アルビレオの離別⑥ー1長い長い銀河の旅の果て、楽園要塞戦艦アウェイクニング・ミスは一つの惑星へと降下していく。およそ自然と呼べるものは無く、荒れた岩壁の一部を崩して慣らした土地に灰色の居住区ドームが乱立する無機質な星だ。
コロニー・コズミックプロダクションが拠点とするこの惑星は、かつて人類の生息していた星に近い気候を持つものの、空気が有毒であるため本来動植物が生きられる環境ではない。
それを科学の力で補っているのがあのドーム。化学反応で有毒な空気を浄化し、人工的に作り出した酸素を送り込むことで内側に暮らす人々の命を守っている。緑化運動や景観美化にも力を入れているため、外から見る程には閉鎖感を感じさせない快適な生活が保障されている。
居住に適した星は他にもあるものの、そうまでしてこの星を選んだ理由は地中から検出された豊富なエネルギー資源にある。これによって大規模な居住区の安全確保が実現できていることはもちろん、軍事面でも大いに役立っており、今では宇宙を四分割する勢力の一つにまでのし上がったのだ。
艦の目的地はそんな技術力の象徴、この星で一際大きなメインドーム。多重構造になっているスペースゲートをいくつもくぐり抜け、ようやく発着場へ着艦したアウェイクニング・ミスを、コズプロの所属パイロットや整備士たちが隊列になって出迎えた。
『総員・敬礼!』
隊長格のパイロットの掛け声で、ザッ、と全員が一糸乱れぬ動きで額に手を添えた。スロープを歩いて降りてくるEdenメンバー、特に日和に向けて、その隊長は労いの言葉をかける。
「長期に渡る特殊任務、お疲れ様でした」
「うん、お出迎えご苦労様」
件の事故と先日の遭難についてはトップシークレット、コズプロ内でも限られた人間以外にはそういうことになっている。堂々と彼らに手を振る日和は実に数ヶ月ぶりの帰還だ、久方ぶりに目にするコズプロのトップパイロットの姿に、出迎えの面々が浮き足立っているのが見てとれた。
全員が艦を降りたところで隊長はEden不在の間の状況報告などを行い、最後にジュンに顔を向けると上層部からの伝達事項を口にした。
「到着早々申し訳ないのですが、漣さんは今から大佐の元へ向かってください。今回の任務についての報告をするようにとのお達しです」
「オレ……だけっすか?」
ジュンが単独で上層部に呼び出されるなど初めてのことだ。大佐は数ヶ月前日和の身に起こった事件について知っている数少ない人物。大方、第三者から見た日和の様子や先日の遭難中のことについて当事者から話を聞きたいのだろう。
必要なことだと理解はできるので呼ばれたと言うのなら行くつもりだが、心配なのは日和と離れることだ。戸惑うジュンの代わりに茨が前へでて、代替案を提案する。
「ジュンは殿下とともに休暇申請を出しています。報告なら自分が引き受けましょう。あらかたの情報共有は済んでいますし、聞きたいことには全て答えられるかと」
「それが、必ず当人を呼んでほしいと。なんだか今回の件で漣さんのことを評価しているみたいでしたよ。直に話してみたいと仰っていたので、気に入られたんでしょう」
「はぁ……ここんとこずっとグダグダでしたけどねぇ〜? まぁいいや、そういうことなら仕方ないっすねぇ。オレもこういうお偉いさんへの報告みたいなの、経験しとくべきでしょうし」
大佐の強い要望だというのなら、コズプロのトップユニットとはいえ蹴ることはできない。お上の言うことは絶対なのだ。
「つーわけで行ってきますけど、おひいさんどうします?」
「ぼくも着いていってあげるね! ジュンくん一人じゃ緊張しちゃうだろうからね。部屋には入れなくても、お話が終わるまで待っていてあげる」
「はいはい、どうもありがとうございます」
「相変わらず仲が良いですねぇ」
朗らかに笑う隊長は、特に今の会話に不信感は抱かなかったようだ。あくまでもいつも通り、二人で一人のEveを演じながら廊下の途中で道を別れる。
この報告さえ終えてしまえば休暇に入れる、後のことは茨が請け負ってくれることになっているし、ようやく気を休められるだろう。とはいえ……話す内容は慎重に選択しなければならない。嘘が苦手なジュンにとっては気が重く、準備の時間も無いとなれば尚更だった。
深呼吸を繰り返すジュンに、日和は背をさすりながら耳打ちする。
「いい、ジュンくん。こういう時こそ堂々としていなさい。多少受け答えが矛盾していても、きみはこういう場は慣れていないって向こうだってわかっているはずだね。この数日いろんなことがありすぎてまだ混乱している〜とでもいえば、多少の誤魔化しは効くからね。……茨が先に提出している報告書は頭に入っているよね?」
「はい、とりあえず余計なこと話さないように気ぃつけます。……さぁって、ちゃっちゃと終わらせますよぉ〜。少し一人にしますけど……勝手にふらついたりしないで大人しく待っててください、おひいさん」
「うん、行ってらっしゃいジュンくん」
大佐の執務室への入室は部屋の前の電子端末で管理され、許可された者以外は入れない。日和は扉の横の壁にもたれかかってジュンに手をふった。
ジュンは後ろ髪を引かれながらもモニターに顔をかざす。覚悟を決めて、生体認証で開いた自動扉の中へ足を踏み入れた。
「失礼します……Edenの漣ジュン、入ります」
プシュ、と自動扉が閉まる音を背後に聞きながらジュンは入室の挨拶をする。向こうの壁にある巨大な電子モニターを見ていた大佐が振り返り、影のかかった顔に笑みを浮かべた。
「ご苦労。急に呼び出してしまいすまない。私も中々多忙な身でね……休みたいところだろうが、少しだけ我慢してくれ」
「いえ……」
大佐はジュンより背が高く、前時代には第一線で戦果を上げ続けたパイロットなだけあって良く鍛えられた体付きをしていて巨体という言葉がぴったりな壮年の男性だ。何度か画面越しや壇上で遠目に見たことはあったが、こうして直に対面する日が来ようとは。
迫力に気圧されてついつい視線を彷徨わせる。初めての執務室ということもあり目を引くものも多かった。モニターには出撃中のユニットの状況をはじめ周辺の星の軌道など様々なデータが表示され、壁には銀河系の航路図、それからこの時代には珍しく、時代や所属コロニーを問わず歴代の優秀なパイロットの写真が額縁に入れられてズラリと並べてかけられていた。そこにジュンも良く知るかつてのエースパイロットの顔を見つけて、思わず顔ごとそちらへ向けてしまうと不思議に思ったのか大佐がジュンに声をかけた。
「うん? あぁ、写真が珍しいかね」
「っ、すいません。気が逸れて……」
「構わんよ。きみは現場仕事が多いと聞いている。まだ若いし、こういう部屋で上と二人は緊張するよなぁ」
「……は、はは……」
「これは私の趣味で飾っているんだよ。私が子供の頃にはまだ現像して楽しむ文化が残っていたものだが。きみくらいの年代だともうほとんどホログラムで飾るだろう」
「そう……っすね。けど何枚か写真も持ってます。うちの乱が買ってきた写真機を試したことがあって……」
「そうか。聞いている通り仲がいいな、君たちは」
ジュンの緊張を解きほぐそうとしてか大佐は軽い雑談を振ってくれるが、ジュンの激しい心音はおさまる気配が無い。それよりもジュンとしては早くここへ呼びつけた理由を話してもらいたいところだ。
そんな内心を察したのか、仕事の話に戻ろうか、と大佐はジュンを手招きする。ジュンは落ち着かない気分のまま部屋を真っ直ぐ進み、執務机を挟んで大佐と向かい合うと姿勢を正した。
「さて……偵察任務のはずが大変だったそうじゃないか。七種からの報告書には目を通したが……スタプロ機と交戦になって墜落したって? 災難だったな」
「……情けない姿をお見せして、」
「いやいや。そんな状況から良く帰ってきたと言っているんだよ。君も、相方の巴もね」
きたか、とついに出てきたその名前にジュンは身構える。回答を間違えてはいけない。日和の秘密を、弱みを握られるわけにはいかない。心音が余計に早まる心地がした。
「正直なところ、私は諦めてしまっていたさ。信じて探し続けた君たちが正しかったんだと年甲斐もなく感動してしまったよ。いやぁ本当によかった。彼が死んでしまってはコズプロにとって痛手すぎる。多額の出資をしてくださっている巴財団にも顔向けができない……援助を打ち切られてしまっては大打撃だからな」
「……はは」
日和の命よりも巴財団との繋がりが大事か? そんな言葉が頭をよぎるが、一介のパイロットでしかないジュンにはわからない上の世界では大事なことなのだろう。金がないのは首がないのと同じ、わかっている。だからそういう意味ではない、きっと。日和を軽視しているわけでは……。深く言及することはせず、ジュンは曖昧に笑みを返した。
(ヤッベェ……やっぱオレにはお偉いさんと話すとか向いてねぇっすねぇ〜? 茨もおひいさんも、いつもこんな相手とこんな空気で涼しい顔してやり合っていられんのかよ……! 相変わらず大佐の目的もわかんねぇし、早く帰りてぇ……)
冷や汗が背筋を伝う。けれど日和の助言を思い出し、不安げな姿は見せまいと必死に表情を取り繕う。
「巴はスタプロに保護されていたそうだな。遭難の原因を作ったのもスタプロとはいえ、その点だけは感謝せねばな。……わざわざこちらへ送り届けてくれようとしたらしいじゃないか」
「はい、ちょうどオレの回収のためにアウェミスが中間地点に来ていたので、そこで合流して身柄を引き取りました」
「ふむ……どうだい、きみから見て彼の様子は。きみだけを呼んだのもこれを聞きたかったからなのだが……彼は不調を隠すきらいがある。というより、不調になったところを見たことがないくらいだ。しかしエースパイロットの体調のことは正確に把握しておきたい。君たちEdenに、Eveになら正直に打ち明けているんじゃないかね」
「はは……そこに関してはオレたちにも同じですけど。オレが見ていた限りでは日常生活に支障は無さそうです。あんな事件があったなんて嘘だったんじゃってくらいピンピンしてますよ。戦闘の方も……向こうでリハビリしたおかげで問題ないって聞いてます」
「そうか……それなら良かった。休暇の申請も通っているからゆっくり休んで、明けたらまた活躍を見せてくれ。次に……きみが交戦したスタプロ機の情報が報告書には無いが、何か理由が?」
「それが、交戦中にカメラがやられちまってデータが取れませんでした。見たことない機体……でした。スタプロ機に良くあるエネルギーウイングが実装されていたことくらいしか……すみません」
「いや。もしかしたら最新型の開発が進んでいるのかもしれんな。警戒しておくべきか……」
ボロは出ていない、はずだ。日和の記憶喪失に勘付かれないために、ジュンと交戦した相手が日和だったことは伏せられている。Edenの機体ジェネシスを攻撃してきた事実が知られれば言い逃れができない。日和はネオ・サンクチュアリに乗って帰ってきた、虚偽の申告もいいところだが、今のところ怪しまれてはいない。
早く終われ、と何度も心で念じるが、まだ大佐の話は終わらない。タブレット端末に視線を落とし、報告書を見ているのかスイスイと何度か画面をスワイプした後、再びジュンへと視線を向ける。
「それから、コズプロ内部にいる反乱軍だったか。今回かなりの数を捕らえたそうじゃないか。輸送中、奴らは何か吐いたかね」
「あぁ……落ちた先で襲ってきた連中っすね。その辺りは七種に任せきりで……拷問にかけてるとは聞いてますけど、報告が上がってないってことはまだなんだと思います」
「きみたちを狙った辺り……先の事件の首謀者と関係がありそうだな」
「……かもしれません」
「より一層内部への警戒体制を強化していかねばならんな。Edenは狙われている。些細なことでも、何か違和感を感じたらすぐに報告するように」
「はい」
パタンと大佐はタブレットを執務机に置いた。どうやら話はこれで全部らしい、ジュンはほっと胸を撫で下ろす。そんなジュンを見てクツクツと笑いながら、大佐はゆったりと歩み寄ってきた。
「それにしても漣くん、こうして話すのは初めてだが……かねがね噂で聞いていた通りだ。玲明の非特待生たちの希望の星、だとね」
「いえ……恐れ多いっす」
「はは、謙遜することはないさ。先日も、ステルスの故障部位を隠して後ろ向きに飛んで切り抜けたとか。その若さで素晴らしい技術と度胸も持っている。きっとまたコズプロ内での名声も上がるだろう、いつかここに君の写真が加わるかもしれんな」
大佐は誇らしげな笑みを浮かべてジュンの肩にぽんっと手を添えると、壁際の写真を見上げた。ジュンもつられて写真を眺める。
「いいかい、君は星になるんだ、本物の星にね」
「星に……」
いつか、この錚々たる面々と並ぶ程の……いや、彼らを超えるパイロットに。燃え尽きて消えてしまいそうだったジュンを見つけて、輝かせてくれた日和と、Edenの四人で一緒に。必ず。
新たな決意に燃えていると、肩に置かれた大佐の手にグッと力が籠る。
「こんな話を知っているかな、どこかの言い伝えでは、人は死ぬと星になるんだそうだ」
「…………、え?」
その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
ジュンが大佐の顔を見あげるのと、チャキ、と無機質な音が聞こえたのは同時だった。