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    くうと

    試用 使わないかもしれない ※流れの文字書きです

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    くうと

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    ・もう過ぎ去った剣介誕の剣衛
    ・一年前に書いた話の続き?番外編?のようなものですが、前の話要素は大体書いてあるので読まなくても良いような気がします
    ・いずれ直します(いずれ)

    【剣衛】一年後の海の話 そういえば、秋の海にはあまり来たことがなかったかもしれない、と。剣介は目の前の景色をやたらと新鮮に感じた自分がいるのに気付き、その理由を考えた。
     雲ひとつない青空も、その中で輝く太陽も、そして、下に広がる海と砂浜も。剣介の視界にうつるすべてが明るくてまぶしい。けれど、一ヶ月ほど前と比べれば、どれも柔らかさを持ち始めた、落ち着いたものになっていた。
     もちろん、昼前だというのに日差しはしっかりと強く、真っ直ぐに剣介たちの方に降り注いで来てはいる。涼太がこの場にいたならば、日焼け止めか日傘を推奨されただろう。しかし、夏に受けたみたいな、何もかもを溶かしそうな熱はない。まるで、どこか遠くに行ってしまったようだ。そうしてそれは、太陽に限った話ではない。真っ青な空は八月のものより透き通り、よそよそしくなった風にも見えるし、海と砂浜の輝きもおとなしく見える。季節の移り変わり、時間の流れがはっきりと見えて、うまく言葉にはできない、寂しさのような感情が浮かぶ。
     先ほどの気付きの通り、剣介は秋になってからの海を、これまでほとんど見たことがなかった。だから、今抱いている印象は、通常よりもう少し強いものになっている可能性もあるはずだ。そうした加算があるにしても、それでも。ちょっと歩くだけで汗が噴き出てくる、あの暑い日が案外好きなのだな、という。ひとつの発見と、その季節が終わったことを残念に思う気持ちに間違いはない。
     これが、剣介の目の前に広がる世界だ。では、ここに剣介を連れて来た男の目には、どういう世界がうつっているのだろうか。
     自身の胸の内をひととおり見渡しきったので、剣介は隣に立つ衛の横顔に視線を動かした。朝食を済ませて間もなく、自室に戻ろうとした剣介に声を掛けて来た男は、独特の世界観を持った音楽を紡ぐ作曲家だ。ひとつの景色を前にした時、剣介とはかなり違ったものが広がっているかもしれない。ただ、今に始まった話でもない。それに、剣介と衛の間だけに発生する違いでもないから、印象の違いについて議論する気は起きなかった。
     砂浜に到着してから今まで、お互い無言で立ったままだったけれど。そろそろ会話を始めても良い頃合いだろうか。話題はいくらでもあるし、たった今うまれた、秋めいたこの景色についての話でも良いか、と。剣介がとにかく口を開こうとしたその時。衛が首をぐるりと動かして、剣介と視線を合わせてきた。どうやら、衛の方から言いたいことがあるらしい。
    「ケンくんは、もうお気付きかと思いますが……」
    「はい」
     衛は視線をがっちり剣介とぶつけて、真剣な表情と改まった言葉遣いをして来たので、剣介もそれに合わせた真面目な相槌を打つ。
    「今……コウくんとリョウくんは誕生日パーティの準備をしています」
    「だろうなー」
     大事な話をしようという気持ちが多すぎたのか。衛のゆっくりとした口調はまるで怪談の語り部のようになっていたが、その内容は剣介にとっては恐怖でも意外でも何でもないものであった。
     今日は九月三十日。夏も終わった頃合いであると同時に、剣介の誕生日でもある。そして、今年の九月三十日は珍しくユニットメンバー四人全員に仕事がなく、フリーとなっていた。マネージャーの尽力もあるのかもしれない。
     そのため、剣介は朝食の時にはすでに挨拶代わりに、誕生日おめでとう、と言われていた。今日は剣介を祝うパーティが開かれるのも、わかっている。何しろ、毎年四回あるユニットメンバーの誕生日のたびにしっかりと行われているのだ。スケジュールによって前後する年もあるが、今年は当日に確定である。
     よって、衛のこの申告も、剣介にとって特に驚くことではない。昂輝と涼太も、何をするか、はともかく、準備自体を隠している様子でもなかったから、彼らも困ったりはしないだろう。ただの答え合わせのようなものである。
    「俺はリョウくんの手伝いをするって言ったんだけど、この係に任命されたんだ」
     飾り付けならできると思うんだけど、と。衛は少し残念そうに続けた。たしかに、家事に関わらない部分ならば、衛でも戦力になりそうだ。だが、料理はもちろん昂輝ひとりで十分すぎるほどで、飾り付けも涼太のセンスに任せて問題ない。幸い、終日フリーなので準備の時間はたっぷりある。それならば、衛にはまた別の役割を分担した方が良い、と。考えたのは涼太の方かもしれない。
    「ま、俺も寮にいたら手伝いたくなっただろうから、外に出る理由ができて助かったよ」
     剣介の言葉の中に、衛に対する気遣いはひとつも含まれていない。今日、三人が剣介を祝う準備をするのはわかりきっていて、しかし剣介はそれを手伝えない。彼らの準備が整うまでの間、何をして過ごすか。剣介は結構かなり、それこそ昨晩から悩んでいたのだ。それがすぐに解決したので、衛をこの係に任命したどちらかには、心から感謝している。もちろん、提案者ではない方にも、それから衛にも。
    「それなら良かった……のかな?」
     剣介の感謝に配慮がないのを感じ取った衛が安堵と、それでも手伝いに参加したかった、と。ふたつの感情を混ぜたような表情を浮かべる。良かったんだよ、と。剣介はそう返してから、頭を最初の向きに戻して、先ほどから絶えず響いている波の音に意識を向けた。海風は柔らかく波は穏やかなので、景色と同様に音もよそよそしい印象がある。
    (それにしても、海かー)
     衛とふたりきりで砂浜に立つのは、今日が初めてだ。それは、秋の海への訪問回数と違いはっきりした事実だというのに、剣介の胸中には、懐かしさに似た感慨が存在していた。
     ちょっとお兄さんの散歩に付き合ってくれないかな、と。衛はそう言って剣介を外に連れ出し、ちょっと、とは言えないくらいの距離を移動した。昂輝と涼太の準備が完了するまでは寮から離れているのだろうと、それは剣介も予想していたのだが、まさか電車に揺られるとは思っていなかった。隣県の小さな駅でようやく改札を出て、そこからちょっとした路地を歩いた先。ほとんど無人の海を前にしたところで衛が立ち止まって、そうして現在に至る。
     まだ見慣れていない、夏が終わった後の海を眺めていると、くっきりとした目新しさが浮かんだ。その一方で、この状況に対しては不思議と懐かしさに近い、既視感のような気持ちも存在している。反対の方向にいる気持ちをまとめようとしていると、それにしても、と。横に立った衛がぽつりとした声を落とす。彼の視線も、剣介に合わせたのか海へと戻っていた。
    「ふたりで海に来るまで、ずいぶんかかっちゃったねぇ」
    「……覚えてたんだ」
     今度は剣介の方から、衛の方に視線を動かす。衛の表情は穏やかなのに、不意打ちを受けたような感覚に陥るのは、剣介が今まさに考えようとしたことが、そのまま出てきたからだ。もちろん、と。胸を張って答える衛がひとつ前に発した言葉の意味を、剣介はよくわかっている。
    (思い出すことは同じ、か)
     一年と数ヶ月前のことだ。剣介ひとりがオファーを受けた初夏の海辺でのグラビア撮影の後。帰り際、剣介がふいに思い立って録画した海の様子を、衛に見せた夜があった。それから数日後に、動画をかなり気に入ってくれたらしい衛が、剣介と海に行く夢を見たという、ひとつの報告をしてくれた昼があった。
     それぞれの日に、いつかふたりで本物の海を見に行けたらいい、と。とても簡単ではあるものの、約束のようなことをしたのだ。目の前にした相手に、特別な気持ちを持ち合わせた状態で、そういう話をした。当時の剣介も、おそらく衛も、互いの胸の内にあるものが見えていたし、その感情は剣介の中で今現在も熱を持っている。
     しかし、今しがたの衛の話の通りだ。あれから仕事もほどほどに忙しく、それなりに離れた場所にある海に行けないまま、一年ちょっとの時間が経過していた。
     だから、なのかはわからないけれど。今日に至るまで、剣介と衛の関係性は変わったようで、表面上には何の違いも現れていない。ふたりきりになると、あの夜と昼のような、どこか甘やかな感じの空気になるくらいだろうか。……それで、海にも行けていないのも含めて。衛も自分に対して似たような特別さを持っているのだとうっすらと感じとれてから、剣介はこの状態に満足してしまっていた。直接的な働きかけがないので、衛の方も状況を動かそうとは考えていないようだった。
     しかし、こうしてふたりきりで並んで砂浜に立ってみると、やっぱり満足なんてしていなかったんだな、と。剣介は、自分の中に浮かんだ不思議な感慨の輪郭を見つめながら、考える。
     懐かしく感じるのは、四角く切り取ったスマートフォンの画面を一緒に見たあの日を思い出すからだ。そうして、剣介の内にある感慨は、そのひとつだけで構成されてはいなかった。ようやく、ふたりで海を見られた、と。一年ちょっとという、それなりに長い空白の時間を経て到達したこの状況を、嬉しく思う気持ちがあるのだ。そうして今、そちらがじわじわと強くなってきていた。
    「やっとって感じになったよな」
     ひねくれた返事をする性質でもない。若干タイミングがずれたが、剣介は衛の気持ちにそのまま同意した。衛はうんうんと頷いて、にこにこと喜びを噛み締めた顔で、ひとりごとめいた言葉を返してくる。
    「一緒に来られて良かったなぁ」
     そうだな、と答えるかたわらで、それにしても、衛がこうして海まで連れてきてくれるとは思ってもいなかったけれど、と。内心でここに行き着いたことを意外に思う。ふたりの気持ちの停滞を問題なしとしていた剣介と、衛の胸中は異なっていたのかもしれない。真意はわからない。ただ、こうしてふたりで海の前に立っているのを互いに嬉しく思っているのだけは、はっきりしている。
     潮風がさっと吹いて、剣介たちの髪や衣服を揺らす。遠すぎず、しかし近くにもない距離感のこの海は、剣介の目の前にいる男の姿がうまく溶け込んでいる印象がした。
     そうやって、剣介がまじまじと衛の顔を眺めていると。ふっと、衛がその笑みを先ほどよりも少し穏やかなものに落ち着けた。朝も言ったけど、と前置きした後に、一度閉じた口を改めて開く。
    「――お誕生日おめでとう、ケンくん」
     それは、今日という日にしか聞けない言葉だ。一年と数ヶ月を経てやっと辿り着けた景色の中で向けられた祝辞は、朝に聞いたものとまったく異なる色合いをしていた。
     すぐに、剣介は堪えきれずにあー、と小さくない声を上げながら膝を折ってしゃがみこんでしまった。とんでもないものを受け取ってしまった。感情が大きく膨れ上がって制御ができず、どんな顔を、声を、反応をすれば良いのかわからない。手で覆うのは耳と顔のどちらがいいか、判断ができない。そんな姿を見せたくないという、というのも強がりの言い訳でしかなく、衛を正面から見られないくらい動揺したのだ。
     もちろん、唐突な剣介の言動に衛が驚かないはずがない。えっ、と、戸惑いでできた声が剣介の頭上から響くのが聞こえた。
    「ケ……ケンくん?」
    「あー……大丈夫、大丈夫。どっか痛いとかじゃないから」
    「う、うん?」
     どうにか片手だけ持ち上げて、おろおろと衛が駆け寄るのを止める。
     困ったな、と。嬉しさが大きすぎて途方に暮れる。自分が主役のパーティはこれからだというのに、剣介は自分の体におさめきれないくらいのプレゼントをもう、受け取ってしまった。
     ――衛に見えている世界がどんなものかを、剣介は聞こうとは思わない。いずれ、彼の作る音楽の中に出てくるからだ。直接的か、遠回しかはその時々によるが、衛の作曲はそういうものだった。剣介がその表現をきちんと正しく理解できるかは別として、そこに衛の世界があらわれる。
     でも、剣介はそうした形の、自分の世界を表に出すような作業はしていない。剣介が見たり感じたりした世界は、きちんと言葉や行動にあらわさない限りは、誰にも見つからない。今まさに押し寄せてきている衛への感情も、外に出さなければ、伝えられない。だから、と。未だに自分の靴とその下に広がる砂しか見えない体勢のまま、剣介はひとつの決意をする。
    (今度。ちゃんと、いっぺんに出そう)
     余すところなく、今この時の剣介と同じか、それ以上の想いを、しっかりと渡したい。……渡さなければ、と思う。
     幸いにも、数日後には衛の誕生日を迎える。最高の機会がすぐ近くにあって、今の剣介にはそれすらもプレゼントのようだと感じられてしまった。
     ふたりきりで海に行って、その後はどうなるのか。たしか、その話をして数日も経たない頃に、剣介は漠然とした疑問や不安を抱いた時もあったけれど。現実はずいぶんと明るいものとなったし、海の先が見えて、ここはひとつの道程の途中でしかなかった。それがわかったのも、幸いだ。剣介は何度目かわからない、海に来られて良かった、という感想を抱く。
    「……ありがと。すっごい嬉しいよ」
     剣介は、未だ戸惑ったままの衛にとりあえずこれだけは、という感謝を伝えた。体中に広がった喜びは多少は落ち着いたから、あとちょっとで立てるだろう。まずは立ち上がって、また時間を潰したら、寮で剣介が主役のパーティだ。それらも全部受け止め楽しんで、衛の誕生日に向かうのだ。
     十月五日は覚悟しておけよ、と。ひっそりと笑みを浮かべて考えたことは、衛には伝わらないけれど、これはそのままでいい。剣介は決意をすぐにしまいこんで、足腰に力を入れた。

    『秋に見るのは星の道筋』
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    くうと

    PROGRESS・もう過ぎ去った剣介誕の剣衛
    ・一年前に書いた話の続き?番外編?のようなものですが、前の話要素は大体書いてあるので読まなくても良いような気がします
    ・いずれ直します(いずれ)
    【剣衛】一年後の海の話 そういえば、秋の海にはあまり来たことがなかったかもしれない、と。剣介は目の前の景色をやたらと新鮮に感じた自分がいるのに気付き、その理由を考えた。
     雲ひとつない青空も、その中で輝く太陽も、そして、下に広がる海と砂浜も。剣介の視界にうつるすべてが明るくてまぶしい。けれど、一ヶ月ほど前と比べれば、どれも柔らかさを持ち始めた、落ち着いたものになっていた。
     もちろん、昼前だというのに日差しはしっかりと強く、真っ直ぐに剣介たちの方に降り注いで来てはいる。涼太がこの場にいたならば、日焼け止めか日傘を推奨されただろう。しかし、夏に受けたみたいな、何もかもを溶かしそうな熱はない。まるで、どこか遠くに行ってしまったようだ。そうしてそれは、太陽に限った話ではない。真っ青な空は八月のものより透き通り、よそよそしくなった風にも見えるし、海と砂浜の輝きもおとなしく見える。季節の移り変わり、時間の流れがはっきりと見えて、うまく言葉にはできない、寂しさのような感情が浮かぶ。
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    くうと

    PROGRESS・珍しく時事ネタを書いた!のでその日のうちに上げます、勢いだけで書いて見直しできてないので色々おかしいところがあると思います
    ・キスの日の話ですがキスはしてない剣衛(お付き合いしてる)
    【剣衛】キスの日の話 衛、と。少し離れた位置にいた恋人の名前を呼ぶと、彼は即座に反応して剣介の近くに寄って来る。
    「今日はキスの日なんだってさ」
     剣介のすぐ横に腰を下ろした衛に、剣介がスマートフォンの画面を見せながらそう話すと、ばちばちと音がしそうな大きい瞬きの後。えっ、とへっが混ざったような声が返ってきた。
    「そ……そうなんだ?」
     衛からきちんとした相槌が返ってくる頃には、その頬はほんのりと赤く染まっていて、正直なやつだなぁ、と。しみじみとした感想が浮かぶ。ただ、そうらしいよ、と返事をする剣介の顔にもじわじわと熱が集まり始めていたので、衛のことは何も言えない。あんまりにもあからさまに照れる衛の様子につられた、というのも嘘ではない、けれど。衛に見せたスマートフォンの画面にうつる、今日が何の日であるかを教えてくれるウェブサイトを開いた時には、剣介の胸中は気恥ずかしさでいっぱいだった。だから、衛が見せる反応も何となく理解できる。
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