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    Sasaran_11

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    Sasaran_11

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    書いて貰ったdndzを許可貰って載せます。
    (※時代設定は文アル風の架空空間、文豪たちは同じ館に暮らしているイメージ)

    #dndz
    #だんだざ
    danza

    雨の季節、晴れるまで その日、空はやけに蒼かった。なのに、室内は重く沈んでいた。食堂にいたのは檀と太宰の二人きりだったが、朝からの会話のすれ違いが、じわじわと室温を下げていった。

    「檀は、ほんと律儀だよねえ。そんなに真剣にならなくてもいいのに。もっとさ、肩の力抜いてもいいんじゃない?」

     冗談めかして太宰が笑ったのは、軽口のつもりだった。いつもの軽さ、いつもの逃げの笑いだった。けれどそれが、今回ばかりは悪手だった。

    「……お前、それ、今の状況見て言ってるのか?」

     檀の声は低く、冷たかった。椅子に深く座り直し、握っていた湯飲みをテーブルに置く音が静かに響く。

    「こっちはな、お前がどれだけ生きて帰ってくるか、毎回祈ってるんだよ。戦場に行くたびに、お前が“また”戻らなかったらどうしようって、眠れなくなる夜がある。お前の冗談一つで、俺の神経がどれだけすり減ってるか、わかってるか?」

     太宰の表情から、ふっと笑みが消える。

    「……そんなに俺のこと、重く考えなくていいよ」

     その言葉が決定打だった。

    「ふざけんなよ、太宰……」

     檀が立ち上がり、椅子が音を立てて後ろに滑る。目には怒りと、なにより痛みが滲んでいた。

    「俺が、お前のことどれだけ本気で……!」

     喉まで出かかった言葉を、彼は飲み込んだ。言ってはいけない気がした。言ったら、もう戻れない気がした。

     代わりに出たのは、乾いた声だった。

    「……いい。もう放っといてくれ。疲れた」

     太宰はなにも言わなかった。ただ、悲しそうに目を伏せた。

     それが最後だった。ふたりの間に会話が交わされたのは、あの朝を境に、ぴたりと止まった。太宰はその日の夕方から姿を消し、司書が呼んでも戻らない。記録係の芥川が「目撃しました」と言ってくるまで、檀もまた、本当に太宰がいなくなったことを実感できずにいた。

     そして夜、檀の部屋には、誰もいないはずのベッドがきしむ幻聴が、静かに降っていた。



     太宰が姿を消してから、三日が経った。

     館では捜索が始まっていたが、記録係の芥川は「本人の意思による一時離脱の可能性もある」と報告書に記していた。表向きの理由だ。全員が、太宰がふらっといなくなるのが初めてではないことを知っている。

     けれど、檀は違った。

     今回は、違う。

     背中を撫でる直感が、やけに冷たい。あの時の太宰の目――あんなに虚ろな瞳で、檀を見たことがなかった。

    「何で、あんな言い方をしたんだろうな……」

     独り言が染み込むように部屋に落ちる。机の上には太宰の湯呑みがあった。数日前に、檀が洗わずに放置していたものだ。ふたり分の湯呑みがある食卓が、気に入っていたはずなのに、今は呪いのように思える。

    「重いって思ったんだろうな。俺の言葉も、顔も」

     そう呟いた瞬間、胸に焼けるような痛みが走った。まるで心臓をすりつぶすような鈍い痛みだ。

     思い出すのは、太宰がふざけて言っていた言葉。

    「檀が俺の遺書を見つける第一発見者だったら、泣いてくれるかなあ?」

     そのとき檀は、「馬鹿か」と笑って流した。でも今、その言葉の一つひとつが、釘のように刺さる。

     探しに行くべきか――そう思うたびに、足が動かない。どこにいるのかもわからないのに、探せるわけがない。でも、このまま待っていても、帰ってくる保証などどこにもない。

     もしかして、俺が――
     引き金を引いたんじゃないのか?

     思考が、どす黒く染まっていく。

     檀はその夜、外套を羽織って館を出た。夜風が頬を切り裂くように冷たかった。足元はふらつき、街灯が滲む。

     太宰がよく足を運ぶ河原、書店、古びた教会、あの小さな詩人が一度だけ語っていた静かな裏路地。手当たり次第に歩いた。

     でも、どこにも、彼の姿はなかった。



     雨が降り出したのは、午前三時を過ぎた頃だった。

     檀は肩に水を浴びながら、それでも歩き続けていた。太宰の気配だけを頼りに、街をさまよっていた。

     通りの奥、灯りの落ちたカフェの軒先に、かすかな人影があった。

     見間違いかとまばたきを繰り返す。だが、雨の中に佇む細身のシルエットは、どう見ても――

    「太宰……っ」

     駆け寄った檀の声に、影はびくりと身を縮めた。

     だが次の瞬間、振り返ったその顔は、間違いなく太宰治のものだった。

     檀は言葉を失った。痩せた頬、色を失った唇、目の下の深い隈。まるで何日も何も食べていないような、壊れた人形のようだった。

    「……どうして、ここが」

     太宰の声はかすれていた。

    「そんなの、探して当然だろ……っ!」

     檀は腕を掴んで、全力で抱きしめた。びしょ濡れの身体がぶつかり合って、しぶきが跳ねる。

    「お前がいなくなったら、俺、どうすればいいかわからねえよ」

     太宰は少しの間、黙っていた。けれどやがて、力なく笑った。

    「……檀、俺、檀に言われた言葉、まだ忘れてないよ」

    「……」

    「『そんな風に生きてて恥ずかしくねえのかよ』って、あれ」

     言った。

     あの日、太宰が自身のことを、ひどく自嘲していた時だった。無責任な発言ばかりする太宰に、檀はついに怒鳴った。

     悔いていた。あんな言葉、言いたくて言ったんじゃない。

     太宰はかすかに肩を震わせた。

    「言われた瞬間に、ああ、俺の居場所、もうないんだなって思った。そっか、檀も、俺にうんざりしたんだなって」

    「違う!」

     檀は叫んだ。

    「違うんだよ……あんな言葉、言うつもりじゃなかったんだ。太宰が、自分を捨てるみたいに笑うのが、どうしても許せなくて……っ」

    「……」

    「お前がどうしようもなくても、情けなくても、俺は……ずっと一緒にいたいって思ってた。だから怒鳴ったんだ。お前を嫌いになったからじゃない。むしろ、逆だよ」

     太宰は静かに息を吐いた。

     雨音だけが、二人の間を流れる。

     檀の腕の中で、太宰が小さく頷いたのがわかった。

    「……ごめんね、檀。俺、また、逃げた」

    「いいよ。何度でも捕まえてやるよ。俺はしつこいんだ」

     その夜、ふたりは雨の中、肩を寄せ合って帰った。

     あの喧嘩の日が、二人の絆を壊すのではなく、深めるものになったことを、きっと後になってから理解することになるのだろう。





     檀の部屋に戻ってきた頃には、ふたりともすっかり冷えきっていた。

     檀が慌てて湯を沸かしている間、太宰は黙ってソファに座っていた。肩を丸めて、両手を膝に置いて、ただじっとしていた。

    「ほら、これ飲め。砂糖入れすぎたかもしれんけど……」

     マグカップを差し出すと、太宰は少し迷った後、受け取った。

     ひとくち、口をつける。

    「……あまい」

    「だろうな。俺がいま、甘いもんの味しかしなくてもいいくらい、甘くなりたい気分なんだよ」

     檀は乾いたタオルを持ってきて、太宰の頭を雑に拭きはじめた。

    「ちょっ……やめてくれない? 髪がぐちゃぐちゃになる」

    「うるせえ。お前がまた倒れたら、俺の胃に穴が開くわ」

     そう言いつつも、手つきは案外やさしかった。

     太宰は目を伏せたまま、ぼそりとつぶやいた。

    「……檀、ほんとは俺のこと、重たいって思ってるんじゃない?」

    「は?」

    「だって俺、いっつも面倒なことばっかり言ってるし……人を困らせるし……」

     その言葉を聞いて、檀は思わず太宰の髪をくしゃくしゃにした。

    「当たり前だろ」

    「……え?」

    「面倒だし、困らせるし、重いに決まってんだろ。でも、だからなんだよ。お前の全部が俺にとって、いっこも無駄じゃないんだよ。そういうことだよ、バカ」

     太宰はぽかんとした顔をしていた。

     そして、ふいに噴き出した。

    「……なんだよそれ。恋人みたいじゃないか」

    「は? 今さら?」

     檀は言ってから、あっ、と口を押さえた。

     太宰は目を細めて、カップの縁に口をつけた。

    「……じゃあ、そういうことにしてもいい?」

     檀は頷いた。何も言わず、ただ、頷いた。

     そうしてふたりは、湯気の立つ部屋で、雨の音が遠のいていくのを静かに聞いていた。

     傷つけてしまったことも、逃げたことも、もうすべて過去になる。

     夜はもうすぐ明ける。

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