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    okusen15

    まほ晶が好き

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    okusen15

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    東 ネロの店の常連客の話
    ※ネロ晶♀が結婚してます

    灰とジギタリス 灰色の雲から堪えきれなくなったように、しとしとと雨が降り始めた。大通りを歩いていたまばらな人々は、駆け足気味に石畳を走っていく。大通りから脇道に逸れたところにある小さな店が、ランプをつけた。通りに面した大きな窓からオレンジの光が差して、そこだけが柔らかく色づく。
    「やっぱりネロさんの料理が一番美味しいなあ」
    「はは……、そんなこと言われても何もまけねえよ」
    「いやいや、お世辞抜きにだよ。この魚のスープなんて絶品!」
     ランチタイムを外した店内は客が一人。カウンターに座ってパンをスープに浸しながら絶賛してくる客に、ネロは少し笑って鍋の中身をゆっくりと混ぜた。
    「今度は何作ってるんだい?」
    「コンソメスープだな。肉と野菜を煮込みまくってる途中だ」
    「ほー、そりゃあ美味しそうだね。今度メニューにのっけるのかい」
    「いやあ……、どうかな」
     歯切れの悪い返答の理由を客は追及しなかった。代わりに黙ってスープを飲んだ。
     人が皆、自分の周りに円を描いているとしたら、この街の住人は、その円に触れないように生きている。ここは誰かが傷つく可能性を、限界まで排除して作り上げられた街。不自然を規則で可能にした街は、衝突もなければ和解もない。決して重ならない雨の波紋のような街だ。
    「……雨が止まないね」
    「あぁ。けど、まあ、すぐに止むんじゃねえかな。そんな感じの曇り空だ」
    「なら良かった。傘を持ってきてないから助かるよ」
     鍋から離れて、キッチン側の小窓のカーテンをめくって、空模様を見ていたネロは戻って、鍋の火を弱めた。あっちは大丈夫そうだな、と判断した。
     客の皿に残ったスープは半分ほど。パンはもう残っていない。雨足を聞く限り、客が食べ終える頃に雨が止んでいるかどうか、微妙なところだった。ネロは少しだけ迷ってから、やかんを取り出した。棚から茶葉の入った缶を取って、音を立てないように台に置いた。
    「ーーふぅ、美味しかった。お腹いっぱいだよ。これ、代金ね。ぴったりあると思うけど、確認しとくれ」
    「どうも。料理人冥利につきるよ。ありがとさん」
    「やれやれ、まだ雨が振ってるねえ。いやだいやだ……」
     客が憂鬱そうに独り言を呟いて、ため息をつく。ぴったりの代金を受け取って、食べ終えた皿を回収していたネロが「あー……」と、はっきりしない声を出した。
    「茶でも飲んでいくか?雨が止むまで……」
    「……いいのかい?」
    「ああ。あんた、美味そうにメシ食ってくれたからさ」
     客が浮かせていた腰を落ち着けた。出来れば手をつけたくないと思っていた問題が、やってみればあっさり終わった。ネロはそんな拍子抜けしたような安心したような気持ちになった。
     やかんに水を入れ火にかける。少量の水は魔法を使わずともすぐに沸く。ティーポットに茶葉を入れて、湯を注いで数分蒸らす。
    「ん、出来た」
    「ありがとう」
     マグカップを両手で受け取った客は、ふうふうと息を茶に吹きかけた。雨に濡れて帰らなければいけないと、内心項垂れていた気持ちが少し前を向く。客がしみじみと茶を味わっているのを横目に見ながら、ネロは手を動かした。皿を洗う水の音と、雨の音が心地いい。皿を綺麗に拭き終えたタイミングで、客がふと口を開いた。
    「そういえば、今日は晶ちゃんはいないのかい?」
    「おつかい頼んでんだ。もう少ししたら帰ってくんじゃねえかな」
    「迎えにいかなくていいのかい?」
    「大丈夫さ。一人で行かせてるわけじゃねえから」
    「ふぅん」
     晶は今日、ファウストが採れすぎた果実をお裾分けしてくれるというので、それを受け取りにいっていた。ちょうど街に用事があって立ち寄るそうなので、そのついでに。今頃、どこかでファウストと雨宿りでもしてるだろう。ネロはあいにく、店番があるので同行出来なかったのだが。
    「来週は二年に一度のお祭りだね。ネロさんは出店でもやんのかい」
    「やらねえよ。そもそも祭りの日は休店の予定だしな」
    「へえ、なんでまた。稼ぎ時だろう?」
    「……その日は嫁の誕生日だからな」
     客に背を向けたネロが、皿を元の場所に戻している。客はネロの声が柔らかくなったのを聞き逃さなかった。じっくりと慎重に煮込んでいるコンソメスープが誰のためのものなのか、うっすらと勘づいて口元を隠すように茶を飲んだ。
    「ーーそりゃいい。きっと喜ぶよ」
    「いや、まあ、うん……。ありがとさん」
     気まずそうな雰囲気が、シャツ越しの背中から漂う。皿を下の位置に戻すだけのことに、時間がかかりすぎているのに、客は若いなあと心の中で呟いた。今になって、じわじわと恥ずかしさが追い上げてきているらしい。若い頃の自分を見出して眩しいくらいだと目を細めて、思い込みではないと気づく。
    「雨、止んだみてえだな」
    「本当だ。ネロさんの言った通りだな」
     どうやら通り雨だったらしい。二人が目を向けた通りに面する窓からは、日光が気持ちいいくらいに飛び込んできていた。不要になったランプの灯りをネロが落とす。窓のふちの鉢植えの植物の葉が、生き生きとした緑色をしていた。
    「じゃあ俺はここらでお暇するよ。助かったよ、ネロさん」
    「ああ、じゃあ……。またのご来店、お待ちしてるよ」
     笑って手を振って、客は店を出た。道路を挟んだ斜め向かいの花屋が、店内に引っ込めていた花を外に出している。ジギタリスの花の色が、無愛想な灰色の石畳の通りによく似合っていた。
     通りを歩く人々は片手を少し前に突き出したり、青空を見上げて、雨が止んだかを確認している。みんながみんな、同じ行動をしているものだから、客は少しおかしくなった。
     花でも買って帰ろうか、と靴を鳴らす。店の扉を次に開けるのが、彼の嫁さんでありますようにと、少し願いながら。
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