【降風】今日のおやつは餡麺麭で 少なくない警察官が足繁く通う喫茶店「ポアロ」で働く安室透は、常連の一人から差し入れられた袋を前に腕組みをしていた。カウンターに置かれたその茶色い紙袋の中身は、最近巷で話題になっている人気店のパンだ。
特に注目を集めているのがあんパンで、朝一番に店へ行かなければその姿を拝むことすら難しいと噂になっている。そんな入手困難なパンが今、袋に包まれた状態ではあるが、安室の前へ鎮座していた。
「食べないの?」
じっと紙袋に包まれたままのそれを熱く見つめる彼を不審に思ったのか、喫茶の上に住む眼鏡の少年――江戸川コナンはオレンジジュースを飲むのを止めて口を開いた。流石に無いとは思いつつも、このあんパンに何か重要な物が隠されているのかもしれないと、コナンも安室に倣い紙袋を見る。
しかし、いくら見ても紙袋が変化する様子はなく、ただ良い香りが漂ってくるばかりだ。食欲をそそるそれに、コナンの口内にはじゅわりと唾液が溢れ、自然と喉がゴクリと鳴る。
その音を安室が聞き逃す筈も無く、視線を紙袋からコナンの喉元へと動かした。
「コナン君、あんパンは好きかい?」
ぽつんと呟くように発せられた言葉に、コナンは疑問を覚えつつも素直に頷いてみせる。
「うん。好きだよ」
「そうか……それならこれをあげよう」
今の今まで穴が開くほど睨み付けていたそれをさっとコナンへ差し出し、安室は口元へ笑みを浮かべた。紙袋もしくはあんパンに何かあるものだとばかり思っていたコナンは、何の未練もなさそうな安室を不思議に思いつつ手を伸ばす。
「ここのパン、美味しいって話題なのに、本当に貰っていいの?」
「ああ。それは差し入れの余りだから」
何がいいのかは全く分からないものの、どうやらこの袋は本当に安室の興味の対象から外れてしまったらしい。そう推測したコナンは、お礼を言うとほんのりと温かさの残るあんパンの袋を受け取った。
「それに、あんパンのせいだとばかり思っていたものが、違っていたらしいと分かったからいいんだ」
「ええ? クリームパンをあんパンだと勘違いしてたとか?」
「うーん、流石にそれはないなぁ」
要領を得ない話し方にコナンは「だよなぁ」と小さく不満を漏らした。
しかし、安室も話すつもりがないのか、笑顔のまま空になったコップへジュースを注ぎ足す。これ以上詳しく聞いてくれるなということらしいと、コナンは紙袋からごまで飾り付けられているあんパンを取り出した。
半分に割ると、ふんわりと餡子の香りが広がる。
「いただきます」
何かを誤魔化している安室を問い詰めたい気持ちを抑え、コナンはどこか優しい味のするあんパンへと齧り付いた。