ。
     実戦を積み、パイロットとしてそれなりに名を知られるようにもなり、“ハーフカット”というコールサインは、今では他部隊の軍人からも当たり前のように呼ばれるようになっていた。

    「どんな悪路でも、迷いなく最短のコースを飛ぶ度胸と腕がある。そこからつけたんだって、あいつが言ってました」

     やわらかで、落ち着いた声音が耳に残る。
     ふちのない薄いメガネをかけた、長身の男性。その口調も、声音も、物腰さえどこか穏やかで優しげな雰囲気を持ち、初めて見たときにはとても軍人には見えなかった。当時は軍人としてではなく、外部から招いた特別指導員扱いとなっていたから余計なのだろう。
     ヨハン・イザック。現在の階級は少尉。
     この数年の間にレイナード艦長が何度も昇級をさせようと目論んだようだが、頑としてそれを断り続けているらしい。やわらかな態度につい騙されそうになるが、実はかなりの剛の人なのだ。
     そして、そんな彼のそばには、いつもひとつの『光』があった。
     自信家で、口が悪く、態度が大きく、生活力がなく、倫理観に欠け、風紀を乱し、よく揉め事を起こし、常に監査に目をつけられていた。小柄で、童顔で、最初は子どもが紛れ込んだのかと思ったくらいだ。
     だがその子どもは、誰よりも天才的に戦闘機を飛ばす腕を持っていた。誰よりも多く敵機を撃ち落す腕を持っていた。
     その点については素直に賞賛に値するのだが、それを台無しにする憎たらしいと思えるほどの人を食ったような物言いに腹を立てたことも、両手の指ではとても足りない。
     だが、と、コリーンは思わず笑みをこぼす。
     なめらかで大理石のような肌、薔薇色に染まった頬、宝石のような碧い瞳、影を落とすほどのまつげ、日の光にきらめく、目に眩しい金の髪――。

    (改めて言葉にすると、どうもダサいな)

     自分の表現した言葉に少し楽しくなって、コリーンは肩を揺らした。
     彼は、まさに光だった。
     目にした者を焼き尽くす、強烈な力を持った光。

     まぶたを閉じれば今でもなお、鮮やかによみがえる――。


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