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    rinka_chan_gg

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    「雪が融けるまで725秒」の展示物です。
    限界社畜リーマン夏×喫茶店のマスター五の現パロ夏五。全年齢。
    シリーズものになる予定で今回は二人が出会ったお話です。
    五のお店のバイトくんでゆーじも登場します。

    あまり推敲せず上げたので後々加筆修正しにくるかもです…イベント後は支部に上げる予定です。

    ハニーミルクのような恋橙色の夕陽が秋空を美しく染め上げている。その真下にて、辛気臭い溜息が一つ落ちた。

    「……疲れた……」
    そう吐き出した男の名前は、夏油傑。とある中堅企業に勤めて二年目になるサラリーマンだ。

    すっかりくたびれた様子なのは、日々の仕事が忙しく疲れているせいだ。特別繁忙期という訳ではないのだが、常に真面目で素早く丁寧な仕事をこなす夏油は入社したての頃から会社からの期待も大きく、多くの仕事を任されがちだった。
    それだけならまだ良かったのだが、夏油と共に入社した同期達はイマイチ仕事に対しての真摯さというか心構えが欠けている者達が多く、そして困った時はすぐに優秀な夏油を頼るばかり。加えて今年入社した新人の教育、指導などの役目もあり、夏油に圧し掛かる負担はとても大きなものになっていた。

    極めつけは二年目になって上司が変わったことが最悪だった。今の上司は体裁や自己保身ばかりを気にするあまり部下達に無茶な仕事の振り方をすることがザラにあり、特に終業時刻間際になって翌日締め切りの仕事を特急で仕上げろと持って来た時には、尋常じゃない程の殺意が込み上げてきたものだ。

    明らかに、給料と業務量が見合っていない仕事環境。体も心も人並み以上に頑健でタフなことを自負している夏油でも、許容量を越える仕事が連日のように続けばヘトヘトに疲れるのは当たり前だし、酷い時には体調を崩してしまうことだってある。

    …いい加減、転職を考えた方がいいのかもしれない。
    夏油がそう考えてしまうのもごく自然なことだった。一昔前は「会社には最低でも三年は勤めろ。じゃないと再就職が難しくなる」なんてよく言われてきたが、激務に追われて三年経つまでに体を壊したり鬱状態になってしまえば再就職どころの話ではない。

    幸いにも会社は人員が多い方なので、優秀で会社にとっての大きな戦力である夏油が1人抜けたとしてもその分の穴埋めは難しくはない筈だ。寧ろ自分が居なくなった方が逆に同僚や後輩達もしっかりしてくれるかも、と淡い希望を胸に抱く。

    しかし今すぐに辞めたところで、次に何かやりたいことがある訳でもないし…と思い悩みながら、夏油はフラフラと彷徨うように道を歩いていた。
    本来なら終業後は、会社から徒歩十分圏内にある駅から電車で2駅分乗り継いだ先にある自宅へ真っ直ぐ帰るのだが、今日はまだ駅には向かわずにいた。
    家に帰れば夕食をして寝るだけ。寝ればまたすぐに仕事がある明日がやって来てしまう…そんな現実から目を背けたい気持ちが、夏油の心の底にあったのだろうか。だからあてもなく町中をフラフラ歩いているのだ。

    普段は出退勤の為だけに会社と駅を真っ直ぐ往復する毎日なので、この町を散策したことは殆どない。初めて歩く道は新鮮さがあって、仕事の疲れが少しだけ洗われるような気分だった。
    適当にぶらついて、勤め先から少し離れた住宅街へと足を踏み入れる。会社周辺は所謂オフィス街で人通りも多く賑わっているのだが、この辺りはとても静かだった。コンビニやスーパーなどの店はなく、一軒家やアパートがぽつぽつ建ち並んでいるだけで、中には年季の入った古風な木造住宅も見受けられる。オフィス街からそう離れてはいないのに、こうも町並みが違うものなのか。人気はなく少し寂れてはいるが、街の喧騒が届かない静かで落ち着いた雰囲気は逆に好感が持てた。

    しばらく歩いていると、小さな公園が見えてきた。滑り台とブランコだけが置かれた地域によくありそうな公園と言えば、夕方になっても遊ぶ子供達の姿や、買い物帰りの奥様方が世間話に花を咲かせている姿などが定番だが、ここには人っ子一人いない。
    あまり利用されていないんだろうか。閑散とした住宅地域はもしかすると、幼い子供を持つ家庭が少ないのかもしれない。そんなことを思いながら公園を通り過ぎる。

    片側一車線の広さがあった道路は、公園を過ぎるといよいよ車一台分しか通れない程の幅しかなく、きっとこの先はもっと細い小道ばかりなんだろうと推測する。
    家の他に何もなさそうだし、そろそろ引き返そうか。適当に歩いて迷ってしまったら面倒だし…と、帰る為に歩いて来た道順を頭で思い出しながら、公園の奥にあった十字路を少し覗き込んだ所で夏油の足が止まった。

    十字路を右へ曲がった先に、それまでなかったお店らしき建物を見つけたからだ。
    木造の外壁に取り付けられた外灯が煌々と足元を照らしている。更に店の入口側は一面ガラス張りなので、室内から漏れる明かりも相まって住宅街では一番明るい場所に感じられた。
    手前には小さな立て看板があり、その店の名前が書かれている。夏油はそれを見ようと看板に近付いた。

    『喫茶 茈』

    「喫茶、……なんて読むんだろう」
    普段目にすることのない漢字に小首を傾げたが、よく見ると『茈』の下にローマ字でルビが振ってある。『MURASAKI』と書かれていた。

    喫茶、ムラサキ。こんな所に喫茶店があるとは。夏油は物珍しげにそっとガラス張りの入口から中を覗いてみた。
    店はちゃんと営業しているようで、店員らしき青年が店内を動き回っているのが見えた。中はそれ程広くはなくこじんまりとしている。よくある個人経営の小さな喫茶店らしかった。
    折角見つけたのだし入ってみようか。正直、今日も忙しかった仕事の後に慣れない土地を歩いたことで体は疲れを訴えており、腰を落ち着けて休みたい気分だった。



    夏油は迷うことなく自身の欲求に従う。入り口の押扉を開いて中へ潜ると、チリンチリン、と入店を知らせるベルが店内に響いた。
    「いらっしゃいませー!お一人様ですか?」
    快活な声と共に店員が夏油の傍にやって来る。先程、外からガラス越しに見かけた青年だった。薄いピンクがかかった短髪に、白いシャツと黒いエプロンを身につけた彼はきっと学生アルバイトの子だろうか。若くて少しやんちゃそうな印象の青年に一人であることを伝えると、「お好きな席へどーぞ」とフレンドリーな笑みで客席の方へ案内された。

    薄茶色の内装を基調とした店内ではゆったりとしたクラシックの曲が控えめな音量で流れている。客席はテーブル席が5つ、それから入るまで気付かなかったが入口の左側にはカウンター席が4つ設けてあり、ガラス張りであるそこは外の景色を眺めながら飲み物を味わえる良い場所となっている。
    お好きな席へ、と言われたので夏油は早速カウンター席の一番奥へ腰かけた。夕方時のカフェと言えば仕事終わりの社会人に学校帰りの学生などの客が多く混んでいそうなものだが、この店に夏油以外の客は、恐らく自分と同じで仕事帰りであろうスーツ姿の中年男性が一人座っているだけだった。
    きっとこの地域一帯が閑散としている所為だろう。夏油が道を歩いていた時も誰一人としてすれ違わなかったし、人通りのない場所は普段から客の入りもあまり良くないのかもしれない。それでも、チェーン店のカフェのような賑やかしさがないここはとても穏やかな空間で、自分のペースでゆっくりとブレイクタイムを楽しむには最適だと思えた。

    夏油はテーブル横に立ててあるメニュー表を開く。ドリンクはブレンドコーヒーの他にアメリカンやエスプレッソ、更にはカフェインレスのものもあって、カフェラテや紅茶なども充実している。軽食も色々あり、特にケーキやスコーンなどのスイーツが多く見られる。
    意外にも豊富な種類のメニューに目移りしてしまうが、夕食前なので今日はとりあえず飲み物だけにしよう…と思った所でバイトの青年がお冷とおしぼりを運んでやって来たので、すかさず注文を頼む。

    「すみません。ブレンドコーヒーを一つ」
    「はーい、ブレンド一つですね!」

    青年は手早く注文のメモを取ると、レジカウンター横にある厨房へと駆けて行く。「マスター、ブレンド一つお願い!」とかける声に「はーい」と間延びした声が返された。姿は見えないが厨房奥にはこの喫茶店の主人が控えていたらしい。声だけのやり取りを聞き流しながら、夏油は鞄から手帳を取り出した。

    手帳の中身は殆どが仕事関係のもので、明日以降のスケジュールの確認や、今抱えている案件の概要にさっと目を通し優先度の高いものを洗い出していく。
    もう退勤した後だと言うのに考えるのは仕事のことばかりで、我ながら真面目過ぎて泣けてくる。まあどうせ辞めるつもりだし、せめて会社に迷惑をかけないよう任された仕事だけはしっかりやり切らないと。そう思ってボールペンを走らせていると。

    「お待たせしました」

    注文したコーヒーが運ばれて来たようだ。けれど、バイトの青年の声ではなかった。落ち着きのある低い声に夏油が顔を上げたその瞬間、体中に電撃が走ったような感覚に襲われた。

    目の前に現れた彼は、一言で言うならば「美人」だった。
    まるで雪のように艶やかな真っ白い髪。整った顔立ちの上から掛けているサングラスの奥でチラリと煌めいた瞳は、快晴の青空を思わせるアクアブルーの色を帯びている。
    細身で背が高いスラリとした体は決して華奢という訳ではなく、体の肉付きはしっかりと男らしいそれだった。
    あまりにも幻想的な、日本人離れの見た目をしたカフェユニホーム姿の彼に、夏油は目を奪われてしまった。

    この男性が、きっと先程まで厨房奥にいたマスターと呼ばれる人だろう。店内には彼とピンク髪の青年以外にスタッフは見当たらなかったのだから。それにしても、随分若そうな人が店主をやっているのだなと驚きを隠せないでいると。

    「こちら、ご注文のブレンドコーヒーと…サービスのクッキーです。ごゆっくりどうぞ」
    美しい顔のマスターがコーヒーの入ったカップと、バニラ色のソフトクッキーが乗った小皿を配膳する。柔らかな笑みを浮かべたまま厨房へ戻って行く男の姿を、夏油は見えなくなるまで眺めていた。

    ……ビックリした。まるでモデルのような人だった。ドキドキと心臓の鼓動が早いのは、同性であんな美形な人を見たのが初めてだったからか。
    らしくも無く見惚れてしまっていた。胸の奥がほんのりと熱く、体温が上昇したかのようだ。何故か酷く動揺している自身の気を紛らわせるように、運ばれて来たコーヒーカップに口をつける。

    「…!わ、美味し…」
    夏油の口から思わず声が漏れた。それは本日二度目の吃驚した部分だった。
    湯気を立てる淹れたてのコーヒーは、夏油が今まで飲んだどのコーヒーよりも美味しかった。独特の深いコクがあり濃い味のそれは、しかし決して苦すぎずとても飲みやすい。
    一体何をしてこんな美味いコーヒーが出来るというのだろう。豆の組み合わせか、絶妙な焙煎具合か、それとも…これを淹れたであろう、マスターの腕の賜物だろうか。

    夏油は小皿に乗ったソフトクッキーも食べてみた。口の中でほろほろと溶けるように崩れるクッキーは優しい甘さで熱々のコーヒーとの相性も抜群だった。

    (…何だろう、なんか…)
    心がとても穏やかに凪いでいる。凍り付く寒い冬を乗り越えて、雪解けの春が訪れたかのような感覚。
    静かで落ち着いた店の中。飲んだことのない美味しいコーヒーの味。そして、美しくも優し気なマスター。
    幾つもの要素が重なり合い体も心も満たされていく。夏油の中にずっとあった疲労感は、どこかへ吹き飛んでしまっていた。



    いつの間にもう一人の男性客は帰ってしまったのか、気付けば店内には夏油一人だけだった。
    コーヒーが冷め切ってしまう前に飲み干し、一呼吸ついてからそそくさと席を立つ。会計をしにレジカウンター前へ向かうと、それに気付いたバイトの青年が傍へやって来た。

    「いいよゆーじ、僕がやるから。テーブルの片付けと食器洗いお願いできる?」
    「あ、そう?りょーかい!」
    突然、カウンター前に現れた店主の姿にドキッとする。ゆーじと呼ばれた青年は彼の言葉に素直に従って、客席の方へと駆けて行った。

    まさか、この美しい容姿をもう一度目の前で見ることになるとは思わず、緊張が走る。さらさらと指通りの良さそうな白い髪を持つマスターはそんな夏油の気持ちなど露知らず、淡々と会計を進めていた。
    「ブレンドコーヒーが一点で、530円になります。お支払いはどうされますか?」
    「あ、えっと、現金で」
    ドキドキと鼓動がうるさいまま、千円札を出して、お釣りを受け取る。会計が済んでしまえばあとは店を出て帰るだけだ。けれど、コーヒーを飲みながらこんなにゆったりとした時間を過ごしたのは随分と久し振りだったから、これでお終いにはしたくなかった。だから、口を開く。

    「…あ、の」
    「はい?」
    「コーヒー、とても美味しかったです。ありがとう」

    声は震えていなかっただろうか。初対面の客がこんなことを言うのは馴れ馴れしいだろうか。不安を抱えながら、それでも心休まる一時を過ごせたお礼をどうしても伝えたかったので、サングラス越しの蒼い目を真っ直ぐに見つめて言った。

    マスターは一瞬、呆けた顔を浮かべていたが。やがてすぐにふわりと微笑んで。
    「こちらこそ、ありがとうございます。お仕事お疲れ様です」

    それは、先程配膳した時に向けられた営業スマイルのようなものとは違い、少し照れ臭そうにはにかんだ、マスターの心からの笑顔だったのだろう。
    夏油は、全身から浄化を受けたような感覚に包まれた。



    その後、店を出て駅までの道を戻り、電車に乗り、家に帰ってからも、マスターの優し気な微笑みが夏油の脳裏に焼き付いて離れなかった。
    当然ながら、二十数年生きてきた中で同性愛の気を持ったことは一度もない。けれどもこれは紛うことのない純粋な「一目惚れ」の感情であっただろう。

    夏油は自身のスマートフォンに『喫茶 茈』の所在地をお気に入り登録する。
    …また行けたらいいな。次はしっかり道を覚えながら行きたい。その時間を作る為にも、まず明日一日を頑張って乗り切ろう。
    再びあの喫茶店へ行く未来に思いを馳せながら、久し振りに湧き上がった仕事への意欲を抱いて、夏油は眠りにつくのだった。




    つづく?
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    rinka_chan_gg

    DONE現パロ夏五。
    社畜サラリーマンの夏油がある日見つけた喫茶店のマスターを営んでいる五条に恋をして…?というハートフルでほのぼのしたお話(当社比)の続編です。
    前作をご覧になっていない方は是非そちらからどうぞ→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19005270

    後ほどピクシブにておまけの話もつけて再掲します。

    イベント開催おめでとうございました!
    ハニーミルクの恋ー2ー■■■



    夕陽が、都会の街を橙色に染め上げている。
    閑散とした住宅街。どんどん幅が細くなっていく道路。利用者のいない静かな公園。
    すっかり見慣れた風景を、夏油傑は今日も歩く。お気に入りの、あの店に行く為に。



    チリンチリン。ガラス張りのドアを開くと入店のベルが鳴り響く。音に気付いたアルバイトの青年が「いらっしゃいませー!」と元気よく駆けてきた。夏油の顔を見るとハッとして「お疲れ様です、お好きな席どーぞ!」と一言付け加えた。彼にはすっかり顔を覚えられていることに気恥ずかしさを感じながらも、夏油は奥のテーブル席へと向かった。

    少し前までは、窓際のカウンター席の方が外の景色も見られるし良いと思っていたのだが、最近はもっぱらテーブル席が夏油の定位置となっていた。その理由は単純に、ここだと店内を一望できるからだ。
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