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    オベモスのつづき(3)ー 加筆修正中

     西部の田舎圏を辿る馬車は、何翅かの妖精を拾ったり降ろしたりしながら荒野然とした山野を駆け抜けて、先日モースの王が襲撃をした市街地をも通り過ぎて行った。
     粗雑な作りの乗合馬車を引いているのは二翅の妖精馬だった。キャメロット未承認の輸送手段ではあったが、車馬賃は護衛を雇うよりいくぶん安い。軍からも“獣に引かせていないなら”と見逃されていた。
     馬車を利用しているものは、風の氏族長の庇護を求めてソールズベリーに近い中部平原までの移送を依頼している妖精が多く、これもお咎めがない理由の一つかもしれなかった。女王直属の兵士でさえ「オーロラ様には悲しい顔をさせたくない」と思ってしまうのか、それとも支持者を増やすべく氏族長本人が根回しをしているのか――詳しいところまではオベロンにも知り得ない話だ。
     そういう僻地から出てきた妖精は“人間”が物珍しいのだろう。荷車のうしろにこじんまりと座っている嵐の王は、時おり乗客から好奇に満ちた眼差しを向けられていた。
     その視線から逃れるように、嵐の王は大きな翅を持つ“ご主人様”の背にさりげなく隠れた。モースの王は馬車に乗り込んでからというものの始終だんまりを決め込んでいる。妖精でも人間でもないことがばれてしまえば大ごとだからだが、その仕草はまるで人見知りをしている稚い子供のようだった。
     車内には軍属では無さそうな主従を遠巻きに眺める者もいれば、興味津々といった様子で二人に声をかけてくる者もいた。車輪が大地を転がるごろごろという音に、妖精たちのささめきが混ざり始めた。
    「可愛らしい人間ね」
    「わざわざ似た顔の子を見繕ってきたのか?」
    「上級妖精さまは良いご身分だなぁ」
     なにを問われてもオベロンは“そうでしょ”とか“まぁね”とか、とにかくいい加減な相槌を返し続けた。その甲斐あって期待していた以上の面白さは無さそうだと判断した彼らは、あっという間に二人への関心を失くして、あれこれ詮索するのをやめてしまった。
     モースの王が本当に人間ならば妖精達も生命力に惹かれてしぶとく声をかけてきたかもしれないが、生憎とクロークを被りちょこんと座している王様は、彼らを活気付けるどころか呪いをかけている存在である。それにソールズベリーへ着きさえすれば、きっと人間の姿なんて飽きるほど目にすることが出来るのだ。オベロンは窓の外を一瞥すると嵐の王に小声で話しかけた。
    「次の停留所で降りよう」
     王様はこくんと頷いた。キャメロットの城壁はまだまだ先だったがモースの王が行方を眩ませた後だ。都市部に足を踏み入れた途端、強化された検問に引っかかって仕留められる――なんて事態だけは避けたかった。
     まずは安全圏から情報を得なければ。オベロンは大穴までの段取りを幾重にも確かめた。
    “ちょっと遊びに行くだけ”なんて建前もいいところだった。反逆者と言われて二度否定はしたけれど、オベロンは持てるすべてを注ぎ込んで、この國を終わらせる終末装置を支援する心づもりでいたのだから。
     そこには孤立無援の彼が可哀想だからという生ぬるい同情の気持ちは一切ない。あるのはもっと利己的な欲求――オベロンという妖精が長年抱えていた“生きる目的”が関わっていた。
     國の崩壊はオベロンの望みをも叶えるだろう、ならば力の限り支えになりたい。しかしそれを王様に話すことは渋られた。未だぼろぼろのモースの王に「僕の目的のためにも頑張っておくれ!」なんて身勝手な願いをどうして打ち明けられようか。
     無責任な期待をぶつけてしまうくらいなら、好奇心旺盛な妖精のふりをしてそれとなしに支援するくらいがちょうどいいのだ。馬車が停留するとオベロンは妖精たちの目から隠すようにモースの王の肩を抱いて、軋む車体から降りた。どこか思い詰めたような眼差しのオベロンに連れられながら、嵐の王は黙って歩いた。




    「ああ窮屈だった。ここまで口を噤んでいるのはなかなか息苦しかったよ。あんたのお喋りが移ったみたいだ」
    「囁きが風の流れに乗って、どこに辿り着くか分からないからね!隠蔽工作が出来ないところでは黙っているのが吉だとも」
     乗合馬車は南西の海峡近くで脚を停めた。そこから歩いてすぐのところに街が栄えており、人気のない裏路地を見つけた二人はそこへも縺れ込むなり、会話を不明瞭にする結界を張った。失言を危惧して沈黙を貫いていた嵐の王はやっと解放されたというように大きく伸びをしている。
     発生したての妖精と言い張るにしても、王様はあまりに妖精社会を知らない。その点を考慮して、オベロンは彼に人間のふりをすることを勧めたのだが、首尾よく周遊のスタートを切れた辺りこの判断は間違っていなかったように思う。石壁に挟まれた狭い路地で人心地つきながら、オベロンは嵐の王に話しかけた。
    「ねえ王様、宿を探しながらこの辺りの店を見て回りたいんだけど、身体は大丈夫かい?病み上がりを連れ回しているようなものだから気になってたんだ」
    「正直本調子じゃあない。かといって傷が癒えるまで森奥に潜みたくもないし、あんたのお陰で療養しながら敵情視察が出来て助かってるよ」
    「そいつは良かった!買い物といっても大したものじゃなくてね、お世話になった友達に手土産を用意したいんだ。あの子たち市街には入れないからさぁ……」
     ふいに妙な気配を感じて、嵐の王は視線を彷徨わせた。戦場で浴びてきたものとはほど遠いが、それは明らかに二人へ向けられた敵意だった。
     ここに留まるのはまずそうだ。そう思った嵐の王はオベロンの腕でも脚でも鷲掴みにして、直ぐさま裏路地から立ち去ろうとしたのだが、恩人の肩に手を伸ばしかけたところでやめてしまった。妖精に擬態しきれなかった鋭い指先で彼の四肢を力いっぱい掴めば、骨身を砕きかねないと気後れしたからだ。 ならば急ぎ言葉で伝えるしかないだろう。
    「オベロン」
     ここから離れたほうがいい。モースの王の憂苦に満ちた声が発せられるや否やだった。上空で何か大きなものが陽光を遮り、日差しの入りにくい裏路地はまるで夜のように真っ暗になった。
     嵐の王はせめて無警戒なまま佇む妖精を庇ってやろうとしたが間に合わず、二人の頭上には狭い通路を埋め尽くすほどの柔らかい何かが降り注いだ。どさどさと落ちてきたそれはあまりにも無害な麦と白詰草だった。



    《 以下 編集中 》
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