【つのしっぽ子竜シリーズ】強がりに潜むもの「おれ もう大きくなったから ひとりでも平気だよ」
そう言って一つしかないベッドを指差したダイは、自分なりに寝床を作って休もうとしていた。
最初は成長したことをアピールしたいのかと思って、見守ることにしたんだが。
どうやら、そうではなかったらしい。
───
ある日、デルムリン島に流れ着いた小さな子供。それは竜を思わせる角と尾を携えていた。
身長は100センチにも満たないくらいだろうか。随分弱っていた状態から元気一杯に走り回れるくらい回復してくれたのは良かったんだ。だが。
1週間ほど経った朝、その子供──ダイは、急成長した姿でおれの隣に横たわり、寝息を立てていた。
(…………ダイ、だよな?)
黒髪に金の角、そして逞しい竜の尾。
すらりと伸びた手足は成長途中ながらも女性らしさを伴い、腰のくびれから尻の丸みに至っては本当に昨日まで幼児だったのだろうかと思わせる程絶妙なラインを形成している。
背丈はまだまだおれより低いものの、もう気軽に抱き上げることはできないだろう。
サイズの合わなくなった服がただの布切れと化している点に関してはとりあえず布団を被せて見なかったことにしておいた。
竜の子とは突然成長するものなのだろうか。機を見て書物を漁りに行かなくては……等と考えを巡らせているうちに、ダイが目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながらぐっと伸びをする姿は小さかった時のダイそのものだ。どうやら本人も身体の違和感に気づいたらしく、大きくなった自身の手のひらを見つめて固まってしまった。
「あー……おはよ、ダイ」
声を掛けてやるとダイは数回ぱちぱちと瞬きし、おもむろに起き上がった。
当然、掛けてやった布団もただの布切れも重力に従って落ちるわけで。
成長に合わせてしっかり実っていた胸元を大慌てで隠してやる羽目になったのは言うまでもない。
───
それから数日。
「おれ もう大きくなったから ひとりでも平気だよ」
そう言って一つしかないベッドを指差したダイは、自分なりに寝床を作って休もうとしていた。
まだ辿々しさは残るものの、たった数日でここまで話せるようになったダイの学習能力の高さに少し驚いている。これも急成長の一種だろうか。
一人で寝ようとするのもきっと成長した事をアピールしたいが為の行動だろう。そう思ったおれは好きにさせてやることにした。
小さなベッドで身を寄せ合って眠るのも悪くは無かった。改めて思い返すと少し寂しい気もするが、多分子の成長を見守る親ってのはこういう気持ちになるもんなんだろう。
ちゃんとダイのベッドも作ってやらなきゃなぁ。明日はDIY日和か、なんて考えながらもおれは何だか広く感じるようになってしまったいつもの寝床に身を沈めた。
……灯りを消して暫く経った頃だろうか。不意に目が覚めたおれは、微かに聞こえてくる泣き声に起こされたのだと気づく。
窓から差し込む月明かりを頼りに、声の主を探す。押し殺すようなその声は、誰にも聞かれたくない気持ちと誰かに届いて欲しい気持ちが混ざり合ったような、そんな声だ。
「……ダイ」
布団を頭まで被り、手製の寝床で丸まっているダイにそっと声を掛ける。
あまり良くない夢でも見たのだろう。以前からうなされて夜泣きする事が度々あった。成長したとはいえ、心に巣食うものからはまだ逃れられずにいるのかもしれない。
返答は無かったが、身じろぎする様子が見て取れたので軽く撫でてやる。どんな夢にうなされていたのか知ることができれば、少しは力になってやれるかもしれないのに。
「ぽ っぷ」
「んー?どうした?」
「おれ ぽっぷのこと 起こした……?」
布団の向こうから不安そうな声が聞こえてくる。一人でも平気だと宣言した手前、怒られるとでも思っているんだろうか。んなことで怒った事なんてねぇんだけどなぁ。
安心させてやるつもりでぽんぽんと軽く叩いてやると、「きゅ」と小さく鳴かれてしまった。あれ、変なとこ触ったかな。
「ダイ?別に怒ったりしてねぇからさ。顔見せてくれよ」
促すとダイはようやく布団から顔を覗かせた。月明かりだけでは表情が分かりづらいが、まだ不安なのか丸まったまま出てくる様子はない。
内心ため息を吐きつつ、腕を広げて「おいで」と声を掛けてみる。以前のダイなら即座に飛びついてきてくれたが、大きくなったダイは呼びかけてもおずおずと手を伸ばしてくるようになっていた。それが少しだけ寂しかったりもしている。
しばらくの間、じっとこちらを見つめていたダイはゆるゆると起き上がり、抱きしめていたらしい己の尻尾を手放しておれの元に寄ってきた。
揺らぐ尻尾が月光に照らされた瞬間、おれは思わず息を呑む。
ダイの尾先は複数の傷と血に塗れ、痛々しい姿へと変わっていたのだから。
「ダイ……お前、これ」
ダイを抱きすくめて尻尾に手を伸ばす。怯えるかのように跳ねる身体を宥めてやりながら、慎重に尾の状態を確認していく。
傷口にあるのは明らかに歯型だ。声を押し殺そうとして自分の尻尾を噛み締めたのだろう。何度も何度も。
先ほど軽く叩いた時に小さく鳴いたのは、尻尾に触れていたからだったのか……。
「……、痛かったろ」
滲みそうになる視界を何とか抑えながら回復呪文をかけてやる。嗚呼、もっと早く目が覚めていれば。
腕の中のダイはくるる、と喉を鳴らしておれに体重を預けている。少しは不安を取り除いてやれただろうか。
尻尾が綺麗に治ったことを確認し、再度ダイを撫でてやりながらおれは提案した。
「なぁ、ダイ。おれさ、お前が隣に居てくれねぇとどうも眠れねぇんだわ。一緒に寝てくんねぇかな」
ベッドは改良するからさ、と付け加えて。
その言葉にダイはぱっと顔を上げ、癒えたばかりの尻尾を揺らして嬉しそうに抱きついてきた。
きっとダイも寂しかったのだろう。もしかしたら成長したことで一緒に寝るにはベッドが狭くなってしまったことを気にしていたのかもしれない。そうなると早急にベッドを改良する必要があるな。
すっかりしがみついて離れなくなってしまったひっつき虫の小さな竜を大切に抱きかかえ、おれは自分の寝床へと向かった。