【番外編】君と簾と扇風機【学パロ】 思い出話をしよう。そんな降谷零の言葉を受け、風見裕也は目をぱちくりとさせた。もし空気に音が付くならば、ぽかーんという音が彼らの居る室内へと響いただろう。
そんな雰囲気を作り出している二人は今、風見が所持するセーフハウスの一室へと身を寄せている。何故二人が揃って部屋にいるかといえば、受け持っていた事件の報告書などの処理が一段落し、久々に取ることのできた休暇を共に過ごすためだ。
風見と降谷は同じ高等学校の出身であり、浅からぬ仲ではあったものの、風見が降谷との関係を絶ったことから数年の空白期間があった。二人が再会、また恋人と呼べる関係になるまでに小さいものではあるが、幾つかの波乱を乗り越えている。
こういった経緯から、決して多くない休日を二人は共に過ごすことにしているのだ。
「思い出ですか」
一度関係を絶っていた時期があることから、降谷と風見が共有する思い出は決して多くない。
一体全体、降谷がどのような内容の話を望んでいるのか分からず、卓袱台の横に置いた座布団の上へ座り込んでいた風見は、恐る恐るベッドに腰掛ける降谷へ疑問を投げかけた。
「ああ。いくら断絶期間があったとしても、同じ学校に居たんだ。何か僕に対する思い出とか、一つくらいはあったんじゃないか?」
問いかけのようでいて、その実「あるよな?」という確信を持った質問に、風見は降谷へ気付かれぬよう細い溜め息をついた。
「そう言うからには降谷さんにもあるんですね、そういった思い出が」
「当然だろう。僕にとって君はどうしたって目につく存在だからな」
だって、そうだろう? そう瞳で問い詰めてくる降谷へ早々に白旗を振った風見は、立ち上がると降谷の横へ人一人分の間を空けて座った。その距離をもどかしく思ったのか、降谷はすぐさまその間を詰める。
そして、そのまま風見の顔をじっと見つめてくる降谷に、過去を思い返しながら風見は口を開いた。
「そうですね……あの夏から先のことと言うのであれば、私は秋口に行われていた体育祭の記憶が鮮明に残っています」
風見と降谷が通っていた高等学校では、片手で数えられる程度の練習をこなした後、秋の始めには体育祭が行われていた。受験を控えた最高学年の生徒にも、必ず一つは競技に参加することが義務付けられている。風見は三年生に割り当てられた種目がプリントされた紙を見た。
黒板にはすでに数名の名前が書き込まれており、他の生徒もだんだんと希望種目が決まってきたのか、黒板の前へと歩みでている。
特にやりたい種目の無かった風見は、だいたいが固まるまでじっと席について待っていた。徒競走や玉入れが人気な中、障害物競走への書き込みが比較的少ないのを見て、風見はそこへと名前を記入する。
種目決めのこの時間は、これさえ終われば自習をして良いことになっていたため、風見は己の名前が確定の赤丸で囲まれるのを見届けると、周りへの興味を無くし、センター試験の過去問集を開いた。
*
体育祭当日、風見は早々に出番を終え、応援席でぼんやりとグラウンドの中心を眺めていた。この非日常が終わってしまえば、また受験勉強漬けになる。
若干憂鬱な気分になっていると、わっと周囲が騒がしくなった。何事かと思い、意識をはっきりさせて皆の声援の先を見ると、二年生による騎馬戦が行われていた。
混沌とした戦場の中を一騎の騎馬が颯爽と駆け抜けている。太陽に照らされ、何時もより白っぽく見える金髪をたなびかせた馬上の騎手は、風見が恋い慕っている人であった。
手にはいくつかの赤い鉢巻きが握られており、一目で彼が主力の騎馬であることが分かる。
「降谷さん……」
沢山の騎馬が居るにも関わらず、風見の目は降谷を追いかける。試合が終了し、仲間とハイタッチする姿のなんと眩しいことか。
声をかけることができない風見は、出来る限りその姿を目に焼き付けようと、応援席からずっと見つめていた。
――などという話を降谷へできるはずもなく、風見はふるふると首を横に振り、直す必要の無い眼鏡の位置を整える。
「やっぱりやめましょうよ。それよりもこれからの話がしたいです。せっかく電話で呼び出されない限りは邪魔の入らない部屋に居ることですし」
「えー、先輩絶対今すごくいいこと隠したでしょう」
聞きたいなぁとこんな時ばかり後輩の顔をして拗ねてみせる降谷に、風見は良い子だからと唇を寄せた。
「いつか、もっと貴方といるのが当たり前になったときに話します」