紫苑の花言葉を君に② ~CODE:BIRD CAGEより~▼▼▼
「おっせーぞ!」
突然、インカムのスピーカーが叫ぶ。
「むやみやたらに大きな声を出すな! 鼓膜が破れる!」
「どっちが大声だよ!」
「そっちが先に!」
「順番関係あるか!?」
コリーンが「彼」と組んで任務に出ると、これが日常茶飯事である。互いにトップスピードで戦闘機を飛ばしながらと思えないような応酬が続くが、いつものことと誰も止めに入らない。
その中で、イレブンヤードの戦闘アドバイザーでもあるヨハン・イザックが、ひとつ手を打って制止をかけ任務の重要性を懇々と説くが、彼は、はいはいと適当に返事をし、話をまともに聞こうともしなかった。
それどころか、ヨハンの手を煩わせてしまったことに少し肩を落とす(トップスピードを出していたはずの)コリーンのマシンを軽々と追い抜き、コリーンが手こずっていた任務をあっさりと成功させ、デッキからの合図も待たずにさっさと手動でマシンを着艦させてしまう。
手順どおりにコリーンがマシンを丁寧に着艦させ、メットを外してブリッジに向かうと、彼はすでに戦闘服さえ脱ぎ捨てて、大きく足を組み、くつろいだ様子で葉巻などをくゆらせているのだ。
「標的を見つけたときの反応が、まだ半瞬遅れるな。お嬢さんの悪い癖だ」
自分のほうがよほど少女のような顔立ちのクセに、と思ったが、もはやこの言われようにも慣れてきた。
「今回はそちらに見せ場を譲っただけだ。寝込みを襲うのは得意だろうからな」
その言葉に、へえ、と軽く目を開いて、お嬢さんも言うようになったよなーなどと笑っている。
金の髪、碧い瞳。白い肌。人目を惹く鮮やかで眩しい美貌。その見た目だけは天使のような容貌なのだが、表情がそれを裏切る。皮肉げに上げられた口角も、相手を見下げるような強い視線も、さらには場所柄を考えない服装の乱れも、階級を無視した大きな態度も、天使から大きくかけ離れている。
どう見ても、見てくれが多少、否、かなり整っているだけの、態度の大きい生意気なクソガキなのだが、言うほどのことが、彼にはあった。
コネと金だけで出世しデスクの前で指示だけを出すような将校の下ではどうだか知らないが、レイナード艦長率いるこの《アストリア・トゥエンティーセカンド》は、完全に実力主義だ。家柄や階級などは一切関係なく、パイロットや整備士、シェフにいたるまで、軍に所属する前になにをしていたのか不明な者すらいる。
彼もその一人。
話では、レイナード艦長がまだ艦長ではなかったころ、今はもう存在しないコロニー《ユーラシア・リリィ》での《ルージア》掃討作戦の際に出会ったらしいのだが、あの彼が《ルージア》にさらわれた子どもだったなど、何度聞いても今ひとつ真実味がない。
その話は、艦長が少しばかり嘘の設定を加えた話だとわかったのは、それこそ、つい最近のことだ。
ともあれ当時は、かなり風変わりとはいえ、凄腕のパイロットとして、彼はイレブンヤードにはなくてはならない存在だった。
――マジック・ブレット。
どんなに不利な状況でも、たとえ敵機を目視できないような荒れた航路の中でも、必ず相手を撃ち落す奇跡のような腕前を評し、つけられたコールサイン。
信じられないような角度から見事に敵を撃ち落すその腕前に、何度、見惚れたことだろう。
仲間からは、敬意と友愛を込めて、“マーブル”と呼ばれることの多かった彼。
名を、アーティ・ユドリク。階級は曹長。
その“マーブル”とヨハン・イザックは、不思議な絆で結ばれていた。
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