❶真夜中を過ぎた明け方。まだ太陽は顔を出していなかった。
理解は路地裏のゴミ捨て場に身を潜めていた。
そんな薄汚い道に踏み入る青年の姿があった。オレンジのジャンパーは迷わずにゴミ捨て場の前に止まった。
「なぁ、何してんの?」
「…隠れてます」
「なにから?」
表通りから人相の悪い男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。
『草薙!!どこだ!!』
ゴミ捨て場にさらに深く体を沈めた理解は眉を潜める。
「まぁ、あれです。君は見たところまだ子供でしょう? 早く家に帰りなさい。 危ないですよ。」
青年は口角を少し吊り上げ、もしも、と話し始めた。
「あいつらを追い払って、一生守ってもらえるとしたら。理解は対価に何を差し出せる?」
「は?」
ゴミ袋の隙間に座る理解の前でしゃがんだ青年は優しく理解の頬を撫でる。
「草薙理解、この1ヶ月大変だったよな。」
ネオンの光が差し込むすみれ色の瞳は黒く澱んでいて、頬に触れる指先は冷えていた。
「それで、どうするの?」
ゴクリと喉を鳴らし、理解は答える。
「…私にできる限りのことをします。」
「ふーん。」
そっけない返事の割に彼は楽しげな笑みを浮かべていた。
頬に触れているのとは反対の手で、理解の指を掬い上げ、それと同時にガブリと左薬指に青年が噛み付く。
鋭い痛みの後、離れた口からの隙間から尖った歯が見えた。
深く付いた歯形をうっとりとした顔で撫でながら青年は囁く。
「約束、破るなよ。」
表通りの喧騒が近づいていた。
青年はゴミ捨て場近くに落ちていた近くに落ちていたビール瓶を手に取る。
「俺さ、今家なくて。」
路地へと足を踏み入れた一人目の男を瓶で強く殴りつける。
パリンと音をたてながらガラスが割れる。
「だから、理解の家に住まわせてよ。」
二人目の男を、半分に割れたビール瓶で腹部を切り裂く。
その拍子に飛んだ血が路地裏を赤く染めていく。
「その代わりパートナーとしてサポートするよ。 あぁそうだ。自己紹介がまだだった。俺の名前は伊藤ふみや。」
これからよろしくな、そう言って血で汚れた手を差し出した男は今日一番の笑みを浮かべていた。