【つのしっぽ子竜シリーズ】流れ着いたものはその日は、良い風が吹く晴天だった。
平和も平和、ゆったりした時間が流れるこの島で。
おれはあいつを見つけたんだ。
デルムリン島と呼ばれる南の島で、おれは隠居生活を送っている。
ちょっと前まではパプニカに身を置いていたんだが、まぁ、色々あったもんで。様々な呪文を覚えた魔法使いってのはどうにも好かれない生き物らしい。
ふらふらと引越し先を探してる時に見つけたのがデルムリン島だった。この島は鬼面道士のブラスを筆頭に大量のモンスターが暮らしている。並の人間ならまず近づかないだろう。
最初こそ身構えたが、ここの連中は随分と温厚な奴らだった。敵となる対象が居ないから平和に暮らしてるんだろうな。
島の長と言えるブラスに直談判しておれはこの島へ移住することにした。島で採れる薬草の調合知識を提供したり島では得られない生活用品を外部から入手し提供することを条件として土地を借りた感じだ。
ブラスじいさんは事情を話したら割とすんなり受け入れてくれた。見かけによらず優しいんだな、鬼面道士って。……なんて言ったら怒られそうだ。
モンスター達ともすぐに打ち解け、日々島を探索したり拠点の小屋に籠って魔導書を開いたりしていたんだが。今日はいつも通り、とはいかない日だったらしい。
どうにもモンスター達が騒がしい。言葉は分からないが、何かあったことは確かだ。
近くにいたホイミスライムが触手で海の方向を指していたので向かってみることにする。
ざわざわと風に吹かれる木々の隙間を縫って海辺まで来てみると、波打ち際に人だかりならぬモンスターだかりができていた。
おれが来たことに気づいたモンスター達はその場から少し離れた。どうやらおれに見てほしいものらしい。
波打ち際なら漂着物の類だろうな、とは思ったが。そこにあったものはおれの想像を超えていた。
散乱した木片。破れた布きれ。おそらく大破した小舟の残骸だ。
その中央に。
小さな子供が倒れていた。
「おいおいマジか……」
ぱっと見た感じ、3歳くらい。頬に十字の傷がある黒髪のそいつには、竜を思わせる角と尻尾が生えていた。
獣人族にしては人間の要素が強い。角と尻尾が無ければただの人間と同じだ。
呼吸は弱々しいが、まだ生きている。見つけた以上、助けてやらねぇと。
手を伸ばし、抱えてやろうとしたその時。そいつは意識を取り戻した。
虚ろな目で辺りを見回したかと思えば、急に身を起こしておれの手を払い退けた。後退りし、唸り声を上げている。多分、威嚇されてるんだろうなこれ。
目を覚ましたら知らない場所で知らない奴らに囲まれてんだ、ビビって威嚇したくなるのも頷ける。けど息も絶え絶えな状態だしあまり体力を消耗させるのも良くない。さてどうするか……なんて考えていると、力尽きたのかそいつは再び意識を失ってしまった。
今のうちに運んでやろう。おれはそいつをゆっくり抱き上げ、拠点まで連れ帰った。
モンスター達も心配してくれてるのか、おれの後をついてくる奴が多い。つくづく優しい連中だ。
にしてもこいつ、どこから流されてきたんだか。よく見たら身体中あちこち擦りむいてるし。
回復呪文で傷を癒やしてやってから、寝台にそいつを寝かせた。あの感じだと暫く何も口にしていないだろう。スープくらいだったら飲めるだろうか?
つまみ食いしてくるモンスターを宥めたりしていると、そいつはゆるゆると目を覚ました。威嚇してくる様子はなさそうだ。
「気分はどうだ?」
声を掛けてみるが、大きな瞳で見つめ返してくるだけで返答はない。代わりに、腹の虫が大きく鳴いた。
やっぱり腹減ってんだな、スープ温めといて良かった。身体を起こす手助けをしてやり、おれは先に用意しておいたスープをそいつに差し出す。
「腹減ってんだろ?ちょっとずつでいいから飲みな」
そいつはじっとスープを見つめている。……見ているだけで、手を出す気配がない。唇を噛んで拳を握りしめているところを見るに、要らないのではなく耐えている感じがした。
匙で掬ってやってもぎゅっと目を閉じてそっぽを向いてしまう。そんなに嫌か。いや、もしかして。
おれはそいつに差し出した匙を自分の口元に運んだ。顔を背けていたそいつは意外そうな顔でおれを見ている。
「ほら、飲んでも大丈夫だって。毒なんか入ってねぇよ」
そう言ってもう一度匙を差し出してみる。すると、まだ少し不安が残る表情だがそいつはスープを口にした。
恐る恐るだった反応がみるみるうちに変わり、そいつはくぅくぅと鳴きながらもっと欲しいと言わんばかりにおれの手を掴んできた。よしよし、嫌いな味じゃなかったみたいだ。
過去に他人から与えられた食べ物で酷い目に遭ったことがあるのかもしれない。こんなちっちぇーのに一体どんな経験をしてきたんだろうか……。
あっという間にスープを平らげた様子を見て、おれは少し考える。ブラスじいさんならこいつのこと、何か分かるだろうか。おれより長生きしてるし。
空っぽになった器を見てしょげているそいつを撫でてやりながら、おれはブラスじいさんを訪ねることにした。
ついでに借りた温泉でそいつを洗ってやった時に初めて女の子だと気づいたのは、また別の話。