「……で、結局また、黙って出てったんだな」
檀の声は低く、怒っているというより、呆れていた。
太宰は玄関に立ったまま、濡れたコートの袖を絞りながら、黙って目を伏せていた。
「なにか言えよ」
「……別に、大したことじゃないと思ったんだ」
「お前が“大したことじゃない”って思うこと、だいたい俺にとっては心臓に悪い」
「だって、ほんとにちょっと歩きたかっただけなんだよ。窮屈で、どうしようもなくて」
「俺といるのが、窮屈ってことか?」
太宰がはっとして、顔を上げる。
檀はまっすぐに太宰を見ていた。
その目が、怒りじゃなくて、哀しみを滲ませていたから、余計に胸が痛んだ。
「違う、違うよ。お前といるのが苦しいんじゃない。ただ、自分が自分を閉じ込めた檻の中で、勝手に暴れてただけで……」
「でも、そのたびに俺を置いてくな」
太宰はぐっと口をつぐむ。
檀はゆっくり息をついて、タオルを一枚、太宰の肩に掛けた。
「お前がいなくなった時、俺は全部最悪の方向に考える。お前はそういう人間だから」
「……うん。ごめん」
「怒ってるけど、嫌いにはならない。でも、何度もやられるとさすがに疲れる」
太宰はタオルを握りしめて、かすかに笑った。
「じゃあ、今度からは……逃げる時は一緒に連れてくね」
「逃げるなよ」
「じゃあ……お前の腕の中だけに逃げるようにする」
檀は何も言わず、太宰の頭に手をのせた。
濡れた髪を、静かになでる。
「腹立つくらい甘え上手だよ、お前」
「知ってる。でも、お前しか甘えられないんだ」
「……ずるいな」
「お前もね」