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    凪子 nagiko_fsm

    戦国無双の左近と三成、無双OROCHIの伏犠が好きな片隅の物書き。
    さこみつ、みつさこ、ふっさこ でゆるっと書いてます。
    ある程度溜まったらピクシブにまとめます(過去作もこちら https://www.pixiv.net/users/2704531/novels

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    凪子 nagiko_fsm

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    【エグシャリ】
    ラブラブ遠距離恋愛してるエグシャリを書きたかっただけなのに、その前段の話が終わらない件3本目。ようやくくっついたので、次からはただ砂糖吐かせる方向にしたい。
    くっついてもやっぱりキス止まり。
    1本目 https://poipiku.com/4425960/11388818.html
    2本目 https://poipiku.com/4425960/11394420.html

    #エグシャリ

     あれから1年。
     中尉に昇進したエグザベは、サイド3駐留艦隊の新型艦エンドラでモビルスーツ小隊を率いる立場になっていた。若干25才の若さではあるが、ソーラ・レイ攻防戦での実戦経験を買われてのものである。
     駐留艦隊とはいえ付近の哨戒が主な任務であり、ズム・シティの官舎に帰るのは月に1度か多くても2度程度だった。
     そんな多くもない非番の日に、戦友でもあるコモリ・ハーコート中尉から呼び出しがあった。彼女はあのあと情報局に転属となっていたので、それほどマメに連絡を取り合っているわけではない。そもそもエグザベが所属する宇宙攻撃軍と情報局はあまりいい関係ではない。
     待ち合わせはエグザベもたまに寄るカフェ。こういう場所を選ぶのだから大した話ではないのだろうと軽い気持ちでやってきたエグザベを、先に到着していたコモリが迎える。
    「久しぶり、エグザベ君」
    「うん、久しぶり。コモリも元気そうでよかった」
    「元気といえば元気だけど……情報局ってやっぱり気疲れするのよ」
     何気ない挨拶を交わしながらテーブルのタブレットで注文を済ませる。
    「部下を持つの慣れた?」
    「全然。部下っていってもほとんど年上だし」
    「パイロットは個性強い人多いもんね。もっとも、うちも変わり者が多いけど」
     そんな話をしているうちに二人のテーブルにオーダーしたものが届く。エグザベはダージリンのアイスティー、コモリはアイスカフェモカ。
    「あれ? エグザベ君ってコーヒー派じゃ……」
     そこまで言ってコモリは口を閉じた。コモリもエグザベもコーヒーを好んでいた。紅茶が好きだったのはあの人だ。
     頼んだものが来て周囲に誰もいなくなったところで、コモリはバッグから一枚の液晶シートを出してエグザベの前に置いた。
    「これは?」
    「……シャリア・ブル中佐の現状調査報告ってとこ。あれから一度も連絡取り合ってないんでしょ?」
    「プライベートな連絡先は知らないし、現在の所属も知らないからね」
     振られた相手にいつまでも縋るようなストーカーじみたことはしたくない。少なくとも表面上は。
     エグザベは何気なく答えながら資料に目を通す。
     その資料を読み進めていくエグザベの表情が目に見えて険しくなっていった。
    「フラナガンって、どういうこと?」
    「書いてある通り。中佐の今の所属はフラナガン。これ、総帥への報告に上がってきた文書にちらっと書かれてたことが気になって個人的に調べた結果なんだけどね」
     シャリア・ブル中佐は現在フラナガンにいる。これがスクールの教官というならなんの問題もなかった。
    「スクールじゃなくて研究機関のほうにいるみたい。新型サイコミュのテストパイロット。なんていえば聴こえはいいけど、この新型っていうのがΩ以上にやばい代物って噂があってね。報告に上がってきた文書が、このサイコミュテスト中の事故に関するものだったっていうわけ。あ、ひと通り見たら削除ボタン押してね。部外秘だから」
     エグザベの手の中でシートが軋む。
    「中佐、無事なのか?」
    「……わかんない。報告には『パイロットは生存しているものの重症』って」
     エグザベは言われたとおりに資料を削除してからコモリにシートを返す。
    「ごめんね。私の権限じゃ中佐にコンタクトを取ることもできなくて」
    「いや、教えてくれてありがとう。僕の方でなんとかしてみる」
     アイスティーを飲み干してエグザベは早々に席を立った。

     休暇はあと2日。それが過ぎればまた艦隊勤務に戻って1ヶ月は帰ってこられない。2日の間に伝手を探さなくては。
     そこでエグザベは不意に思い出した。
     エグザベが乗艦するエンドラの艦長はドレン中佐だ。そう、以前ソドンで指揮を取っていた――。
     中尉でしかないエグザベに高級将校の知り合いなどほとんどいない。一縷の望みをかけて、エグザベは乗員の個人名簿から艦長の自宅住所を探してそこに向かったのだった。

     ドレン中佐は妻子持ちで、ズム・シティの戸建て住宅に住んでいる。アポイント無しで訪れたエグザベに少し困った顔をしつつも、ドレンは中に招き入れてくれた。
    「休暇中に突然どうした。何かあったのか、中尉?」
    「その……ドレン中佐はシャリア・ブル中佐のことはご存知ですか?」
     エグザベが聞くと、ドレンは懐かしそうに目を細めた。
    「懐かしい名だな。シャリア大尉、いや中佐とはソロモンで一緒に戦った。そういえばソーラ・レイの時も凄まじい戦果を上げたとか。物静かで穏やかな人だが、戦い方は苛烈だったな。ああ、君は彼の部下だったのか」
     エグザベは一つ頷いてから話を続けた。
    「シャリア中佐は今フラナガンの研究所にいます。随分と危ないサイコミュテストをしていると」
    「……それは聞き捨てならない話だが、彼も子供じゃないんだから嫌なら拒否すればいいだけのことではないか?」
    「そう……なのですが……」
     言い淀むエグザベ。ドレンの言う通りだ。シャリアは別に拉致監禁されているわけではない。おそらく自分で望んでやっている、
    「まあ、詳しい事情は聞かん。あの人も何かと複雑な事情をお持ちだし、貴公も色々あるんだろう」
     ドレンは何かを察したようにニヤリと笑った。
    「で、俺に頼みたいことはなんだ?」
    「……フラナガンの研究所に入る権利をいただきたく」
    「あー、あそこはすべての機関から独立してるからなぁ……。伝手……技術本部に知り合いがいるからその方面から攻めてみるか。少し時間をくれ、中尉」
    「はい、よろしくお願いします」
     エグザベは深々と頭を下げた。

     それから2ヶ月後、エグザベはようやくフラナガン研究所の視察許可証を手に入れた。とはいえ、プライベートで行くものではない。ドレンの知人だという技術少佐のお供で行くことになっただけだ。そうはいっても、この技術少佐というのが6年前にキケロガの整備班長をしていたという人物で、シャリアのことを聞いてなんとかできないかと心を砕いてくれたのだという。
    「新型の実用試験の視察ということになっているが、正直技術本部としては使い物にならないと思っている」
     研究所に行く途中の車の中で技術少佐は苦々しく言った。
    「確かに強力なモビルスーツだ。だが、こんなものをまともに動かせるパイロットはそういない。特定の個人しか動かせない兵器などナンセンスだ。シャリア中佐が犠牲になってまでやることじゃない」
     それについてはエグザベも同意見だった。ニュータイプしか扱えない兵器というのも面倒だが、更にその中のエースのための専用機をわざわざ開発する必要がどこにあるのか。

     研究所はスクール棟よりもずっと奥まったところにある。4つのセキュリティーゲートをくぐるという過剰なまでの警備がこの施設がただの研究施設ではないことを物語っていた。
     研究所の玄関に横付けになった車から降り、出迎えた研究員に案内されて中に入る。無機質な白い壁が続く廊下を抜けると、程なくして空母のモビルスーツデッキのような広い空間に出た。格闘戦に限定すればモビルスーツの模擬戦でもできそうな広さだ。
     そこのハンガーに鎮座していたのは、エグザベもよく知るガンダムタイプ。だが、本体は華奢といえるほどに細く、対してバックパックが異常に大きい。バックパックというよりまるで翼だ。
     聞けば、あそこに収まっている羽根状のもの一枚一枚が小型のビットなのだという。
    「この機体はフルサイコミュコントロールを前提としていまして〜」
     そんな研究員の得意げな説明をエグザベは聞き流した。確かに感じる。あの機体に乗っているのはシャリアだ。しかし、感じるものは弱々しく不安定で、こんな状態で動かせるのかと危惧してしまう。
     だが、それを感じ取れるのはニュータイプのエグザベだからなのだろう。何もわからない研究員たちは着々と実験準備を進め、試験開始の声とともにモビルスーツのカメラアイに火が灯る。
     ――ああ、このモビルスーツのカメラアイの色、あの人と同じ翡翠色だ。
     踏み出した足の動きはロボットとは思えないほどに生物的で滑らかだ。これがフルサイコミュコントロールの賜物かと思ったが、ここまでスムーズに動く必要はないとも思う。
    「では、ビットのテストをご覧いただきます」
     研究員が言うと同時に、翼状のバックパックから次々とビットが射出される。その数30基。無駄に多い。
     そのビット一つ一つが意思を持ったように縦横無尽に宙を舞う。優雅ともいえる羽根の乱舞の中で、エグザベはチリっとした痛みを感じた。その微かな痛みが徐々にはっきりした頭痛に変わる。パイロットが感じている苦痛が、サイコミュを通じて流れ出しているのだ。
    「テスト、やめさせてください!」
     エグザベの棘のある声に研究員が振り返る、それとほぼ同時にアラートが響いた。
    「テスト中止、強制シャットダウン!」
     乱舞していた羽根が元の翼に戻っていく。本体はハンガーまで戻れずその場に片膝をついた状態で停止した。
     たまらずにエグザベは機体に向かって走り出す。開かれたコクピットに、エグザベは迷いなく飛び込んだ。
    「シャリア中佐!」
     声を掛けると、ぐったりと俯いていたパイロットが顔を上げた。
    「エグザベ君? どうしてここに……」
     立ち上がろうとしたシャリアの体がぐらりと傾ぐ。それをエグザベは咄嗟に受け止めた。
     その体は、はっとするほどに細く軽かった。
    「無理しないでください。本当は視界が回って動けないんでしょう?」
     同じニュータイプだからこそ、無理なサイコミュコントロールのあとに来る不快な症状はよく分かる。
     エグザベはシャリアを抱き上げたままで機体から降りる。
    「パイロットは……あ、担当医を」
    「休ませるだけで大丈夫です」
     駆け寄ってきた研究員をぴしゃりと黙らせ、エグザベは仮眠用の部屋に案内させた。その間も、腕の中のシャリアはぐったりとして動かない。
    「あとは私がやりますのでお構いなく。私もフラナガンスクール出身のパイロットですから」
     エグザベに睨まれ、研究員は愛想笑いを浮かべながら仮眠室から出ていく。それを確認してからエグザベは一番奥のベッドにシャリアを寝かせた。サイコミュコントロール用であろう特殊なデバイスがゴテゴテと付いたノーマルスーツの首元を開ける。
    「脱ぎますか?」
    「いや、このままで大丈夫です」
     シャリアはそう言うと、胸元だけ開けられたスーツのファスナーをみぞおち辺りまで下ろす。それから一つ大きく息をついてエグザベを見上げた。
    「みっともないところを見られてしまいましたね」
    「何を言ってるんですか。並のニュータイプならあの数を脳波コントロールだけで動かすなんて不可能ですよ。もちろん、僕も。
     聞きたいことは色々ありますけど、とりあえず今は眠ってください。目を開けてるのも辛いでしょう」
    「ええ、そうさせてもらいます……」
     シャリアが目を閉じる。
     すぐに意識は沈んだようで、微かな寝息が聴こえてきた。苦しんでいる様子がないことにホッとしたエグザベは、ベッドの端に腰を下ろした。
     本当に痩せた。開けられたスーツから手を忍び込ませれば、浮き上がった肋がすぐに触れる。あの頃は短く刈り上げていた後ろ髪は結えるほどに長くなっていた。前髪の長さは以前と変わらないようだが、今は無造作に下ろされている。トレードマークともいえた整えられた髭は綺麗に剃られていて、以前よりもずっと若々しく見えた。
    「元々童顔なんですね」
     シャリアの長い前髪をかきあげてエグザベは微笑んだ。

     何度か様子をうかがいに来た研究員を追い返すこと3回。シャリアは2時間ほどの仮眠で目を覚ました。
    「……どれほど眠っていましたか?」
    「2時間程度です。気分は? 起き上がれそうですか?」
     シャリアが頷いたので、エグザベはシャリアの背に腕を差し入れて起き上がるのを助ける。
    「シャワーを浴びて着替えてきます。少し待っていてもらえますか?」
     もう帰れと追い返されるかと思っていたエグザベは、少し拍子抜けした。
    「言いたいこと、たくさんあるんでしょ」
     玄関前のロビーで待っていてください。30分ほどで行きます。
     そう言われたので、エグザベは大人しくロビーで待つことにした。
     同行してきた技術少佐は、エグザベがシャリアに付き添っていた間に研究資料を見たらしく、ロビーで研究員相手に容赦ない罵声を浴びせていた。
    「ニュータイプといえど彼らは同じ人間だ。こんな非人道的な研究など……総帥府に掛け合って予算を削らせる。覚悟しておけ」
     そう言い捨てると、ちょうどやってきたエグザベに「シャリア中佐は絶対連れ帰ってくれよ」と耳打ちして一足先に帰っていった。
     ここからは視察ではなく完全なプライベートだ。がっくりと肩を落とす研究者をいい気味だと思いながら見送ると、程なくして制服に着替えたシャリアがやってきた。
    「さて、帰りますか」
     長い前髪が左目を覆い、肩につきそうな長さの髪を項でゆるく結んでいるその姿は、なんだかとても新鮮だ。
    「あの、どこに……?」
    「外に行くわけにもいかないですし、ゆっくり話せる場所というと私の部屋ぐらいしかないでしょう?」
     シャリアに連れられて建物の外に出る。そのまま歩いて一つのゲートを抜け、そのエリアにある建物に入った。ここは被検体や最高機密にアクセスする研究者のための宿舎なのだという。一般職員や家庭があるものは敷地の外から通ってくるものが多いのだが、一部はここに閉じ込めなければならないほどのことを扱っているという証だ。
     その宿舎の一角にあるシャリアの部屋は、大学生が住むようなワンルームだった。バス・トイレ・キッチンは独立してあるが、居室は1つだけで、その部屋の3分の1ほどをベッドが占拠していた。あとは書き物をするデスクとスツールくらいしかない。
    「……生活感ないですね」
     部屋に一歩入るなりそう呟いたエグザベに、制服のジャケットとベストを脱いでハンガーに掛けながらシャリアは苦笑してみせた。
    「寝に帰るだけの部屋ですからね。サイコミュテストで疲れ切って帰ってきてシャワーを軽く浴びてあとはベッドに直行ですし、休みの日はだいたい寝てますし」
     それだけではないだろうとエグザベは思った。この部屋にはシャリアの私物がほとんどない。いや、細々した生活用品の私物はたくさんあるのだが、いわゆる思い出のこもったものや好きなインテリア、趣味のものといったアイテムが一切ないのだ。
     適当に座ってくださいと言われ、少し戸惑いつつもベッドに腰掛けたエグザベのもとに、キッチンの冷蔵庫から缶ビールを取り出してシャリアが戻ってくる。エグザベの隣りに座って缶の一つをよこしてくるので、エグザベはそれを受け取ってプルタブを開けた。
    「……中佐はもっといいお酒飲んでるかと思ってました」
     どこでも買えそうな安いビールの味は嫌いではないが、この人には似合わないとエグザベは思う。
    「アルコールなら何でもいいですよ。酔えればそれで」
    「……随分お痩せになったみたいですけど、ちゃんと食べてますか? 冷蔵庫には酒だけなんてことありませんよね?」
     呆れたようにエグザベが言うと、シャリアは一気に缶の半分ほどを飲み干してから苦々しく笑った。
    「君も経験があるでしょう? サイコミュテストで気持ち悪くなったことが。だいたい吐いてしまうので、朝食は食べません。その日のテストが終わってから、吐き気がおさまれば午後3時頃に軽く食事を取って、部屋に帰ってきてからは酒しか飲んでませんね。足りない栄養とカロリーはサプリで摂取してるので死にはしませんよ」
     シャリアはネクタイを取り、ワイシャツのボタンも2つほど外した。
    「心配、してくれるんですね」
    「当たり前です」
     エグザベは硬い声で答えると、殆ど減っていないビールの缶をベッドサイドのナイトテーブルにおいてからシャリアを抱きしめた。
    「情報局のコモリが教えてくれました。フラナガンで危険な研究をしていて、あなたがテストパイロットになっていると」
    「……ああ、彼女は情報局に行ったんですか。事故の報告を読んだんですね」
     シャリアは缶の残りを飲み切って空の缶をテーブルに置くと、エグザベに身を預けてきた。
    「報告書には『パイロットが重症』と書いてあったと」
    「ええ、まあ……負荷がかかりすぎてサイコミュの暴走事故が起こりましてね。なんとか抑えられたんですが、無理がたたって左目に繋がる神経が焼ききれてしまったんですよ」
     左目から血が吹き出し、視界が真っ赤になって驚いたとシャリアは軽く笑った。
    「左目、義眼になってしまいました」
     眼球は無事だったものの損傷した視神経を繋ぎ直すのは至難の業で、義眼を直接脳に繋ぐほうが確実だと判断されたのだという。
    「それで左目を隠しているんですか?」
    「ええ、どうしても人工的な虹彩が見えてしまうので。昔は見えすぎるのが嫌で目元を隠していましたから、昔に戻ったという感じですね」
     抱きしめていた腕を緩めてシャリアの顔を覗き込み、左目を隠す前髪を避けて見ると、確かに虹彩の光り方が人間のそれとは違う。
    「人工エメラルドだそうですよ。サイコミュにリンクして脳に直接映像を送ってくるので、より自分の手足に近い感覚でモビルスーツを操れます」
    「……綺麗です。とても。あなたによく似合う」
    「君がそう言ってくれるなら、忌々しいこの義眼も少しは好きになれそうです」
    「すみません、失言でした」
     シャリアは好き好んでこの目になったわけではないのに、似合うだなんて軽率に言うべきではなかった。謝罪するエグザベに、シャリアはゆるく笑うだけだ。
    「私は大丈夫ですよ。毎日のサイコミュテストはキツイですし、薬物もそれなりに使われてますけど……私はまだ必要としてもらえるようなので」
     はっとしたエグザベは、シャリアのシャツのボタンを急いで外して脱がせる。右腕は人工皮膚すら貼り付けていない機械的な義手で、半袖のインナーシャツには隠れない左腕にはおびただしい数の注射の跡があった。シャリアが抵抗しないのでインナーも脱がせてしまうと、首筋にも注射痕があった。
     薄くなった胸、肋の浮いた腹部、細すぎる腰。とても大丈夫そうには見えない。
     エグザベはシャリアをベッドに押し倒してもう一度きつく抱いた。
    「本当に大丈夫ですよ。メディカルチェックは月に一度で、体のスキャンでも血液検査でも数値は標準の範囲内ですから。体重だけは痩せすぎになってますけどね。使っている薬品は一過性のもので、まあほぼ感覚を鋭敏にするためのものですが、体に残留しませんから」
     大事な被検体なためか、怪我や病気、その他体の異常に関しては徹底的に管理されているようだ。
    「健康を害することにはならない程度とはいえ、毎日の吐き気と頭痛はかなりの負担なんじゃないですか?」
    「それは……いつまで経っても慣れないですね」
     シャリアはポツリと呟く。
    「本音を言えば、あの新型は使えません。自惚れに聞こえるかも知れませんが、私はニュータイプ能力者としてはかなり優秀な方だと自負しています。その私がまともに扱えないんです。おそらく誰の手にも負えないでしょう」
    「それなら、なんでそんなもののテストに付き合っているんですか」
    「……私がやらなければ、機関は他の被験者を探すでしょう?」
     ――それでも、こんなことをさせるためにあなたに生きてほしかったんじゃない。こんな生き地獄に落とすために助けたんじゃない。
    「あの時、無理矢理にでも退役させてどこかに閉じ込めてしまえばよかった」
    「……冗談に聞こえませんよ」
     シャリアの左腕がエグザベの背中に回って抱き返してくる。
    「私にはまだやるべきことがある。ニュータイプの未来のために。そう思っていたんですが…………。間違っていたんですかね。
     ……もう疲れてしまいました。いっそ、君が……」
     今ここで私を殺してくれたら。
     最後まで聞きたくなくて、エグザベは乱暴にシャリアの唇を塞ぐ。
     3度目のキスはただ相手を黙らせるための手段だった。
    「ん、ふ……っ……」
     シャリアが苦しげに息をするのにもかまわず、エグザベは酸素を求めて開かれた唇に舌をこじ入れた。
     こんなキスがしたかったわけじゃないのに。
     しばらくして唇を解放すると、シャリアは肩で大きく息をしていた。
    「キスで窒息、というのも悪くないですが、いかんせん時間がかかりすぎます」
    「馬鹿なことばかり言わないでください。死にたいなんて嘘でしょう? 今だって必死に呼吸しようとしてる」
     エグザベはシャリアの裸の胸元にそっと唇を落とし、軽く吸って赤い跡を残す。
    「今度こそ、僕は引きませんから。無理矢理にでもあなたをここから連れ出します。あなたが拒否するなら本当に拉致監禁しますよ」
     別れてからずっと、シャリアのことを思わない日は無かった。焦がれて、それでも手が届かなくて、ただもどかしかった。
    「結局、あの頃の私と同じ思いをさせてしまったようですね」
     シャアを追い求めていた頃のシャリアと、今のエグザベはよく似ていた。けれど、エグザベとシャリアは同じ世界にいて、今こうして触れ合えている。
    「……君を犯罪者にするわけにはいきません」
     深く息を吐いてから、シャリアは胸の上のエグザベの頭を抱き込んだ。
    「転属願い、出しておきます。この新型機の不備報告も含めてね」
    「退役して僕と一緒に暮らすっていう選択肢はないんですか?」
    「それはまだ、ね。まずはお付き合いからということで」
    「お付き合い……ですか」
    「ええ、早く君と同棲したいと思えるようにしてください」
    「努力、します」
     エグザベは顔を上げてシャリアと視線を合わせる。もう一度、今度はできるだけ優しくキスを交わした。


     
     転属願いを出したところですぐに配置転換できることなどほとんどない。人事異動にはある程度タイミングというものがある。
     エグザベのもとにシャリアから転属が決まったとメールが来たのは再会してから更に3ヶ月後のことだった。
     あれからも過酷なテストを続けていたのかというとそんなことはなく、シャリアは薬物投与はきっぱり拒否し、一般的なニュータイプ兵士が扱えるような機体の開発テストのみに携わっていた。
    「エグザベ君やったじゃん」
     あのとき情報をくれたコモリに礼も兼ねて夕食を奢ると言って呼び出す。すでにシャリアの異動の件を知っていたらしいコモリは開口一番そう言った。
    「君のおかげだよ。ありがとう」
    「私なんて何も……。それにしても大佐に昇進はともかく、勤務先が突撃機動軍の参謀本部とはね。ちょっと驚いちゃった。すごい栄転じゃない」
     月面のグラナダに本拠地を置くキシリア麾下の突撃機動軍、その中枢でもある参謀本部の作戦局次席参謀というのがシャリアの新しい役職だ。
    「本人は特にどこがいいとか希望は出さなかったらしいよ。なんでも36歳で作戦局次席参謀は歴代最年少だって」
     臨機応変な立ち回りのできる人だから、魍魎跋扈する参謀本部でもうまくやっていけるのだろうとエグザベは思う。
    「てっきり最前線で部隊運用を任せられるのかと思ってたけど」
    「メールにもそのほうが気楽だって書いてたけど、何事も人生経験ですってさ。あ、辞令交付で今度こっちに来るって。会う約束してるんだけど、コモリも一緒にどう?」
    「あー、うん、ご挨拶だけ」
     エグザベが不思議そうな顔で首を傾げると、コモリは呆れたようにひらひらと手を振った。
    「恋人同士の久しぶりの逢瀬を邪魔するほど野暮じゃないんで」
    「こっ……逢瀬、って、そんなんじゃ……」
    「あれ? 付き合ってないの?」
    「つき、あってる……けど……」
     仕方ないなというようにコモリは肩をすくめた。
    「今度は絶対逃げられないように頑張ってね」
    「ああ、僕はこう見えて結構執念深いから」
     ひどく大人びた表情でエグザベは小さく笑った。



     ズム・シティの中央に位置するジオン公国軍総司令部。たかだか中尉の身分のエグザベにはほとんど縁のない場所だ。
     その正面玄関の階段前の隅でエグザベは愛しい恋人を待っている。このために午後から休暇を取ったのだが、ブリーフィングが思いの外長引いてしまって走ってここまで来たのだが、なんとか間に合ったらしい。先に来ていたコモリが「なんか気まずかった」と頬を膨らませている。
     辞令交付はまとまって行われるため、二人の他にも上官を待っているらしい士官がそこここにいる。もっとも、あくまで上官を待つ部下であってエグザベのように恋人を待っている者はいないだろう。
     ほどなくして正面のほうからざわついた足音が聞こえてくる。
     フラナガンの研究所で会って以来久しぶりの恋人の姿にどきりと心臓が高鳴る。大佐の階級章に胸を飾る金の参謀飾緒、足元はあの頃と違う黒の革靴。やはり義眼の左目を隠すように前髪を下ろし、長かった後ろ髪は切らずにそのまま項でまとめていた。
    「……うわ、あれヤバいヤツ」
     コモリがぼそりと呟いた。
    「え?」
    「髭がないだけであんなに若見えするなんて反則だよ。エグザベ君、ほんとにちゃんとつかまえておかないとすぐ誰かのものになっちゃうよ」
     コモリは大きくため息を付いた。元々顔のいい上官だとは思っていたが、ここまでとは予想外だ。あの髪型も非常によろしくない。
     階段下にエグザベとコモリの姿を認めたシャリアは、まっすぐこちらに向かって早足で歩いてきた。
     一応他人の目もあるので二人は儀礼的にシャリアに敬礼をする。それに同じく敬礼で応えてからシャリアは柔らかく微笑んだ。
    「二人ともお久しぶりです。コモリ中尉にはお礼を言わなくてはいけませんね。色々と、ご心配をおかけしました」
    「い、いえ、私のしたことなんて大したことなくて……。それより、大佐への昇進とご栄転おめでとうございます」
    「ありがとうございます。栄転、だといいのですが」
     苦笑するシャリアにコモリは「超エリートコースですよ!」とぴしゃりと言ってから「じゃ、私はこれで」と、本当に挨拶だけしてさっと踵を返して帰ってしまった。
     いつまでもここにいても仕方ないので、ぽかんとしているシャリアを促してエグザベが歩き出す。
    「情報局ってそんなに忙しいんですか?」
    「久しぶりの恋人同士の逢瀬を邪魔したくないんですって」
     コモリの後ろ姿を見ながらシャリアが聞く。それにエグザベがサラッと答えた。
    「彼女にはどこまで話したんです?」
    「……特に具体的なことは言ってないですけど、だいたい知られてたみたいです」
    「こういうことに関しては女性の洞察力にはかないませんね。エグザベ君、明日は?」
    「明日は非番です」
    「それは良かった。明日の夕方に出港する艦でグラナダに赴任することになっていて、それまでは一緒にいられます。次はいつ会えるか分かりませんからね」
     それは、夜のお誘いと思っていいのだろうか。
     エグザベの思考を的確に読んだシャリアがくすくすと小さく笑った。
    「そうですよ。君さえよければ、ですが」
     エグザベは周囲を軽く見回してからシャリアの手を引いて木陰に引き込む。きつく抱きすくめてキスしてしまったのはどうしても我慢できなかったからだ。
     シャリアは抵抗もせずそのキスを受け入れる。誰かに見られたとしても別にいいと開き直っているからだ。
     外でするにはいささか濃厚すぎるキスを終えて、不意に我に返ったエグザベの顔が真っ赤になった。やっておいて今更だが、とんでもないことをした気がする。
    「あ、あの、すいません。こんなところで」
    「いえいえ。愛されていると思えば悪い気はしませんよ」
     いつものように余裕を見せるシャリアだが、目元がほんのりと赤く染まっていたのをエグザベは見逃さなかった。
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    くっついてもやっぱりキス止まり。
    1本目 https://poipiku.com/4425960/11388818.html
    2本目 https://poipiku.com/4425960/11394420.html
     あれから1年。
     中尉に昇進したエグザベは、サイド3駐留艦隊の新型艦エンドラでモビルスーツ小隊を率いる立場になっていた。若干25才の若さではあるが、ソーラ・レイ攻防戦での実戦経験を買われてのものである。
     駐留艦隊とはいえ付近の哨戒が主な任務であり、ズム・シティの官舎に帰るのは月に1度か多くても2度程度だった。
     そんな多くもない非番の日に、戦友でもあるコモリ・ハーコート中尉から呼び出しがあった。彼女はあのあと情報局に転属となっていたので、それほどマメに連絡を取り合っているわけではない。そもそもエグザベが所属する宇宙攻撃軍と情報局はあまりいい関係ではない。
     待ち合わせはエグザベもたまに寄るカフェ。こういう場所を選ぶのだから大した話ではないのだろうと軽い気持ちでやってきたエグザベを、先に到着していたコモリが迎える。
    11419

    凪子 nagiko_fsm

    MAIKING【エグシャリ】
    昨日の続き🟥←🟩前提のエグシャリだけどやっぱりキスまでしかしてないしなんなら付き合ってすらいないし薄暗い。まだ続く……
     ソドンを含めソーラ・レイ破壊任務に当たった艦隊は満身創痍で、その後の反乱軍掃討は後続の艦隊に任せることになった。とはいえ、切り札のソーラ・レイを失った反乱軍の士気は目に見えて落ち、雪崩を打ったように敗走する烏合の衆は規律の取れた正規軍の敵ではなかった。首謀者は捕縛され、程なくして一年戦争後で最悪の反乱は鎮圧されたのだった。


     ボロボロの機体をソドンに回収されてすぐにシャリアとエグザベは医務室送りになった。戦闘の疲労はありつつもそれ以外は特に問題がないエグザベと違って、シャリアの方は明らかに顔が青ざめている。サイコミュの負荷が異常だった証だ。
     体のスキャンと簡単な脳波検査をされ、特に異常なしと診断されたエグザベはあとは自室で休息するようにと医務室から出されたのだが、シャリアの方はそうはいかなかったようだ。不思議そうに首を傾げている医官に「中佐、どうかしたんですか?」と聞けば、ただの部下に簡単に言えることではないのか「ああ、まあ……本国に戻ってから軍病院で精密検査だな」と返された。
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    凪子 nagiko_fsm

    MAIKING【エグシャリ】
    シャア←シャリ前提のエグシャリ。キスまでしかしてないよ。
    最終決戦捏造。中佐が大佐と再会したうえでケリつけて少尉とくっつくまで。
    中佐にかっこよく戦ってもらいたかっただけかもしれない……
    続きます。全部書けたらピクシブに出すかな。
     ソーラ・レイ。それは一年戦争で使用された史上最悪の兵器。サイド3のコロニー一つをそのまま巨大なレーザー砲にするという狂気の兵器は、一年戦争終結後もサイド3中域に封印という形で漂っていた。
     ――戦後処理に合わせて解体してしまえばよかったものを。
     そうできなかったのは、ジオン公国がまだ地球連邦政府を脅威に感じていたからに他ならない。万が一また戦争になるようなことがあれば、再び使用することを前提にそこに留めおいたのだ。その脅威が自分たちに向けられる可能性に目をつぶったまま。
     
     反乱軍にソーラ・レイが奪取されたという報は、すぐに本国の統帥本部経由でグラナダにも伝わっていた。
     反乱軍は、ザビ家に不満を持つ一部の高官が、戦争が終わって職にあぶれた旧ジオン軍人を束ねたものだった。それを焚き付けて武器供与をしたのは連邦軍だ。ソーラ・レイでサイド3のジオン公国首都ズムシティを焼き払うと言ってのけた反乱軍相手に交渉の余地はなかった。
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