でんでん太鼓どうして彼にでんでん太鼓を贈ったのか。
降りしきる雪の中、惜しげもなく笑顔をこちらに与える彼に、自分が与えられるものが他に何も持っていなかったからだ。
それでも彼はでんでん太鼓をじっと見つめると嬉しそうにこちらに笑いかけてくれた。
その笑顔によくわからない胸の軋みを感じて、ひどく慌てた。
とっさに何も言葉が浮かばず、身を翻すとその場を駆け出してしまった。
雪の街中を走ってはいけないと、強く叔父に窘められていたのに、彼は走って探し人を見つけた。
「兄上」
兄の藍 曦臣は彼の姿を見つけると、ほっとしたようにこちらにやってきた。
「忘機、何処に行っていたんだい」
彼は兄の差し出された手を強く引いた。
「こちらへ」
「何かあったのかい、忘機」
ゆっくりとした足取りの兄に気を急いて、彼は元来た道を歩む。
「子供がいたのです」
「子供?」
言葉足らずな弟の意を汲み取ろうと、藍 曦臣は思案しながら尋ねる。
「一人だったのかい?」
「独りでした」
こくりと頷く。
「連れて帰ります」
弟の言葉に少し困惑したが、そうだねと頷いた。
「確かに、この雪の中で子供一人では死んでしまう。保護したほうがいいだろう」
「うん」
兄の同意を得られて、少し明るく返事を返すと、目的地はすぐそこだった。
しかし、元居たそこに子供の姿は何処にも無かった。
「本当にここで見たのかい?」
兄に問われても彼は頷くこともなく辺りをきょろきょろ見回していたが、その陰すら見つけられなかった。
代わりのように、彼が遊んでいた藁人形だけを残して。
他人には気づかれにくい些細な表情の変化であるが、明らかにしょんぼりしている弟の頭を撫でつけ、藍曦臣はなだめるように言った。
「きっと親御さんが、迎えに来たんだよ」
「迎えに…」
迎えに来たかったのは自分だと、言えば兄を困惑させるだろうと。彼はその続きを言葉にすることはなかった。
でんでん太鼓を受け取った子供の笑顔を思い出す。
やっぱり胸が軋んで、苦しくなる。
「帰ろう、忘機。叔父上が待っているよ」
手を引く兄にひかれるままに彼は歩みを進める。
軋んだ痛みを繰り返しながら。
(完)