二月二十日卒業まであと少し。
先日の雪は、自由登校の期間には引越しの準備を手間を取らされた。専門学校へ入学して、一人暮らしをする準備をしている。
この期間、誰とも会わなかったわけでもなくて、勿論西谷とは会っていたし、大地やスガ、清水とも会ったりした。体育館に覗きにも行ったし、引退してからもジャージを少しだけ着た。こうして自分が移り変わっていく日々に、雪の日は思い返させるのだった。
これでいいのだろうか。
本当はもっと、西谷と過ごす時間があるべきなのでは無いか。
更に考えは進んでいく。
東京へ発った後、西谷は高校生活をスポーツで過ごし、そして可愛い彼女を見つけたりして、俺との日々は次第に薄くなっていくのでは無いかと思えて来るのだった。しんしんと積もる雪は、そんな考えの静かな蓄積に思えたものだった。
西谷には、東京へ行くということ、専門学校へ行くということに、背中を押してもらった。きっとそれは、なんとなく始まった高校生の俺達の終わりを告げたものなのではないか、なんて考えに至るあたり、ネガティブにも程がある。
それでも、怖いんだ。
西谷は、卒業という節目を大いに前向きな機会として捉え、俺を送り出してくれてしまうのではないか。
卒業という、極自然な別れを、前向きに俺に与えてくるのではないか。
そう思ってしまう自分がいる。
いやだ。
終わりたくない。
遠距離恋愛でもいいから、俺は西谷に恋人のままでいて欲しい。好きという気持ちを、持っていて欲しい。そうじゃないと、俺が与えてやれるものは、もう何も無くなる。
誰かに必要とされなくなることが、とても怖い。
西谷の世界から、俺が切り離されるのがとても怖い。
少し許せない。
純新無垢な気持ちは本物だったと思ってる。その気持ちを、体が離れてしまっても、持っていて欲しいと思ってしまうよ。
大喧嘩して、和解をして、また慕ってもらえるんだって思えた日。
許された日。
初めて受け入れられた日。
高校生活の半分以上を、西谷夕という存在で埋めてきた自分は誇らしい。
だから、西谷の明るい気持ちでサヨナラを告げてくるのではないか。
新しい学校で、きっと恋人や友人の話を誰かとするようになる。その時に、俺は新しい世界でなら、自分の恋人が西谷で、年下の子で、同じ部活の後輩で、とても潔くカッコイイ最高の彼氏なのだと伝えたい。
だからその時まで、俺を離さないで欲しいんだ。
ひとりで知らない街に住む時に、遠く離れた場所に、自分と同じ気持ちでいてくれる存在が必要なんだよ。
頼っているから。
まだもう少し頼られたいから。
恋愛って、いいものなんだなって、この三年間で学んだから。
それらを爽やかに終わりにさせられるのが、怖いんだ。
「西谷、」
電話、しちゃうよね。
「旭さんっ、どうしたんすか!」
ああ、心の積雪が 、溶けていくよ。
「あのさ、新しく借りたアパートにはさ、」
「はい、」
「最初に西谷に遊びに来て欲しいな。」
繋ぎ止めるのも、少し怖い。
断られた時、きっと泣きそうになるから。
「それまで、誰も呼ばないから。」
「別に大丈夫っすよ、」
「いいの?」
そこは素直に頷いて欲しかったなあ。
「どうせ俺と一緒に住むことになったら、誰も呼べなくなるでしょ。」
「、」
あれ。
おかしいな。
西谷のビジョンは、何年後まであるのだろう。
「女の子はダメっす。勃起しない男だけならオッケーす。」
まあ、俺相手に勃起する男はほぼいないから、これは勝ったな。
しかし、これではまるで西谷は、俺のことが好きみたいではないか。
好きでいてくれているのか。
その先も。
その予定でいてくれているのか。
西谷が上京することが出来るようになるまでも。
屋根から雪が落ちていく音がした。
溶けていく。
雪も、臆病な心も、疑いの心でさえも。
俺はダメなほうの人間でも、西谷はイカシているほうの人間だから、大丈夫。
大丈夫。
そう思えた瞬間。
死ぬまで、初恋の人と添い遂げることができたらどうしよう。
そんなことを考えた。
いずれやって来る未来に向かって、思ってみた。
愛した人は、ひとりだけだったら、どうしよう。
自分の執念とたったひとりへの欲深さに、少しだけ怖くなりましたとさ。
おしまい。