コンビニ珈琲の話「送ってもらっちゃってすみません」
「いいよ。そんなに遠回りじゃないし、ついでだから」
夜の街をゆっくりと車が走っていく。先程まで一緒に車に乗っていた子達が先に下車したので車内はうんと静かになり、後部座席に残る人物の声をしっかり拾えるようにBGMとして流れていた事務所のアイドル達の曲のボリュームを落とした。
MEZZO"の仕事が終わり寮へ送迎しようと駐車場へ向かう途中に電話をしている百を見かけた。電話の内容から急遽送迎ができなくなったのでタクシーで、と聞こえてきたので帰り道だからと万理が買って出たのだ。
先輩の同乗に臆するどころか歓迎され環から手渡された、万理の車に常に鎮座している王様プリンのぬいぐるみを膝から下ろすと百が少し身を乗り出して声をかけてきた。
「バンさん、そこのコンビニ寄ってもらっても良いですか?」
「いいよ。解った」
ウィンカーを出してスピードを落とし、コンビニの駐車場へと車を滑らせる。すぐ戻ると百は車を降り、ものの5分程で両手に蓋の付いた紙コップをそれぞれ持って戻ってきた。その姿を見て慌ててシートベルトを外すと身を乗り出して助手席側のドアを開けた。その隙間から冷気と共に滑り込んできた百が伸ばした手に持っていたカップを1つ、持ってやるつもりで手に取ると「それ、バンさんの分です。車のお礼」と助手席に乗り込み扉を閉めた。
「気を使わなくても良いのに」
「オレも飲みたかったので、ついでですから」
「じゃあ……ありがとう」
突き返して2杯も飲ませる訳にもいかないのでありがたく頂戴する事にする。蓋の飲み口を起こしてゆっくり傾ける。まだ淹れたてで熱々なのでちびりと舐めるほど口にしてから飲み口の隙間から息を吹きかけてほんの少し冷ましてからまたゆっくり口に含んだ。程よい苦味が口内に広がり、飲み下して喉奥、胃までゆっくりと熱が降りていって ほぅ、と息を吐いた。2杯分の珈琲の香りが車内に広がった。
「美味しい……」
「最近のコンビニ珈琲って美味しいですよね。濃さも変えられる所もあるし、新商品出るとつい試しちゃって、飲み比べした事もあります!」
普段缶珈琲ばかり買っていたがこういった紙コップの物も今度買おう。機械の近くに砂糖やミルクも置いてあるので自分で好みの味に調整できるのも良い。それにしても、百が買ってきたこのコンビニの珈琲は特に美味しい気がする。いや、美味しいというより好みというべきだろうか。苦味とミルクの甘さ、砂糖の分量のバランスが良くするっと口内が幸せに包まれる。
他の系列のコンビニの味も気になるがここのコンビニで買えばまたこの味に出会えるのか、と心に刻んでシートベルトを締めて百を送る為に夜の道に車を走らせた。
それからというものの万理の中でコンビニ珈琲めぐりがちょっとしたマイブームになった。それぞれ味の他にもこの店は通常よりいくらか高い高級の物もある、ここは濃さが選べる、ここにはキャラメルシュガーやシナモンシュガー等の無料のトッピングが置いてある等、系列店によって個性があるのが面白い。
だが不思議な事に以前百が買ってきた珈琲と同じ系列店で買っても同じ味にはならなかったのだ。この店の珈琲は1種類しかなく確か砂糖もミルクも入っていたのでどちらも入れてもどこか違う。まさかと思って全く同じ店に行ってみたが結果は変わらずあの味に再会できずにいた。
直接その事を百に話してみるとちょっと首を傾げながら「じゃあ淹れるところ見ます?」と一緒にコンビニに向かう事になった。
入ったのは前と違う店だが同じ系列の店でそこで百はレジで精算して紙コップを2つ貰ってきた。片方を機械にセットしホットのレギュラーサイズのボタンを押した。ここまでは同じだ。機械が珈琲を淹れている間にミルクを2つ、スティックシュガーとマドラーを1つずつ手にしている間に1杯目が完成し取り出して2杯目のカップをセットした。
スティックシュガーの先端を千切ると袋の半分より少し下の方を持ちその中身を入れていく。マドラーを刺してかき混ぜている間に2杯目の珈琲も出来上がったのでそれを取り出すとそのカップの中に持っていたスティックシュガーから残りの砂糖を入れたのを見て あ、と思わず声が出てしまった。
その後はそれぞれ砂糖が溶けた頃にミルクを1つずつ入れて軽くかき混ぜ、蓋をしてその片方を万理に手渡してきた。
「これで完成です」
「そっか……砂糖半分だけ入れてたのか……気付かなかった」
店外に出ながらカップの珈琲をひと口啜る。うん、あの時の味だ。
「バンさん、事務所で珈琲淹れてる時砂糖スプーンに半分でしたし、缶珈琲も微糖で飲んでるからそのくらいの甘さが好きなのかなって思って」
「確かにいつも微糖買ってるけど……よく見てたね」
「そりゃあ好きな人の好みは知っておきたいですから!」
「え」
「ん? ……あぁ ほら、差し入れで缶珈琲買う時もありますし! そうそう、ユキは砂糖入れずにミルクだけが好きなんですよ!」
その後滑らかに話題をすり替えてきたのでそういうものかと深くは追究せずにまた珈琲をひと口流し込んだ。
後日改めてコンビニで珈琲を買った。彼がやっていたようにスティックシュガーを半分、ミルクをひとつカップの中に入れてかき混ぜ、余った砂糖は口の部分を折りたたんでひとまずジャケットのポケットにしまった。車内に戻ってカップの飲み口を起こしてひと口流し込む。
百と一緒に飲んだ時と同じようで、ほんの僅かに味が違うように感じるのは今隣に彼が居ないからだろうか。