待てと言われど「私と仕事、どっちが大事なの?」
そう言ってきたのは前に付き合っていた彼女だっただろうか。その頃はようやく今の仕事に慣れてきて楽しくなってきた頃で、急な仕事をお願いされてふたつ返事で了承してしまって忘れていたのだ、彼女との約束を。まあ結局は彼女とは合わなかったのだ。仕事との向き合い方の価値観と生活感とその他諸々が。
それはさておき今である。久しぶりに百が家に遊びに来てくれたのだが先程からずっとスマホ画面とにらめっこをしている。勿論ひと言断りを入れてからスマホと対面し始めたのだがかれこれ1時間はこうしてラビチャ画面の向こう側の相手と話し込んでいるようだ。
返信を待つ隙間時間に教えてくれた相手情報からするとちょっと大きな企画を抱えたお偉いさんの連絡先をなんとか入手したそうで、交渉の場を設けるための交渉、みたいな事をしているらしい。営業ならマネージャーである岡崎や事務所の専門スタッフに任せればいいものの、そう言っている彼らも事務所髄一の交渉術やトーク力は百には敵わずいつの間にかポン、と大きな仕事を持ってくるので無下に出来ないのだという。万理としても友人と恋人が居て応援しているグループが大きな舞台で活躍するのは嬉しい。
だが今1度状況を整理しよう。恋人が万理の家に来ているのにその恋人は別の男とラビチャ上で話している。こちらは2週間前になんとか予定を合わせて待ち望んでいたのに向こうは今ぱっと時間が空いただけの人物だ、そりゃあ嫉妬くらいさせて欲しい。
こんな言葉、自分の人生で己の口で言う日が来るとは思わなかった。
「百くん……俺と仕事、どっちが大事なの?」
「勿論バンさん! ……って言いたい、ところなんですけど、もうちょっと待って……もうちょっとで落とせそうで……!」
渾身の台詞も取り付く島もなし。付き合い初めの頃であれば恥ずかしがりながら「勿論バンさんです!」とスマホを手から離してくれたのだろうがこれくらいで幻滅される訳が無いと多少は心の余裕ができたのだろう。嬉しい反面、やっぱり寂しい。
かくなる上は、
「……ね、百くん」
するりと腰に手を回す。びくっと身体を震わすがそれに構わず服の裾から手を入れて脇腹をなぞった。
「……っ」
そのまま身を寄せて項から耳の裏まで、彼の弱い所に薄く唇を這わせる。
「…………だめ?」
とびっきりに色香をまとわせた声をそっと耳元に注ぎ込む。一瞬、逃げそうになった身を腰を引き寄せて制する。あとちょっとで、落とせそうだ。
「……ぅ、……バンさん!」
百が身を捩って腕の中でこちらに向き直る。両手で万理の頬を掴むと唇を重ねてきた。数回、ちゅ、ちゅ、と口付けると反射的にうっすら口を開けた万理の口内に舌を滑り込ませ舌先だけちょん、と触れさせるとすぐに離れていった。
「後で、オレの事好きにしていいのでもうちょっと大人しく待ってて下さい」
ギラギラとした真っ直ぐな目で見つめられる。その雄々しさに気圧されて思わず「はい……」と返事を返してしまった。それに満足したのか不敵に微笑むとスマホの向こう側の相手への対峙を再開してしまった。
「(うわぁぁぁ、)」
ソファの上で足を抱えて蹲る。彼の格好良さに思わずドキッとしてしまった。そうだ、彼は可愛くもあり格好良くもあるのだ。Re:valeの百、格好いい。ファンサを貰ったファンの気持ちってこんななのかという気さえしてしまう。
顔を少しだけ傾けて百の方を見る。真剣な面持ちでスマホの画面に指を滑らせる彼の横顔に今この時だけ見惚れていよう。
「──よし! バンさん、終わりまし……ぅわ!」
振り向くが早いか肩を押しソファへと押し倒す。油断していた彼はいつもよりもたやすくソファへと崩れ込みその上へと乗り上げた。
「お疲れ様。今度は俺の番」
乾いた唇を舌先で濡らし覆い被さる。脇腹から差し込んだ手をするりと上げて彼のシャツを捲り上げると慌ててその手を抑えてきた。
「まっ……待って下さい! オレ汗かいてて汚いから先にシャワー浴びさせて下さい」
「もう無理。待てない」
首元に顔を寄せ思いっきり息を吸い込めば「ぎやぁぁぁあ! 嗅がないで」と喚きながら身を捩った。
「大丈夫、いいにおいだよ」
「う……っ、せ、せめてベッド……! ベッド行きましょ」
「ダーメ」
首元を緩めるついでにネクタイを引き抜くと彼の腕に跡が残らない程度にしっかりと結んでその腕をぐっと頭上へと押し上げた。
「好きにして良いって、言ったよね? もう待てないからここで」
「ひぇ……」
口では抵抗している割に足元が万理の足に絡んできて、見上げてくる彼の目がとろんととろけていて少なからずこの状況に興奮しているようだった。キスをすれば、待ち望んでいたかのように舌先が口内に侵入してきた。
多分きっと、万理と早くこうしたいと彼も我慢していたのだ。
仕方がないなと内心ほくそ笑みながら彼の口付けを受け取った。