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    パイプ

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    #ひよジュン
    Hiyojun

    九尾の日和と人の子ジュンにげなきゃ。
    むずかしい事はわからないけれど、生きるために逃げなきゃいけない事は分かった。オレはこのまま死んじゃうんだ。いやだ。生きたい。まだ生きていたい。オレは・・・あいされたい


    春の麗らかなある日、男の子が失踪した。
    その男の子は両親曰く少し目を話した隙に居なくなってしまったようだ。メディアでは連日男の子の顔と名前が報道されているが、未だ有益な情報はなく、少しずつ世間の関心も薄れつつある。
    男の子の名前は漣ジュン。年齢は4歳。あと数ヶ月で5歳の誕生日だった。連日手がかりとして放送されるファミリー動画の中に手指で4がうまく作れず諦めたのか、歳を聞かれると手を広げて「ごしゃい」と答える愛らしい姿が映されている、深い紺色の髪ときらきら輝く金色の瞳が印象的な子どもだった。

    メディアでの報道が減り始めた頃、この漣ジュンくんについてネットで噂・・・と言うにはあまりに真実めいた話が広まりだした。漣ジュンくんの両親は何度も児童相談所に通報されている、彼の身体には傷や痣が絶えなかった、近くの人が泣き声や叫び声を聞いていた等。あまりに酷い内容に世間の薄れかけていた関心はすぐに両親への誹謗中傷へと切り替わった。そうして世間は「漣ジュンくんは両親が殺して隠したんだろう」と、勝手にこの物語の表紙を綴じてしまった。
    誰ひとりとして、真実なんて知らないままに。



    「...っ、はぁっはぁっ」
    マズい。逃げなきゃ。

    深い森の奥に聳え立つこれまた深い山の中を青年、ジュンは走っていた。木の枝が擦り傷ついてしまった頬も、何度か転けて剥けてしまった膝小僧も気にしていられない。止まったら食われる。走れ。動け。空気が足りないと限界を訴えヒューヒュー鳴る肺も、飛び出しそうなほどに脈打つ心臓も煩わしい。止まったら死ぬんだ。限界を超えて走るジュンの先は崖だった。どうしよう、と考える暇もなく目の前に迫る大きな口に思わず目を瞑りかけた時、目の前の怪物が爆ぜた。

    「おひいさん」
    ジュンがそう呼ぶと怪物を爆ぜさせた九尾、日和がその美しい顔を思いっきり歪めて大声で捲し立てる。
    「ジュンくんっ!ぼく、毎日毎日言ってるよね?!お外は危ないからひとりで出ちゃいけないよって!それもぼくのおうちから離れたところまで行っちゃって!ぼくが優秀な九尾じゃなかったらきみは今頃、誰にも気づかれずにあの低俗な獣にぱくりと食べられてしまっていたね!・・・おっと?」
    ふらりと、倒れるように抱きついてきたジュンを日和がとっさに抱き留める。
    「おひいさん。ごめんなさい。ありがとうございます。おいしそうな木の実が沢山なってて、つい遠くまで出ちゃいました。」
    いつになく素直に謝るジュンに違和感を感じた日和は先程とは打って変わって優しくジュンの頭を撫で付ける。
    「仕方のない子。」
    大人しく素直なジュンは今までの経験上、トラウマというものと闘っている時に見られる。逃げている時の感覚とあの日のことが重なって怖くなっちゃったんだね。そう結論付け、ならばと日和はジュンを抱いたままひらりと跳ぶ。家に帰ってあたたかいお部屋でしっかりと甘やかしてやるために。


    にげなきゃ。だれにもみつからずに。とおいところまで。

    走る。傷だらけの小さな手足を必死に動かして。実はジュンがあの家から逃げ出したのは今回が初めてではない。前回は顔を思い切り殴られて真冬の家の外に裸足のまま出された時だった。すぐに近所の人に見つかって保護されたのだ。その時の怪我の度合いが酷く、暫くは入院することになったのだが、退院して家に戻ってからがもう駄目だった。毎日浴びせられる罵声に暴力。「お前のせいで」「お前なんて生まれてこなければ」難しい事は分からなかったが、自分はここにいてはいけない事だけは理解できた。毎夜、啜り泣く母の目に自分は映っておらず、幼心に、自分を見て愛してくれる者の存在を強く求めた。
    一度も両親からの愛を受けた事のなかったジュンが何故、それを求めたのかは分からない。分からないが、どこかに自分を愛してくれる人がいるという謎の確信めいた何かがあった。

    まだ幼いジュンが家から逃げ出したのは春のあたたかい昼間のことだった。
    母が買い物に出かけ、父は深酒の影響でぐっすりと眠っている。いつも怪我だらけでまともに動かない手足も、ここ数日は何故か父の機嫌の良い日が続き、受ける暴力が少なかった為、動かしやすい。
    家の扉の開け方は知っていた。父の暴力が始まるといそいそ逃げていく母に何度も手を伸ばしたから。手を伸ばした先の母が振り返る事は終ぞなかったが。ジュンの記憶には母のその手元がしっかりと映像記憶として残っていた。

    家を出てからはただ、遠くを目指して走った。ジュンにはまだ交通機関の利用の仕方も今日の身を置く場所の確保も何も分からない。逃げた先の事なんて一つも考えないままに、ただ、逃げた。
    ひたすらに逃げていたジュンはいつの間にか、人影のない森に迷い込んでいた。あまり外に出た記憶はないが、それでもー少ない回数ではあるがー家族で出かけたこともあったのだ。家の近くには大きな建物が並び、固い灰色の地面と、高いところにはカラフルな看板が沢山あって心躍った記憶があった。ジュンの住んでいた所は都心に近く、目に入るよう自然なんて街路樹と手入れの施された花壇くらいのものだったから、鬱蒼と茂る木々や聞いたことのない鳥の声に急に心細くなる。こわい。そう感じるともうダメだった。そのまましゃがみ込み、小さく塞ぎ込んでしまう。その時だった。とっても綺麗で、どこか寂しい雰囲気の獣が目の前にいた。

    「人の子?どうしてこんなところにいるの?早く人の世にお帰り。じゃないと、食ってしまうね。」
    がるると喉を鳴らす獣は少しずつジュンに躙り寄り、威嚇するように大きく鳴いた。こわい・・・はずなのに、ジュンは震える足で自分から獣に近づき、その顔を撫でた。
    「にゃんしゃん、いたいいたい?」
    いいこいいこ、と小さな手で撫でられる事に危うく心地よさを覚えそうになり、獣は内心慌てる。これ以上触れてくれるなとでも言うように鼻先をふいと逸らす。ーこの小さな人の子に怪我をさせないようにちいさく逸らしたのでほとんど効果はなく未だ人の子の手は自分に触れているが。
    「痛い訳がないよね?ぼく、どこにも怪我をしていないじゃない。ふざけた事を言うのはやめて欲しいね。」
    己の言葉が伝わったのか偶々かは分からないが人の子は撫でていた手を下ろしてこてんと首を傾げる。
    「にゃんしゃん、いたいいたいのおかお。いたいないの?かなちいおかお?」
    そう聞かれると獣は今度こそハッとして距離を取るように後ずさる。自分が心に負った傷を、数百年に渡る言いようのない寂しさを、目の前の小さな人の子に悟られた気がしたから。次の瞬間、ジュンの目の前にいた獣は不思議な煙のようなもので包まれた。
    煙が薄らいだそこに居たのは、萌葱の髪と紫苑の瞳をもった美しい青年だった。青年はジュンの前まで進むとしゃがんで目線を合わせる。
    「・・・そうだね。ぼくは痛かったのかもしれないね。きみもどこか痛いの?」
    そう言うとジュンの返事を待たずに己の額とジュンの額とを合わせる。そのまま数秒もすると全てが分かったかのように、ぽつりと呟いた。
    「・・・そう。きみも辛かったんだね。ぼくたちは似たもの同士なのかもしれないね。」
    「にたものどーし?」
    「そう。おんなじ気持ち、って言ったら分かるのかな?ねぇ、きみ。ぼくと一緒に暮らさない?ぼくがきみのこと、うんと愛してあげようね。」

    誰かを愛したかった青年と誰かに愛されたかった少年は偶然か、はたまた運命か。欠けていたパズルのピースが嵌るように出会ったのだった。


    「ん、おひいさん?」
    ジュンが目を覚ましたとき、最初に見る光景は決まって日和の顔だった。その綺麗な紫苑がこちらを愛おしげに見ている時もあれば、長い睫毛に覆われている時もある。今回は前者だった。
    「おはよう、ジュンくん。よく眠っていたね。」
    日和の歌うような声と少し低いが生を感じる体温、そしてふわふわの尻尾に抱かれる心地よさに全身の力が抜ける。そうだ、帰ってこられたんだ。
    ジュンは日和の胸板にぐりぐりと頭を擦り付け甘えた仕草をする。日和に甘えたい、愛されたい気分なのだ。こういう時、日和はジュンの気持ちを正しく汲んでどろどろに甘やかしてくれる。甘えすぎかと悩んだ時期もあったが、日和は日和で大層嬉しそうにジュンを甘やかすので今となってはwin-winの関係だと思う事にした。
    「ふふ、今日は甘えたさんなの?いいよ、特別にこのぼくがジュンくんをとろっとろに溶かしてあげようね。」
    そう言うや否や、日和の紫苑には確かな熱が灯り、ジュンの身体は日和に食われる喜びに震えた。


    「だ〜!GODDAMN!腰がいてぇ!あんた、加減ってもんを知らないんですかねぇ〜?!」
    これでもかと愛し合って眠りにつくまで(気絶したと言った方が正しいかもしれない)はかわいかったジュンがキャンキャン喚く声で目を覚ます。
    「子犬がきゃんきゃんうるさいね!ぼく、いつも朝は愛しい伴侶からの甘いキスで目覚めたいっていってるよね?!」
    「朝でもなければオレは子犬でもねぇし、伴りょ・・・ッ、とかキスとか・・・あぅ〜」
    顔を耳まで真っ赤にして、ぼすんっと枕に突っ伏すジュンをよしよしと撫でながら、あんなに激しく求め合い、これでもかという程に全てを曝け出して愛し合ったというのに、言葉ひとつ、小さな触れ合いひとつに未だに照れを見せる彼を分からないと思う。分からなくていじらしい。いじらしくて愛おしい。もう少しその赤いお耳を堪能しようかとも思ったけど、そろそろジュンに何か食べさせないとと考えて身体を起こす。この子は暫く動けないだろうしとベットから降りようとした時、くんっと羽織っていたシャツの裾を引かれる。「どうしたの?」と視線を向けると蝸牛になっていた布団からジュンが少しだけ顔を覗かせていた。
    「あの、その・・・オレからは、ちょっと、まだ恥ずかしいってか、あの、アレなんすけど、おひいさんからしてくれるんならいいですよ、ッ...ん、」
    あまりに愛おしくてノータイムで噛み付くようにキスをする。あーあ、ジュンくん。きみが悪いんだからね。
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    パイプ

    PROGRESSお久しぶりです。
    久しぶりすぎてこの世界観に帰ってこれてないかもしれない...
    今回、一旦最終章となります。
    生きる時間の違う九尾と人の子は果たして同じ時間を同じ気持ちで生きていくことはできるのでしょうか?
    九尾の日和と人の子ジュン「燐音先輩。」
    「きゃはは!どうしたァ?ジュンジュンちゃんよお。そんなマジな顔しちまって。遂に俺っちにホレちまった?」
    「人の子って大人になっても変化していくもんですよね?」
    「は?」

    日和が会合とやらで出掛けていると風たちが噂しているのを聞き付けた燐音がジュンで遊んでやろうとこの家に遊びに来たのが凡そ一時間前。ところが今日のジュンはどこか浮かない顔をしていて、いつもならやれやれと言う顔をしながらも燐音の悪戯や遊びに付き合うジュンだが今日はそれさえもなく、やっと口を開いたかと思いきや先の一言だ。

    「ナニそんな当たり前のこと聞いてンだ?成長して老化して死んでいくっしょ?ニンゲンなんてモンはよォ?」
    その当たり前さえコイツは知らないままここに来たんだっけかと燐音が思い直しているとジュンは「そっすよね」と知っていたような口ぶりで返して視線を完全に窓の外へとやってしまった。
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