お姉ちゃんの矜恃。 今にも泣き出すのでは無いかと思える雲の下。
デュナンの古城の塔の上、少女は1人下を見ていた。
門を出立するのは軍主カインの率いた中隊、いつもなら その側にいつも一緒に隣を歩んでいたはずなのに、今日は留守居を言い渡された。
「なんでよ…ずっと一緒だったのに…」
くちびるを噛み締めれば、腹の痛みか僅かにかみきってしまった口の痛みのせいなのか、ポロリ と一筋零れる涙。
何をするのも一緒だった。
どこへ行くのも一緒だった。
背比べだって鍛錬だってかけっこだって、ずっとずっと負けた事なんてなかったのに。
けれど
いつの間にか少し目線が変わった。
ジョウイと離れ、この古い城にやってきてから 私とカインの間には、なんだかわかんないけど…距離を感じていた。
あんなに重い扉を あんなに固い瓶の蓋を いつ開けられる様になったんだろう?
だから置いて行かれたのかな?
私じゃ もう隣を歩けないのかなあ…ぐるぐる頭は回らないしお腹も痛い、置いて行かれるのってなんて苦しいんだろう。
カイン達の背中はもう見えないくらいに遠くに見えた。
「アレナナミちゃんやだちょっと大丈夫」
カイン達を塔の上から見送って、なんだか目は回るしお腹も痛いしでしゃがみこんでいたら テンガアールさんの声がした。
「アップルちゃん、シーナ君呼んできて大急ぎよ」
パタパタと階段をかけおりる音がする。
ああ、アップルちゃんとお昼ご飯しようってお話してたんだった。探しに来てくれたのかな…悪い事しちゃった。
「顔色悪いね、熱は無さそうだけど」
「あはは、お腹痛くってさあ。なんだっけホウアン先生がこないだ言ってた…」
ああ、とテンガアールさんは何か気がついた様な顔をして、優しく頭を撫でてくれた。
「そっか、大丈夫よ。皆いるから」
ぎゅうと抱きしめられると 我慢していた涙がまた止まらなくなってくる。
「私ね、カイン置いて行かれちゃった…お姉ちゃんなのにっ!いっつも一緒にいたのに、ずっと一緒に居たいのに 置いて行かれちゃった。私、私っ」
涙が全然止まらない、止めなきゃって思うのに 悲しくて寂しくて悔しくて。
テンガアールさんは私の背中を優しく撫でながら 少し困った様な顔で お話をしてくれた。
「ぼくもね、ヒックスと小さな時からずーっと一緒だったから ちょっとナナミちゃんの今の気持ち わかるんだ」
少し照れくさそうに、少し遠くを見るように テンガアールさんは笑っていた。
「男の子ってさあ、いっつも気がついたら どんどん先行っちゃうよねー。ヒックスもそうだったよ いつの間にかぼくよりずっと背も伸びて、力だってもう敵わない。でもさ、ちゃんとナナミちゃんの所に帰って来てくれるでしょ?カイン君」
帰って 来る。
うん、カインはいつだって帰って来てくれた。
ハイランドであんな事になって、ジョウイと2人で逃げちゃった方が安全だったのに。それでも、うんそれでも私とゲンカクじいちゃんに会いに帰って来てくれた。
「だから 帰ってきたらおかえりっていっぱい言ってあげたらいいんだよ。君の居場所はここだよって」
けれど
護りたかったなあ ずっと
護ってあげたかったんだ、本音はそばにいてあげたかった。誰でもない、私が。
だって
「わたしお姉ちゃんなのに…」
小さなカインは泣き虫で、しょっちゅうころんで泣いて、じいちゃんの稽古でもよく泣いて抱っこで泣き止むのを待ってたのに。
けれど。
いつからだっただろう
カインが涙を堪える様になったのは
くちびるをぎゅっと噛み締め 涙を耐えるようになったのは。
もう、私はいらなくなった
お姉ちゃん嫌いになっちゃった
口元がふるふる震え、情けない声と涙がまた戻って来る。お腹は相変わらずぎゅうぎゅうと痛みを訴え涙の後押しをしてくるし、背を撫でるテンガアールさんの手がほんとに暖かくて優しくて、私は小さな子供みたいにいっぱい泣いていた。
「ナナミちゃん大丈夫ごめんねこの馬鹿捕まらなくって」
蹴り破ってるのかと思う勢いで、汗びっしょりで息を切らせたアップルちゃんが、シーナ君の腕を引きずって飛び込んで来た。
「馬鹿は酷いだろ 仕事してただけじゃん」
「誰がトランの書類仕事を人の部屋でしてると思っうのよ 馬鹿」
いつもの聞き慣れた軽口の応酬をしながら シーナ君はまるで壊れ物でも抱き上げる様に 私をそっと抱き上げ アップルちゃんは その私を持っていた柔らかい毛布で包んでくれた。
「で何処に運ぶんだ医務室」
「ううん、ぼくの部屋で。あんまり人来ない方がいいでしょ今日はヒックスも行軍に同行してるし」
テンガアールさんの声が少し遠くなる、お日様の香りの毛布と柔らかい振動で、小さな頃にゲンカクじいちゃんに抱っこして貰ってた頃を思い出し ゆっくりと意識が沈んで行った。
言えるかな
ちゃんと言えるかな私
おかえりって、カインが帰ってきたら 笑って言えるかないつもみたいに…言えたら 言わなきゃ ね。
だって私は、カインのお姉ちゃんなんだか ら。