貴方に似合うのは自分が良い「……ん、……っ」
長く交わしていた口付けを離して彼の肩口に顔を埋める。膝の上に乗せられ、首元に触れられる唇の擽ったさに身を捩りながらお返しと言わんばかりに首筋、耳元に口付けを返せばふと、耳朶に僅かな凹みを見つけてそこにするりと指先を這わせた。
「……ふふ、なぁに」
甘い声が擽ったそうに笑いかけてくる。慌てて手を離せば諌めたつもりは無いのにと苦笑しながら見つめてきた。
「あっ、あの……耳、ピアスの痕あるな、って……」
「ああ、これね。昔バンドやってた頃は着けてたんだけど、アイドルの真似事してた頃に安易にプレゼントで貰ったピアス着けたらファンの子の間でトラブル起きちゃって……。しばらく着けるの辞めたら塞がっちゃったんだよね」
「あー……」
思い返してみれば当時の千と万とではファンの層が二分化していた。近寄りがたい程に美しい千に比べれば同じく顔立ちが整っているとはいえ万の方が親しみやすく所謂ガチ恋勢が多かったように思える。知らぬ間に戦争の火種を焚べてしまったのだろう。推しているのは千だけど恋人にしたいのは万、と言っていた千のファンもいた。
「(それにしてもバンさんのピアス……当時全然気付かなかったな。あとでユキに昔のアルバム見せてもらおう)」
彼の耳元を覆う長めの髪に隠れて見えなかったのかもしれない。いやそもそも、あの頃は2人の前では緊張してまともに顔すら見る事が出来なかったのだ。
今の万理の魅力の1つに普段はアイドル事務所の頼れる優しいお兄さんとしているのに恋人の自分の前ではちょっと意地悪なそのギャップもあるのだと百は思っている。そのおかげ(?)で付き合い始めてからどんどん深みに堕とされていっている気がする。そんな今の彼の耳にピアスが光ったら……うん、想像しただけでもドキドキする。
「久しぶりにピアスの穴空けようかな。百くん、ファーストピアス選んでくれる?」
「えっ、」
驚いて彼を見れば少し首を傾けて「駄目?」と見上げてきた。甘える様なそんな顔で見つめられたら断れる筈が無い。渋々了承の声を漏らせば嬉しそうに頬に口付け、先程の続きと言わんばかりに服の裾へ手を侵入させ脇腹を撫で上げてきた。
「バンさん、ファーストピアスこれで良いですか?」
後日、改めて彼の家に招かれた日に雑貨屋の小さい紙袋に入った頼まれていた物を手渡した。
「ありがとう。いくらだった?」
「え、あ、そんなに高い物じゃ無いので別に……」
「そう? ありがとう。それじゃあ早速……あ、ピアッサー付きのやつだ」
袋から中身を取り出してぼそっと呟いた言葉と机の上に用意してあった消毒液の脇に置いてある裁縫針やライターなんかを見つけて思わずギョッとした。もしかしなくてもこの人、これで空けるつもりだったのか……。かく言う自分も貧乏新人時代に千が持っていた所在の解らないピアッサーを消毒としてコンロで炙って……と、していた身なので人の事を言えないが。
パッケージをじっと見ていた万理がそれを持ち上げ百と見比べてふっと微笑んだ。
「ピアス、百くんの目の色とお揃いだね」
「あっ、え、ええっと。……ファーストピアスってしばらく付けっぱなしになるじゃないですか。なので、その……バンさんに添えられる色は、オレの色が良いなって……」
穴が安定するまで場合によっては数ヶ月着けなければならない。最初は彼に似合う色は何が良いだろうかとか、目立たないシンプルな物が良いだろうかとかと何件か売り場を巡りながら考え込んでいた。でもその内にふと目についたのは自分のメンバーカラーでもあり瞳の色に似たビビットピンクの石が煌めく物だった。
──彼に似合うのは、自分でありたい。
ふつふつと湧き上がった気持ちはきっと独占欲。メンバーカラーが決まってる仕事をしている身としては色は重要、誰にもどの色も譲りたくないと思ううちに気が付いたらそれをレジへと運んで居たのだ。
「…………」
「や、やっぱり烏滸がましいですよね 別なの選んでくるので今度に──」
「ううん、嬉しいんだ。控えめだった百くんがそうやって独占欲出してくれるようになったなって」
鏡で確認しながら位置に印を付け消毒を済ませるとそれじゃあとパッケージを開封して手渡してきた。 え?
「百くんが空けて」
「む、無理無理 無理です」
「えー、千には空けさせたのに? 恋人の、俺は駄目?」
ピアッサーを握らせて顔を寄せ、甘える様にじっと見つめてくるがそれどころじゃない。
「立場が逆じゃないですか オレの体に空けるのはいくらでも良いけど、オレがバンさんの体に傷を付けるなんて……」
「大丈夫大丈夫。ほら、日頃の恨みと思ってひと思いに。ほら、3、2、1……」
「恨みなんて無いです ──ぎゃーーーー」
あれよあれよと言う間に凶器を握らされた手を誘導され抵抗する間も無く手に伝わる肉を貫く感触とカシャン、と器具の軽い音とで手から血の気が一気に引き油汗が滲んだ。
「ひっ……ぅ……」
「はい、こっちも」
いつの間にか2つめの器具を握らされカシャン、と反対側の耳に穴が空いたのは一瞬だった。
「はい終わり」
「ぅ…………うぅ……」
呼吸が苦しくなり視界が滲む。はらはらと止めどなく溢れて零れ落ちていく涙に万理はギョッとして両手で冷え切った手を握った。
「あああごめん、意地悪し過ぎたな……うわ冷たい! 今何か温かいもの淹れるから待ってて!」
慌ててキッチンへと向かって程なくして温かいココアの入ったカップを握らせるともう1度「ごめんね」と謝ってきた。
手に伝わる肉を貫く感触。そこから滲む血。ゆっくりと深呼吸をしながらあの時ユキはこんな気持ちだったのかと少しだけ後悔する。……後でユキにちゃんと謝ろう。
カップの熱でやっと体内に温かい血が巡り始めた頃「ね、見て」と優しい声が降ってきた。
「ほら、百くんが選んでくれたピアス。似合う?」
「……似合います」
「うん、ありがとう。穴が安定してきた頃にお揃いのピアスを買いにいこう」
滲んだ視界で見つめた先は、やっぱり彼にはこの色が似合うと思った。