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    okusen15

    まほ晶が好き

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    okusen15

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    晶ちゃんwebオンリー 前日譚 ツイッターに掲載したものを加筆修正してのせてます。読まなくても大丈夫です。

    バレンタイン騒動 一週間後に来たる二月十四日。聖バレンタインデー。当日前からこれでもかと主張される甘い愛の象徴に浮足立つ空気が漂う。それは、とある一等地に建てられた高層ビルの証券会社でも例外ではなく。フィガロさんの部下である俺は女性陣から、さりげなくフィガロさんの好みを探ってくるよう厳命された。どうして。

    「お疲れ様です……。失礼します」
    「ん、お疲れ」

     精神的な疲労と資料を携えて、扉を叩いて入室すると、パソコンから目を離さないままの上司に迎えられる。熱心な様子に好奇心が芽を出す。どんなに難しい案件だろうが、いつも余裕綽々に構えてスマートに解決するフィガロさんが、あんな風にしているなんて、よほどのものに違いない。

    「お忙しいところ失礼します。こちら資料になります」
    「ありがとう」

     資料を渡す拍子に、少しだけ首をのばすと、パソコンからブランドの名前が付いている水色が見えた。百貨店で見かけたことのある某高級ジュエリー店の名前が頭をよぎる。へぇええ。驚きと恐怖をミックスしたみたいな声が漏れそうになって、慌てて唇を噛む。芸能人のスキャンダルを写真に収めたライターになった気分だった。

    「ねぇ」
    「は、はいっ!」

     思わず姿勢を正すと、フィガロさんは頬杖をついて笑った。

    「そんなに怯えなくてもいいのに。ちょっと聞きたいことがあっただけだよ」
    「あ……、いや、そんなこと……。はは……」

     俺は情けない笑みを浮かべた。気分は、今にも捕食せんとする肉食獣を前にした小動物だ。フィガロさんは悠然と口を開いた。

    「君って恋人いる?」
    「……えっ?い、いますけど……」

     突然の問いに戸惑いながらも頷くと彼は俄然、興味ありげに俺をみつめた(俺をというより、俺の答えをという方が正確かもしれない)。

    「参考までに教えてほしいんだけど、ホワイトデーのお返しって何か考えてる?」
    「お、お返しですか?まだ一ヶ月以上ありますけど……」
    「早いに越したことないでしょう。人気のものだったら予約しないといけないし」
    「まぁ、確かに……。えぇっと、今年はまだ何も考えてないですけど、去年はディナーをご馳走してアクセサリーをプレゼントしました。ブレスレットです」

     さすがに、某有名店というわけにはいかなかったけど。思わず苦笑いした俺にフィガロさんは顎に手をやった。

    「ブレスレットか……。ちなみに付き合って何年くらい?」
    「今年で二年目です」
    「二年か……」

     フィガロさんは呟いて、思慮深げに目を細めた。視線を壁側に向けるフィガロさん。少し間があくと、一体この人となんの会話をしているんだという今更の感情に襲われた。というか。

    「フィガロさん、恋人いたんですね……」

     無意識だった。聞きつけた彼の視線の先は変わらないまま、瞳だけがきろりと動いて俺を捉える。冷や汗が湧いた。

    「いるよ?」

     と、彼がにっこりと笑った。今すぐ逃げたい。

    「いや!いなさそうだと思っていたわけではなくて、初めて聞いたので驚いて……!」
    「あはは、分かってるよ。最近付き合い始めたんだ。初めてのホワイトデーだから、瑕疵のないものにしたくて色々考えてるんだけど、中々決まらなくて」

     彼が背もたれに背を預ける。小さなため息には、少なくない疲労が込められていて、初めて彼を人間みたいだなと思った。フィガロ・ガルシア。若くして数々の輝かしい業績を残し、超一流会社の取締役に上り詰めた怪物。それが長らくの間、俺の中で彼に貼られたラベルだったから。

    「……俺は贈り物をする時、独りよがりなものは選ばないように気をつけてます。俺が贈って満足するものより、彼女が喜んでくれるものをって……。いや、すいません。やっぱり忘れてください。なんか俺、すごく説教?くさいこと言っちゃって……」
    「そんなことないよ。ありがとう、すごく参考になったよ」

     偉そうなことを、と慌てて謝ったが、予想に反して機嫌を損ねたりはしていなかった。むしろ、俺の見間違いでなければ、なるほど確かに、といった様子で再び考え込んでいっている。
     フィガロさんの恋人に、今のフィガロさんの姿をみせれば、それがホワイトデーのお返しの一つになるんじゃないだろうか、なんて甘ったるいことを思う。

    (バレンタイン、素敵な日になるといいなぁ)
     
     俺も、フィガロさんも。今年はどんなチョコレートがもらえるのだろうと彼女に思いを馳せる。去年を思い出して口角をあげていると、ピロンと軽快な通知音がする。もしかして彼女からかなとわくわくしながら携帯を見た俺は、血の気が引いた。

    『フィガロさんの好み、きいてくれた?』

     忘れてた。これ、どうしよう。



    「いや、重いか……」

     “それ”は、私とフィガロの関係を考えれば当然のことだった。甘ったるい香りを撒き散らすチョコレートと小麦粉の複合体を目の前にするのは、もう何度目だろう。我に返った私の呟きは、テレビから聞こえる笑い声にかき消された。“重い”はガトーショコラの失敗を意味する言葉ではなかった。この手作りの品は、フィガロへの贈り物に相応しくないという意味での失敗だった。
     私はたくさんの恋人のうちの一人だったから。そんな相手からバレンタインに、手作りのチョコを贈られたら、フィガロはどう思うだろう?頭の中で「ごめんね」とやんわりと、しかしはっきりと断られる様が浮かんで、心臓が凍りつくような感じがした。次いで、あの冷たさと暖かさが共存している不思議な瞳の、針のような鋭さに刺される前に、正気に戻れてよかったと安堵する。

    「手作りとか、嫌いそうだしな……」

     ははは……とまたテレビが笑う。疲労がどっと押し寄せてきて、ガトーショコラの乗るトレーを持ち上げる動きでさえ億劫だった。今までの労力や、少ないながらもかけた金銭を思うとトレーを持つ手が惑うけど、かといって自分で食べる気力もなかった。ますます自分が惨めになるだけだ。生ゴミの上に燦然と輝くガトーショコラが哀れだった。



     バレンタイン当日は休日なのもあって、人で溢れかえっていた。昨日はあまり眠れなかったせいで、寝不足気味だ。目をこすりながら人の間を縫うように歩く。時間を確認して、待ち合わせまで大分余裕があるのを確認して、ようやくスピードを緩めた。
     周りを見る余裕が少し湧くと、途端に自分の格好が気になり出した。髪が崩れていないだろうか、変なコーディネートになっていないだろうか。家を出る前に何度も確認して、そのたびに大丈夫と太鼓判を押したのに、いざ見せたい相手に会うとなると、自分の判断を信用できなくなるのはどうしてなのだろう。
     ショーウィンドウに映る自分の粗探しをしていると、百貨店のチョコレートの催事を知らせるディスプレイにぶち当たった。ただよう煙のように迷いが生まれる。やっぱりそれは、贈り物のことだった。
     私は贈り物を何も用意してなかった。ガトーショコラを捨てた後、よくよく考えた結果、そうなった。既製品なら大丈夫だろうかとか、そもそも、フィガロは甘いものが好きなのだろうかとか、チョコであろうとなんであろうと、バレンタインに何かを贈ること自体が、私の立場では重いのではとか。
     思考が一歩進んで3歩戻るのを繰り返して、茹るほど考えて。そうして、フィガロにバレンタインにチョコが欲しいなんて素振りを、全くされなかったことを思い出し、何も贈らないほうがいいという結論に達し、そうなった。
     だけど、その方が良いに決まっているのに、私は自己満足にも何かを贈りたいと思ってしまっている。私は足を止めて、ディスプレイのヴィーナスを見上げた。
     待ち合わせの時間まであと三十分。意を決した私は、背中を押されるように百貨店へ向かい出した。贈るかどうかはフィガロの反応に任せよう。贈れなくても買って、自己満足を満たすくらいなら、誰にも咎められないだろう。
     うんと美味しそうなやつ、まだあるかな。



    あれー……、俺、何かしたっけ?フィガロは隣を歩く晶の話に愛想良く相槌を打ちながらも、静かな嵐の中心にいた。
     まず、今日のデートは「遅れてごめんなさい!」と駆け寄ってくる晶の謝罪から始まった。実際には待ち合わせの時間ちょうどの到着だったので、フィガロは「大丈夫、今来たところだよ」と柔和に微笑んだ。
     いつも十分前には待ち合わせ場所に来ている晶なので、どうしたのだろうという少しの違和感はあったが、身支度に時間がかかったのかもしれないとフィガロは無視することにした。晶の呼吸が落ち着くのを待って、前々から行きたかったらしい猫カフェへの道を行く。
     ショートブーツのおかげで背が伸びた晶の声が、いつもよりよく聞こえた。嬉しいけど、足が痛くなりそうで、そうなったら、どこかで休憩を挟もうかとフィガロは頭の中でめぼしい場所をピックアップした。

     猫カフェでは正直、フィガロの機嫌は芳しくなかった。道中、わずかな緊張で、どことなく固い雰囲気だった晶は、擦り寄ってくる猫に眉を垂れ下がらせていた。ここが天国、と言わんばかりの表情。
     さっき俺と歩いている時はそんな顔しなかったのに。
     フィガロはその言葉が口から出そうになるのを堪えながら、膝をついた晶の太ももに顔を擦り付けている猫を、さりげなく持ち上げた。お前が猫じゃなかったら、こんなものですませてない。
     言葉にせずとも不穏な気配を感じ取ったのか、猫は身体をひねらせるとあっさり逃げ出した。何を勘違いしたのか、晶は体の向きを変えて「この猫ちゃんは大人しいですよ」と膝の上で丸まった黒猫を差し出してくる。
     「……ありがとう」フィガロはお礼を捻り出すと、仕方なく猫の頭を二回ほど指先で撫でた。猫はフィガロの方に見向きもしない。気まずい雰囲気が漂って、晶が「猫ちゃ〜ん……?」とご機嫌伺いをたて、フィガロの方をどうにか向いてくれないかと画策するのが、可愛かった。フィガロは、晶がフィガロの為に何かしてくれようとするのが好きだった。仲良くなんか、できるわけないよ。猫も俺も、君だけが好きなんだから。そう言おうとして、やめた。
     猫カフェを出た後は、少し歩いて、色々な話をした。会社でのこと、最近あったいいこと、逆にちょっとした不運な出来事。時には脱線して、あれ、何の話をしていたんだっけ?と二人で首を傾げるのも楽しかった。
     フィガロは晶が自分の質問に、淀みなく答えてくれるのが嬉しかった。「最近買ったばかりのマグカップを割ってしまったんです」とちょっとした不運な出来事を話してくれると、ますます嬉しくなった。私生活や、少し深入りした話をしてもいい相手だと認識されているのを実感できたから。
     「それは残念だったね」と晶を慰めながら、マグカップをホワイトデーのお返しの候補の一つにいれた。それだけじゃ足りないから、何か別のものとセットで渡すのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、チョコへの期待を少しずつ高めていた。
     日が暮れる頃には、予約したレストランに。サンルームでの食事が売りのレストランは夜になると、キャンドルや、束ねられた紫のカーテンの重厚さがロマンチックな雰囲気を醸し出していて、一日の終わりに相応しかった。ゆったりとした音楽の流れるレストランでは、自然と声が小さくなる為、相手に集中せざるを得ない。
     本当は、個室のレストランが良かったけど、控えめな恋人は多分恐縮してしまうだろうから、こっちにして正解だった。フィガロはリゾットを美味しそうに食べる晶を見つめながらそう思った。
     フィガロが何かおかしいぞ、と嫌な予感を走らせたのは、食後のコーヒーを飲んでいる時だった。フィガロの予定では、今頃晶から手作りのチョコが渡されているはずだった。なのに晶からは全く、その気配がない。繋いできた会話が沈黙に落ち、ついには「じゃあ、そろそろ行きましょうか」なんて晶はコートを手に取って、立ち上がりかけている。
     いやいやいやいや、チョコは?
     「あ、うん」と反射で返事をしながらも、頭は平静を保っていられなかった。思わず携帯で今日の日付を確認してしまう。二月十四日。残酷にも今日はバレンタインデーだ。
     コートを纏った晶を問い詰めたい気分になりながらも、いや、店の中だからこそ渡しにくいのかもしれない、と最悪の予想をとりあえず振り払った。
     外に出ると、フィガロは予想が現実味を帯びていることを、悟らずにはいられなかった。晶は明らかに駅の方に向かって歩き出しながら、呑気に明日の天気の話している。「明日は寒いんですかねぇ」今はどうでもいいよ、そんなこと。それより、君は俺に渡すべきものがあるんじゃない。
     苛立ちさえ感じたが、フィガロは朝ちらっと見ただけの天気情報を口にした。とにかく今は、会話を途切らせるわけにはいかない。“もうこれでお別れです”という雰囲気を、間に挟ませてはならない。フィガロは、今日行った猫カフェはどうだったとか、またあのレストランにいこうとか、今日の締めくくりになるような話題は、極力避けつつ、何かやったかと一日を振り返ったが、特に思い当たらなかった。同時に、二人は駅へと着いてしまった。

    「フィガロ、送ってくれてありがとうございました」
    「それくらい別にいいよ。俺はきみの恋人なんだから、これくらい当たり前だよ」
     
     だからきみは、俺に渡すものがあるんじゃない?そう言いたくてたまらなかった。
     見返りが欲しいわけじゃない。ただ、晶から愛されているという証を手にしたかった。確信して、期待して、待っていたのに。それなのに、晶は今日がバレンタインデーだったとは知らなかったかのように振る舞い、あげく、背を向けて改札口の方に向かい始めている。

    「晶、」

     フィガロは咄嗟に晶を引き留めた。裏切られたような気持ちでいっぱいだったが、それ以上に、この現実を許容したくなかった。驚いて見開かれた晶の瞳に、喉がからからに乾いているのに気づかされる。フィガロは必死に文字を組み立てた。

    「今日、バレンタイン、なんだけど……」

     大事な時なのに、どうして、でてくるのがこんな、子供のつくった積み木の城みたいな言葉なんだ?フィガロはもう後悔し始めていた。あのまま黙って、晶の後ろ姿を見送っていればよかった。

    「……あの、実は、用意してあるんです」

     フィガロは、引き留めた手を離そうとしたのを止めた。晶は一歩、フィガロに近づいて緊張の面持ちでフィガロを見上げた。昼間、猫カフェに向かう道中の雰囲気と重なって、フィガロの心の中で何かが納得した音を立てた。

    「でも、あの、フィガロが甘いものを好きかどうか、分からなくて……」
    「好きだよ。すごく好き」

     フィガロは意識して、ゆっくりと話した。勢いあまって少し食い気味な反応になってしまったが、晶は気にする様子がない。ほっと表情を綻ばせて、頬をピンクに染めた。

    「じゃあ、これ……。遅くなってごめんなさい」
    「いや、俺の方こそ……。なんかごめんね。ねだったみたいになっちゃったね」
    「いいえ、渡せて良かったです」

     晶からのチョコは、紙袋に某有名店のロゴが入った既製品だった。手作りではないことにフィガロは少し傷ついたが、もらえないより全然いい。仕事が忙しくて、作る時間がなかっただけかもしれないしと持ち直した。

    「大切に食べるよ」

     フィガロが大事そうに紙袋を見つめる。晶は、心の重しがとれたような気持ちになりながら、そんなに甘いものが好きなんだと斜め上の方向に勘違いを重ねていたーー。
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