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    小栗ビュン

    HQ🏐東西(左右固定)

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    小栗ビュン

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    6話中4話目。シャチアサヒ編。

    #HQ
    #東西
    eastWest
    #東峰旭
    dongfengxu
    #西谷夕
    nishitaniYuki

    海獣のバラード~最果て~人の子のユウに海の進み方と目的地を教えてもらって、ダイチとスガと共に慣れ親しんだ海を離れた。北の海は沢山の漁師がいるから、それらに見つからないように、すり抜けるようにして移動する。網だとかにかかっても嫌だし、銛で突かれても死にはしないけど、痛いのは嫌だもんな。

    本当にユウと合流出来るのか不安だった。ダイチとスガがついてきてくれたことで、進むにつれてその不安はだいぶ減っていったけれど、合流できたそこでまさか「旭さん」もいるとは思わなかった。本当に俺と同じ顔をしているんだなって思ったし、海の中からでもユウが「旭さん」に大事にされているのは分かったから、とりあえず引っ込んだんだよね。

    失恋とはまた違うけど、やっぱりあの子を食っておけばよかったかなとも思ったし、そしたら「旭さん」は俺を恨むだろうし、俺と俺で争うことになるかもね。そういうのは、好きじゃない。争うとか、奪うとか、やっぱりいいことには繋がらないよね。「旭さん」といるあの子の顔を見たら、やっぱり納得出来たし。だからその夜は大人しくダイチとスガと休むことにしたんだ。

    ダイチとスガがいつもと違う種類の魚を捕まえてわけてくれるんだけど、それを食べる気にもなれなくて、ただぼんやりしていた。早く探したい。俺が探している、イルカのユウを。人魚の子を。でも、夜中に漁師の船が来るっていうから、やっぱり探しに行くのは止められた。そんなやりとりを何度かした。怒られて、やっぱり探しに行こうとして、また怒られて。その繰り返し。

    その夜は、人魚のユウの笑っている顔をなかなか思い出せなかったんだ。これまでそんなことはなかったのに。あの子が俺の元にいたのは一晩だったけれど、ずっと笑っていてくれた。俺を素直に褒めてくれて、俺を素直に受け入れてくれた。甘えてくれたし、繋がる喜びを教えてくれたのもあの子だった。寂しい自分が、その夜だけは消えていてくれたから。救われた気がしたんだ。やっと、自分に足りないものを得られたように、嬉しかった。そんなあの子の笑顔を思い出せないことが、辛くて、辛くて、ダイチとスガにかまってもらいながら少しだけ泣いたんだ。

    それから朝になって、船の音がしなくなってから海の中を探し始めた。鳴いて、歌って、呼んだんだ。応答なんてない。寄ってくるのはメスのイルカだった。サメは逃げていった。この海じゃないんだろうかと思い始った頃、一度人の子のユウと合流しようかなとも思った。ダイチとスガを呼んでそのことを話そうと思ったんだ。

    その時。

    小さな小さな声が俺を呼んでたんだ。泣き声みたいな声だった。胸がざわついて、苦しくなった。今にも消えてしまいそうな程にか細い声だった。それがユウじゃなくても、なんでもいいから、俺が行かなければ助からないんだろうなって思わせるような。危機感に似たものを感じたんだ。水面の方だった。水を蹴って上がっていく。少しずつ、鳴き声がはっきりと聞こえてくる。鳴き声というより、やはり泣き声だった。泣いている。怯えている。

    「見えた。」

    一本の流木と、イルカの尾だった。流木に乗りあがっているのだろうか。降りれなくなって泣いているのか。大きさから見ると、やはり生まれたばかりに近いイルカの子どものようだ。水面に上がる。

    「、」

    やはりイルカこ子どもは流木にしがみついていた。しかし、ただのイルカの子ではない。

    「イルカの…人魚、」

    ぼろぼろと泣きながら流木の枝に必死にしがみついている。その手からは血が流れている。このままでは血の匂いでサメが寄ってくるのも時間の問題だ。見捨てるわけにはいかない。

    「親とはぐれたのかな。」

    俺が怖がられても、ダイチとスガならこの子の機嫌ぐらい取れるだろう。とにかく血が止まるまで保護してやらないとかなり危うい。

    「…とと。」

    よく聞き取れなかったけれど、遠慮するような、安心したような声だった。おずおずと見上げてくるこの顔は、いつかどこかで見たことがあるような気もしないでもない。誰かに似ている。どこかで見ている顔だ。

    「おてて、はなしてごらん。」

    「……、」

    子どもに向かって手を差し出してみる。こういう時、常に怖がられるのは自分なのが恨めしい。

    「大丈夫、おいで。」

    「とと、」

    とと。
    なんだろう。
    ダメだな、ダイチとスガに翻訳もしてもらわないといけないな。

    「とと、かか、」

    かか。
    わからない単語が増えた。
    そう思った瞬間、その子は流木から手を離して、俺の腕に向かって短い距離を泳ぎ出した。小さな体を潰さないように抱き抱える。小さすぎる手が、俺の濡れて漂う髪を掴む。ちょっと痛い。

    「泳げないわけじゃないんだろうけど、」

    取り急ぎ、小さな子どもの口に息を吹き込んでやり、水中での呼吸を楽にさせてやる。改めて抱いて海に潜ると、ダイチとスガを鳴いて呼んだ。するすぐに白いスガと黒いダイチの姿がやってくる。

    「うおお、アサヒ!大変だ!」

    スガが慌てて飛んでくるが、こっちもだいぶ慌てている。

    「うわぁー!お前食うのか?それ、食うのか?」

    「食わねえよ。漂流してたっぽいから、ちょっと保護してきた。」

    現れた大人ふたりに向かって、子どもがくるりと首を動かす。その子を見たふたりの顔色が変わる。

    「おい、」

    「なんだよ、」

    「お前…、」

    「スガ?」

    ダイチが割って入ってくる。

    「それ、お前と同じ顔してるけど。」

    「は?」

    ダイチの声に、俺は子どもを顔の位置まで抱き上げた。ようやく泣き止んだが、涙目のまま俺の顔をじっと見てくる。確かに髪の質感とか、目元は似ている気がする。

    「いやでも、」

    「お前だって。生まれた頃から一緒にいる俺が言うんだからそーだって。」

    スガが言うと、ダイチが隣で頷いた。当然だが、俺にこんな年の離れた兄弟はいない。

    「あ、」

    どきりと胸が鳴った。兄弟ではなくて。

    「……おめーの子だべよ。」

    スガが言う。

    「……、」

    心当たりはある。あの夜、ユウとは結ばれた。交尾はした。

    「いやでも、年数経ちすぎだし、あの時の子だったらこんなに小さくなくない?」

    ここ数年の話ではないのだ。あの時の俺とユウの子だったら、多分成人したぐらいにはなっている。

    「アサヒ、お前他に…」

    「ない、あの子以外に絶対ない!」

    スガが言いかけた瞬間、俺は全力で否定をした。すると子どもが腕の中で震えて、今にも泣き出しそうになる。

    「ご、ごめん、大丈夫じゃないけど、大丈夫だから。」

    「あやすの下手くそか。」

    ダイチとスガの声が揃って俺を突き刺す。

    「…、」

    この子をそっと抱き直す。胸に抱いて、鼻を寄せて。あの子に似たところを探そうとする俺がいる。残念なことに、俺に似ているような気がするところしか出てこないけど、目の色は、ユウと同じ色だと思う。

    「んん、とと、」

    腕の中でくすぐったそうに笑う声がした。手を伸ばして、今度は俺の髭を掴む。

    「おお、お父さん言ったぞ!」

    「え?そうなの?」

    「発想力なさすぎか。」

    この夫婦、もう嫌だ。俺を攻めることしか考えてない気がする。

    そう言えば、「とと、かか、」とも言っていたっけ。そうすると、「かか」は、「お母さん」になるのだろうか。ただただ小さくて柔らかいだけの存在が、俺の髭を引っ張って喜んでいる。この子が俺の子どもだという確証はないけど、確信に近い予感はある。いや、ユウと俺の子だったらいいのにって、そういう願望を持っているだけだ。ユウと俺をまだ繋いでくれる存在だったらいいにって、思ってしまっているだけ。

    まだ薄らと流れる手のひらの血を止めようと、小さすぎる手を取って唇へ寄せた。舐めとって、その傷を癒す。きっとこれくらいだったら痕も残らないだろう。傷口が塞がると、それを見たスガが慌てて思い出したように声を上げた。

    「おい、大変だ!」

    「今度はなんだよ。」

    「つーか、あの子いたぞ!」

    「あの子、」

    「だから、ユウがいたって!」

    「、」

    俺はスガの肩を掴んだ。髭にしがみついている我が子が揺れる。

    「どこだ。」

    「かか、かか、」


    スガとダイチの案内で、俺は子どもを抱いて海の底へ潜る。何故子どもだけ漂流するようなことになっていたのか。何故こんな近い海にいたのに、会いに来てくれなかったのか。何故、あの時の授かった子が、まだこんなに小さいのか。

    何故。

    ユウ。

    何があった。


    静かに、静かに、僅かに、ほんの僅かに、数粒の泡がのぼってくる。

    ほんの数粒。

    見逃してしまいそうな泡。

    二酸化炭素。

    あの子から出た、数滴の泡。


    「ユウ……、」


    僅かに開いた唇から、ひとつ、ふたつ。

    また、泡が、ひとつ。

    それから、また、ひとつ。

    今にもその泡が、止まってしまいそうで。

    怖くて、怖くて、ひたすら怖くて。

    この世の果てを見た気がした。


    その体は、岩と岩の間に隠れるように横たわり、目を閉じていた。ただ細く細く息をして、小さくなった命を繋いでいるように。


    「かか、」

    腕の中の子どもが、母親であろう体に手を伸ばす。俺の腕から飛び降り、横たわる母親の体によじ登る。この子の名前は、あるのだろうか。この子の母親の命は、ユウの命は、まだあるのだろうか。続くのだろうか。

    「かか、かか、」

    胸へ這い上がり、懸命に乳を吸おうとする。その姿がとてもせつないものに見えてしまい、名前を読んで止めようとしても、子どもの名前を知らなかった。呼べなかった。口が重くて、何も言えなかった。あれだけ会いたかったあの子の体に、命に、何が起こっているのだろう。

    「アサヒ、」

    スガの声がした。俺の体は勝手に動いているようだ。近づいてみる。そばで見るのも怖かった。けれど、抱き締めたかった。冷えているのなら、あたためてやりたい。そして、目を覚まして欲しい。跳ねるような泳ぎを見せて欲しい。名前を呼んで欲しい。子どもが落ちないように、岩の間に腕を入れてユウの体ごとそっと抱き上げる。

    ああ、冷たい。

    「とと。かか、」

    まるでどうにかしてやってくれというような声。俺だって、どうにかしたい。それにはまず、どういう状況なのか教えて欲しい。

    「アサヒ、どうだ?生きてはいるんだろ?」

    ダイチの声が後ろから聞こえる。胸に耳を当てる。僅かに動いている。最低限の血液だけを送り続けている音がする。生きてはいる。けれど、胸に耳を寄せても、頬を撫でても、ユウは起きない。

    「生きてはいる、けど、体はすごく冷たい。」

    スガが背後から覗いてくる。力なく垂れる、ユウのイルカの尾。

    「なあ、これって、」

    ユウを覗いたスガがある仮説を立てた。

    「多分、仮死状態に入ってるやつじゃないの。」

    仮死状態。何故。そんな必要があるのだろう。

    「そうでもしないと生き延びられなかった何かがあったんだろうな。」

    「何かって、」

    なんだよ。

    言いかけた時、俺を見上げてくる小さな小さな瞳と目が合った。

    「この子を、生むためか。」

    「だろうな。」

    授かって、どれくらいこうしているんだろう。生まれたのはいつなのか。この子はひとりで、どうして生きてこれたのだろう。

    スガが子どもとユウを見比べるようにして眺める。

    「そもそも、お前とこの子って全く体格違うだろ。」

    「え?うん、まあ、」

    それは見ての通りだ。俺はシャチの中でも特にデカい。ユウはイルカのなかでも小さいほうの人魚だ。交尾なんて俺が体の大きさを合わせることでやっと出来たことだ。通常の大きさのままでは成り立たない。

    「あ、そういうことか。」

    この生まれた子は、生まれてすぐの大きさだ。生まれたばかりの子なんだ。ユウは、命をかけて、大きすぎる自分の子どもを生んだんだ。馬鹿みたいにでかい俺の種をずっとずっとあたためて、長い長い時間をかけて、ここまで育てていたんだ。きっとどこにも行かず、ここで、ひっそりとその時を待っていたのか。

    あんなに賑やかだったあの子が、ただひたすら、時を流していたんだ。

    「今はもう、体が疲れきってるのかもしれないな。」

    でも、死ねなかったんだろ。生んだんだもんな。育てたかったんだろう。だからどうにかして、自分も生きる方法を選んだんだ。

    「そうかあ…、」

    涙が込み上げてくる。
    ものすごく危険なことをだったのに、どこまでも突き進んで得たものが、命と引き換えにした小さくて大きな命だった。これは留まっているんじゃない。

    まだ、突き進んでいる。

    命の果てに、その先に、進もうとしている。

    「かっこいいよ、すげえ、かっこいい。」

    頬を撫でる。相変わらず冷たいままだ。でも、最初に目にした時ほど悲観的ではない。生かさなくてはいけない。

    俺が、このふたりを。

    目を覚ましたときに、また出会うんだ。
    俺たちは。

    「まだ進んでる。まだ、命は泳いでいる。ちゃんと。」

    ふたつの頭をそっと抱き寄せる。

    「迎えに来たよ。遅くなって、本当にごめん。」

    冷たい頬と、あたたかい頬が、どちらも俺に現実を与えてくれる。悔いろという現実と、喜べという現実だ。それらはふたつ揃って、きっと今の俺には成立する。

    「ごめんな。もう、ずっと一緒だ。」

    小さな小さな小さな手が、俺を強く掴んで痛みを与える。





    それから、ダイチとスガにユウを預けて、俺は海に戻ってきた人の子のユウを呼んだ。こっちのユウは応えてくれた。人の子の俺もついてきた。大きさは違えど、やはり同じ顔だった。分かってはいたが、複雑だ。

    「ユウ、」

    小さいな。人の子の俺も、人の子のユウも。

    「アサヒさん、その子…アサヒさんの、子どもっすか、」

    よくよく見たら、俺の子ってだいぶ大きんだな。でも、それだけの命が詰まった体だ。俺の子なんだ。

    「うん。」

    あの子が残した、生きようとしている証拠なんだ。

    分かっている。
    分かっている。
    あれもこれも、分かっている。

    それなのに、どうして涙が出てくるのだろう。

    「……俺だ…、」

    人の子の俺が呟いた。俺はその呟きを、そっくりそのまま返したい。時代も大きさも違えど、同じ顔が三つ揃ってしまったようだ。

    「じゃあ、イルカの俺はーーー」

    今は眠っている。
    そう言えばいいだけなのに、想像通りの動きや声を出す人の子のユウを見てしまうと、後悔の涙が溢れてくる。

    もし、身動きが取れない状態で俺を呼んでいたのなら。
    もし、少しでも寂しくて俺を呼んでいたのなら。
    もし、僅かでも恐怖を抱いてそこに眠っていたのなら。

    俺は何故、もっと早く探しに行かなかったのだろう。

    そしたら今頃は、もっと違う体温で、再会できていたかもしれないのに。

    「とと、」

    「うおお、お父さんて言った!」

    ユウが輝いた目で俺と子どもを見る。早くこんなふうに、自分の子どもを見て喜んで貰いたい。頑張ったんだなって、言ってやりたい。

    ありがとうって、言いたい。

    言わせてくれよ。

    「…ユウは今、ちょっと眠ってて。」

    「、」

    ふたりの顔が、察してくれたものになった。でも大丈夫、生きてるから。

    「でもちゃんと見つけられたんだ。ありがとう。」

    人の子のユウに、探すって言われなかったら、きっとここには来ていない。自分の子どもにも会えなかった。死なせていたかもしれない。

    「またここに、来てくれる?そしたらユウは、起きているかもしれない。」

    「はい!!」

    いいなあ、この返事。あの子からも、こんな声が聞きたい。息を吐いて、少しだけ吸って、言葉を探す。

    「この子を生んだばかりで、疲れてるみたいなんだ。」

    「病気とか、怪我とか、そんなんじゃない…んですか。」

    俺が俺に話しかけてきた。敬語だし。いや、俺も自分に話しかけたら、そうなるだろうな。

    「うん、傷もなくて、すごく綺麗で、ちゃんと呼吸もしてた。」

    これ以上言葉にすると、もう嗚咽が入ってしまいそうだ。俺ってこんなに泣き虫だったかな。大切な子ができるって、こういうことなのかもね。

    「起きるまでここにいるから、また会いに来て欲しいんだ。」

    「もちろんす!!」

    頼もしく胸を叩く、健康的な胸は手を弾くぐらい筋肉が詰まっている。それに比べると、人の子の俺はちょっと柔らかそうだ。

    「それまでちゃんと、俺が守るから、起こしておくから、その時は会って欲しい。」

    人の子の俺が頷いた。髭まで一緒か。生やす部分変えようかな。泣きながら考えることじゃないけれど、少しずつ心が軽くはなってきた気がする。

    会わせる約束をしたから、今度はそのために生きて、この小さい命も守るしかないよな。もうダイチとスガだけが夫婦なんじゃない。俺だって、とっくに夫婦だった。繋がっていた。避けられない嬉しい現実があったじゃないか。もう何度「ワンナイト」されても、今度は俺が離さなければいい。


    「おおい!」

    背後から現れるダイチとスガ。顔を見せた瞬間、人の子の俺が固まった。その反応を見て、人の子のユウが笑っている。ユウがふたりに手を振って挨拶をしていた。互いに同じ顔だと言い合って、やっと人の子の俺が笑うことができたようだった。

    ダイチが言った。

    「あの子は俺達もついているから、大丈夫だ。」

    スガが言った。

    「小せえアサヒもさ、ちゃんと俺たちが見てるから、大丈夫。心配すんなよ!」

    なんて心強いんだろうな。なんだかまた、泣き虫な俺が止まらなくなりそうだ。

    「ダイチさん、スガさん、またバレーボールしましょう!」

    ユウの明るい顔に、ふたりは明るい返事をしてまた海の底にいるユウの元へ潜っていった。

    俺も行かなくては。
    ユウが待っている。あたためてやりたい。今日はもう、まだ名前のないこの小さな子どもと三人でいたい。

    俺は人の子のふたりを見た。

    「ありがとう、ここまでこれたのは、ふたりのおかげだよ。」

    「、」

    明るい暗闇が始まるのかもしれない。いつ起きるのか、果てるのかもわからない。でも、死ねなかったんだろ。だから、生きているんだろう。あとはまた、目を覚まして、生きるしかないだろう。今度は俺が、最後まで添い遂げるから。

    「来年の夏、星が綺麗な夜に、みんなで会いたい。」

    それまでにユウが起きている確証なんてない。けれど、あたたかい海の流れが、命の流れも作ってくれるって、思いたい。

    人の子の俺が言った。

    「俺はこいつを止められない。多分あんたも、止められない。」

    この小さいバネみたいな人の子を見ていると、少しだけわかる気がする。

    「止められないなら、乗るしかない時もある。」

    「、」

    「待ってるだけじゃなくて、たまには、一緒に乗っかって、世界の果てまでいってみるのもいいなって、思ったよ。」

    ユウ、陸に上がりたいだなんて思ってごめん。俺は海の中でいいや。お前がいてくれるなら、それでよかった。本当にごめん。何も分かってやれなくて、ごめんな。

    「とと、かか。」

    母親のところに戻りたいと言っているのだろうな。

    「うん、戻ろうか。」

    俺と同じ顔をした「旭さん」が少しだけ笑った気がした。そしてこう言った。

    「俺は西谷を大事にするって、今でもわからない。でも、西谷が帰ってくる場所にはなれたつもりでいる。」

    ニシノヤとは、人の子のユウのことだろう。

    「だから、今度は素直にそっちの西谷が喜んでくれることを、大事にしたらいいと思う。」

    喜ぶこと。

    じゃあ、それを、探そうか。

    「ありがとう。」

    人の子の俺が、親指を立ててきた。その意味はわからない。けど、多分、好意的なものだとは思う。

    ありがとう、人の子の俺。

    「アサヒさん!また来ます!ふたりで!」

    ありがとう、ニシノヤユウ。

    「とと、かか。」

    息子がまた俺の髭を引っ張って急かす。

    「うん、行こうか。またね。」


    ニシノヤユウは、海の中まで聞こえる声で、呼んでくれていた。手を振ってくれていた。なんて可愛い人の子と出会えたのだろう。あの子が探しにいこうと言ってくれたから、今がある。

    幸せになりなよ、なんて、ニシノヤには必要のない言葉。じゅうぶんに幸せで、今を楽しんでいる。



    ダイチとスガが見守る中で、小さな魚を掴まてやって、小さな小さな両手に持たせて食べさせてやる。
    ごめんな、俺はおっぱい出ないみたいだわ。

    「たかな。」

    「さかな、ね。」

    「たかな。」

    「はは、」

    美味そうに、頭から食べる姿には、ユウの面影があるような気がした。
    この子は大丈夫、ちゃんと育つよ。育てるよ。


    だからさ、

    「ユウ。」

    ねえ、

    「愛してるよ。」

    傍にいるよ。


    もう、ずっと。

    どこかにいくなら、俺も行く。
    三人で、どこへでも行こう。

    だから今は、ゆっくりおやすみ。





    今日も、ひと粒、ふた粒と泡を作って水面に向かって零していく。

    生きている。

    大丈夫、生きている。














    終わり
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    小栗ビュン

    DONE東西真ん中バースデー!!
    大人時代からさらに十年後の東峰旭とモブ女子の会話。
    十年後のバースデー「東峰さん、お疲れ様でした。」

    春の新作の発表を無事に終えることができて、そのお披露目ショウが終わった会場でただ立ち尽くしていた時だった。後輩の女子社員から労いの言葉を貰い、ふと我にかえる。

    「ありがとう、細かいところも手伝ってもらえて、本当に助かった。」

    いつの間にか後輩が出来て、追い抜かれたりする焦りも感じて、あっという間の十年間だった。ヘーゼルナッツのような色の柔らかい髪が、微笑んだ際に揺れた。

    「お疲れ様でした、先輩。」

    「ありがとう。」

    それからちらほらと後輩がやってくる。片付けを手伝ってくれる事務所の後輩達を見ていると、つい最近まで一緒にコートの中にいたあいつらを思い出す。あの時から、倍の年齢を生きている。三十代はあっという間だなんて言うけれど、全くその通りだった。俺は最初に入ったデザイン事務所に籍を置きながら、フリーの仕事も手がけて生きている。アパレルデザイナーだけあって、皆個性的な服で働いている姿を見ると、あの二色で統一されたユニフォームを着た排球男児が恋しくなるのは何故だろう。大きな仕事を終えた日に限って、何故懐かしむ感情が強くなるのだろう。
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     サンティアゴに着いてすぐ予約していたホテルにチェックインし、スーパーで買い漁った食事を小さなテーブルに広げたささやかな晩ご飯。互いのビールの瓶をぶつけて笑いながら乾杯を唱えた直後の西谷の言葉に俺は戸惑った。
    「なんの話?」
    「せっかくの旅行なんだし。旅先でいい出会いがあったら俺のことは気にせず楽しんでくださいねって言ったんです。……でも連絡はくださいよ。何かあったら困るから」
     だから何の話だよ、と再度口にしかけて思い出す。
     レジで西谷が会計を済ませるのを待っていた時、溌剌とした女性二人に声を掛けられた。世界ツアーに繰り出してから日本語と英語以外の言語で話しかけられるのにもだいぶ慣れたとはいえ、何を言っているのかまではさすがにまだわからない。笑顔でやんわり首を振れば彼女たちは笑って手を振りながら去っていったけど、今思うとあれは何らかのお誘いだったのだろう。何の用だったんだろう、と去っていく二人を見送る俺のところに会計を終えて駆け寄ってきた西谷には、彼女たちの意図がわかっていたのかも知れない。
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