「代筆じゃなくて悪いんだけど、ここで書き損じの文を売って貰えやしないだろうか! この子に文字を教えたくてね。あっ、あと良い宿があったら教えて欲しい」
書簡の代筆を請け負う店で「紙屑を売ってくれ」と騒がしく注文をしてきた男に店主はしばらく面食らっていたが、オベロンたちを上から下まで眺めると「幾ら出せる?」と店の奥から多種多様な紙片を掻き集めてきた。傍らに奴隷を侍らせているオベロンのことを単なる貧乏人ではないだろうと思ったのかもしれなかった。
オベロンが返事の代わりに、懐から本一冊は買えないが下級妖精の年収くらいはある貨幣を取り出すと、店主は持ってきた書き損じの書簡や機関紙を一枚一枚検分して、依頼主に繋がるような文章を抜かりなく消し始めた。差し障りのない日常的な単語だけが紙の上に残されて、文字の練習に使うだけなら丁度いい塩梅になっていく。
一連のやり取りを眺めていた嵐の王は、なるほどなあと感心していた。「文字を教える」なんていうのは虚言もいいところで、おそらくオベロンは情報収集がしたくて手紙の束を買いつけたのだろう。妖精眼を使って消された文章を読み取る魂胆なのだ。
そこには妖精達が紙に残して置きたいほどのメッセージが残っているはずだったが、あまりに手慣れているためにオベロンによる文書の盗み見はこれが初めてではないと思われた。
「顧客情報は改めて消させて貰ったが、まあ、変な処分や管理の仕方はしないでくれよ。ところでこの街で宿を探すのはやめておいた方がいい」
「おや、ここ数十年のうちに観光客を寝泊まりさせるのを嫌う流行でも出来たのかな」
「あながち間違っちゃいないが、嫌われてるのは観光客じゃなくて人間連れの妖精だ。つい最近、都市部で存在税の徴収があっただろう――」
ごく最近まで、モースに対応出来る兵士があちらこちらで使い倒されていたのは、妖精國の住民なら皆知っていることだった。夜毎土地を焼き払い、モース毒を滞留させる嵐の王が現れてしまったからだ。
モースに対応できる妖精はそんなに多くない。迎撃と復興作業が続くほど、兵士たちの疲弊具合も凄惨なものとなり、見兼ねた地方領主たちは「部下が潰れる前に」とキャメロットへ嘆願書を提出したのだった。
結果として都市部の上級妖精からモース耐性のあるものが募られて、地方へ派遣されることになったのだが、國の中心地から出たい者など常ならばいない。しかし折りしも存在税の納付日が近かったのだ。
かくして“一年で女王陛下を満足させるに足る魔力を溜めることが出来ず、死を目前に控えていた妖精たち”は僻地の復興に志願した。ここまでは稀にある話だった。
「――この街にも都落ちしてきた上級妖精が派遣されてきたんだよ。そいつが横柄に振る舞うものだから元いた住民は萎縮しきってる。都市にいたときの優越意識が抜けないのかね」
「おっと、そんな狼藉はここの領主が許さないんじゃないのかい?」
「むしろ領主はそいつの言いなりだ。何を吹き込まれたのか知らないが、下級妖精の共有地を囲い込んで農地や放牧場を潰したりしてる」
放牧場。オベロンと嵐の王は思わず顔を見合わせていた。二人が頭から被った大量の牧草はここに繋がっているのかもしれなかった。
「東端の港町に倣って、ここいらを商業都市にでもしたいのかな?しかし都市部でぬくぬくと暮らしてた妖精が、裏から他者を操るなんて小賢しいことをよく考えついたものだね」
「筋書きを用意したのは人間だろうよ。上級妖精と一緒に都市部からきた奴隷が知恵を与えているんだ」
「ああ、それで“人間連れの妖精が嫌われてる”か。なるほどねぇ。それにしても僕がそいつらのお友達だったらとか考えなかったのかい?話はありがたいけど気立てが良すぎて心配になっちゃったな」
「喋る相手は選んだつもりだよ。なにせお前さんたち嫌味がないじゃないか。あいつの知り合いとは到底思えないね」
話しながら店主は、引き出しから青色のリボンを取り出して、オベロンが買い取った紙束をくるくると器用にまとめ上げた。上等な贈り物のようになったそれは礼儀正しく嵐の王へと手渡された。
《 以下 編集中 》