岩の上にも 決して慣れることはないだろうと思っていた。意識せずとも聞こえてきた日常の音や匂いは、私の中に棲みつき、決して消えることはないだろうと。けれど、その期待は鮮やかに裏切られつつあることを、時間が証明しようとしている。
彼に名前を呼ばれて、鍋をかき混ぜるのを止めて、ふと顔をあげた。少し視線をずらせば、思ったよりも近くに彼がいたので、肩がぴくりと震えた。
「すまない」
と彼は謝って、ゆっくり手を伸ばしてくる。ひんやりとした黒い手は目元を擦り、額へと滑る。黙ってされるがままになっていると、彼はいつもフードの奥に隠されている瞳を細めて、「熱はなさそうだな……」と呟いた。
「あの……」
手がずっと触れたままなのが気になって声をかけると、彼はもう一度謝って手を離した。
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