Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    kumo72783924

    @kumo72783924
    小説置き場。
    お題箱【https://odaibako.net/u/kumo72783924
    支部【https://www.pixiv.net/users/45173878
    無断転載はやめて下さい。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 15

    kumo72783924

    ☆quiet follow

    つづき。この後でちょっと行き詰まってる。

    俺は本が好きだ。それも、図書館や古本屋に並ぶような、表紙が少し汚れていたり、ページの合間にささやかな落書きが残っているような本が。
     俺が好んで本を読むようになったのは、中学生の頃、読書感想文を書く為の本を探しに図書館へ行ってからだ。そしてそこで一人の女性と出会った。所謂初恋というやつだ。
     どんな本を選べばいいのかわからず館内をうろうろしている俺に気づいて、彼女は声をかけてくれた。勧められるまま借りて読んだ本が面白くて、それ以来俺は頻繁に図書館に通うようになり、彼女との会話も自ずと増えていった。図書館司書と利用者という関係は俺が高校を卒業するまで続いたものの、俺にも当時一応「カノジョ」が居て、友達がキスまで済ませたなら自分はその先まで進めたい、なんてことしか考えていなかったから、彼女に対して自分が抱えている感情に気がついたのは、彼女の左手薬指に光るものを見つけてからだった。
     この世に、彼女に触れる男が居る。その事実が、俺の心に暗い影を落としていた。高校生の自分だって経験しているのだから、二人はキスもその先も当然済ませているだろう。見知った女性と見知らぬ男の影が重なるのを思わず想像してしまったときに浮かんだのは、嫉妬や後悔とは全く違うものだった。
     ただただ気持ちが悪かったのだ。想像の中のその行為は、自分自身が経験したものよりもずっと生々しく浮かび上がった。無意識のうちに美化されていた彼女のイメージを汚されたような気分になり、身勝手にも俺は傷ついていたんだと思う。その後、好きだったはずのカノジョとそういう雰囲気になっても、身体が拒絶するのを止められなかった。俺の足が図書館から遠のいている間に彼女は仕事を辞め、俺はそれ以来誰かと肌を合わせることが出来なくなり、読書の習慣だけが残された。煙草の臭いが着いてしまうから、やがて図書館から本を借りることもなくなった。
     恋人を待たせるのも悪いので、いつも本屋に長居することはない。映画化されただとか、賞をとっただとか、そういう話題の本を読むこともない。ふらっと入った古本屋でなんとなく気になった本を手に取るだけ。面白いかどうかなんて読んでみなけりゃ分からない。ほろ苦い初恋の思い出と共に始まったとはいえ、この習慣には一種のギャンブルのような楽しさがあった。
    「それが今日の戦利品?」
    「ああ。ミステリー読むのは久しぶりだな」
    「読み終わったら貸してくれる?」
    「別に返さなくてもいいんだぞ」
    「君、そうやって僕の家を書庫にしようとしてるでしょ」
     そんな会話をしながら、食材を見て回る。近所に安いスーパーもあるが、珍しい野菜やスパイスの品揃えが良いこの店を、こいつは気に入っているらしかった。それらの材料を活かした料理を作る腕も持ち合わせているのだから、横から意見を言うまでもない。俺は恋人の後ろをついて回りながら、買い物カゴが満たされていくのを眺めていた。
     それにしても今日は随分と買い込んでいる。これまでの経験上、料理に力が入るときは、こいつ自身が何か大きなストレスを抱えていることが多い。黙々と食材を切り、効率良く何品も平行して作ることで雑念を払おうとしているのだろう。胸の内に抱えた感情の汚泥を吐き出す相手として自分が選ばれないことに寂しさや腹立たしさを感じない訳ではないが、本人が吐き出せるほど咀嚼出来ていないものを無理やり聞き出そうとしても意味は無いし、第一俺はこいつの心を開く術を知らない。恋人の力になれない、情けない自分から目を逸らすようにして、俺は名前も知らないスパイスが並ぶ棚に視線を滑らせた。
     こいつの心には、オブラート程の薄さの膜が張っている。その膜のおかげで、こいつが放つ感情はいつも淡く輝き、気遣いや優しさが嫌味無く伝わってくるのだ。鋭い棘を持った負の感情がその膜を破って表に出てくることはない。表に出なかったその棘は、一体どこへ向かうのだろう。胸のずっと奥、きっと本人も触れたことのないような最深部に、深く深く刺さったままなのではないかと心配になることがある。もしもその棘を抜いてくれと頼まれたら、俺は迷わず手を差し伸べられるだろうか。
    「この辛味スパイス、気になってたんだよね。今日の料理に使ってもいい?」
     いかにも辛そうな炎のイラストが目に飛び込んで来た。お前の心も、こんなふうに怒りや悲しみで燃えることがあるのか?言えるはずのない台詞を飲み込んで、俺は恋人に向き直った。
    「いいも何も、俺は料理のことはよくわからないし、作る人に任せるよ」
     辛味と痛みは同じだと言う。こいつの胸に刺さったままの棘を抜いてやることも出来ないのなら、燃えるような辛味と一緒に痛みを飲み込む位は出来るだろうか。どうせなら盛大に、喉奥も食道も胃袋もみんな、ビリビリと痺れてしまえばいい。
    「ビールも追加しよう」
     シュワシュワと泡立つ金色の液体が身体に注がれる様を想像する。強い炭酸の刺激が炎を消し去った後に残ったのは、苦味だけだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👍😌
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    kumo72783924

    PROGRESS魁のパート。ビール飲んでる。
    流心〜ドイツ編〜魁1
     十一月のドイツは想像以上に寒く、訝しがりながら持ってきたダウンが大活躍だった。見るもの全てが痛いほど新鮮に映る中、隣で穏やかに微笑む恋人が旅の緊張を解してくれる。距離も時差も超えて、こうして二人並んで歩くだけでも、思い切ってここまで来て良かったと思うには十分だった。
     ターミナル駅からほど近いその店は、入口の様子からは想像出来ないほどに中は広く、何人もの客が酒とおしゃべりに興じていた。柱や梁は艶のあるダークブラウンで、木製のテーブルや椅子が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ぐるりと店内を見渡したときに目を引くのは、なんと言っても大きなビール樽だろう。その樽から直接ビールが注がれたグラスをびっしりと乗せて、店員がお盆を手に店内を動き回っている。その様子に目を奪われていると、店員の一人から“ハロー”と声をかけられた。こちらもひとまず“ハロー”と返すと、何か質問を投げかけられたようだったが、生憎俺は返す言葉を持ち合わせていない。助けを求める間もなく楓吾が最初の注文を済ませ、席に着くなりビールが二つ運ばれてくると、ドイツに来て初めての食事が始まろうとしていた。ふと向かいに目をやれば、赤銅色に染まるグラスの向こうで楓吾が再び店員と何やら話している。ガヤガヤと騒がしい店内で異国の言葉を話す恋人は、まるで別人のようだ。ひょっとして、話す言語によって人格も多少は変わるのだろうか。俺の知らない楓吾の一面があるのだろうか……そんなことを考えながら二人のやり取りをぼんやり眺めていると、楓吾がこちらに向き直って言った。
    3238

    kumo72783924

    PROGRESS前回の続き。少し手直し。流心ドイツ編のプロローグ的な位置づけ。ちなみに楓吾はじいちゃんがドイツ人、ばあちゃんが日本人のクォーターという設定です。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると、小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長旅で疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出ることにした。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
    1959

    kumo72783924

    PROGRESS流心の続編。書き出しは今のところこんな感じ。遠距離恋愛になった二人がドイツで再会してなんやかんやある話。一応デュッセルドルフをモデルに考えています。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長時間のフライトで疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出た。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
    449

    recommended works