「もう少し柔らかくならないもんかねえ」
ぷんすかと怒りながら去って行くイングリットの後ろ姿を見送りながらクロードは溜息をつく。彼女に説教を受けるのは何度目になるか。なんだって他学級の彼女にそこまで言われなきゃならないのか。突然現れたリーガン家の嫡子にして次期盟主。そんな自分に対し不振の目を向ける者、警戒する者は決して少なくない。しかし彼女は王国貴族だ。互いに直接的な利害はないように思えた。
「何か目的があるってことか?調べてみるかね」
王国貴族のガラテア家が自分を探る理由。主な貴族達の情報は頭に叩き込んでいるが、まだまだ自分が知らないことはたくさんあるだろう。きっとイングリットが自分に関わらなければならない理由があるはず……そう思った。利がないのに、わざわざ、あんな風に構ってくるなぞおかしいではないか、と。しかし、様々な伝手も使い調べたものの、特にこれといった有力情報は掴めなかった。
「それじゃあ、利がないのに、あんなわざわざ煙たがられることしてるってことになるのか……?」
よくよく見てみればイングリットが説教をしているのはクロードだけではない。学級関わらず素行のあまり良くない生徒達に対して皆に、同じように説教をしている。そして、説教をされた者達はイングリットをそそくさと避けるようになったり、声をかける時もおそるおそる……といった様子が見受けられた。とはいえ、イングリットが言っていることは決して理不尽なことではない。相手を正そうと、なんとかしようと、相手のためを思い、本気でそう思ってやっていることなのだとクロードは気づく。
「ってことは、俺のことも、本気で叱ってくれてたってことか」
同盟貴族や家臣達があれこれ言ってくるのは分かる。しかし彼女はそうではない。嫌いだからとか、憎しみからではなく、さりとて彼女自身に利があるわけでもない。下手すれば次期同盟盟主の心象を損ねることになる行為で、それはむしろ彼女にとって不利益になる。クロード自身の行動を見て彼自身を正そうという思いからの彼女の行動。それはクロードにとって新鮮であると同時に驚愕すべきことだった。
「そうか、お前は俺自身をちゃんと見てくれてるってことか……」
説教自体は面倒ではあるが、ただ純粋に利害関係なく彼自身を見てくれてのことだということは嬉しかった。そして、だからこそ勿体ない、とクロードは思う。良かれと思ってやっていることが、彼女にとっては不利益な形になってしまっている状況。もっと上手くやる方法がいくらでもあるはずだ。あの器量であれば……と考えかけて、いかんいかん、と首を横に振る。
「ふむ、どういうふうに言えば、聞き入れてもらえるか……”戦場では共に戦う仲間じゃないか、もっと距離を縮めておいた方がいい”とかなら……」
余計なことを言って、逆に自分の方が怒られる可能性もある。しかし、そうすることで彼女が少しでも柔らかくなってくれたらという気持ちもあった。説教されるばかりでなく、普通に笑っているイングリットとも交流してみたい……そうクロードは思うようになっていた。