上手く言えなくて「これ、ココにやる」
スウェットのポケットから握ったものを九井の手のひらに持たせる。一方的に押し付けるように渡され、不思議そうに首を傾げていた九井は僅かな重みに目を落とした。
「え、何これ。イヌピーどっから持って帰ってきたんだ?」
じゃら、と小さく音を立てたのは丸く連なったパワーストーンだった。複数の石が連なってひとつの輪っかになったブレスレットはシンプルな色で統一感のある洒落たものだ。
単純に、乾がこの手のものに詳しいとは思わない。トランプ占いやスピリチュアルも興味がない。そういうものにつき合わせる時は大抵、面倒くさそうな顔で適当な返事しかしないのだから話しがいがない。そんな乾がパワーストーンを持っている、というのは九井にとって不思議なことだった。
なんとも微妙な反応に乾は不貞腐れたように視線をそらした。
「この前ツーリング行った時、中華街の店で買った」
「へぇ……イヌピーが?」
「そうだ」
「パワーストーンを?」
疑う物言いに乾は九井の手に乗せたブレスレットを取り上げる。
「いらねぇなら返してくる」
「は?」
「来月また横浜行くし、レシート取ってるし」
乾は九井に背中を向けた。
花垣に誘われて東卍のメンツで行った中華街。街中にはカップルがわんさかいて、男だけで肉まんを食べるために来た不良など乾たち以外にいない。
目的の肉まんを買ってぶらぶら歩いていると、まばゆい景色が次々と通り過ぎる。パンダのぬいぐるみで客を寄せ付けている土産屋に、怪しい雰囲気の占いの館、食べ歩きに適した屋台や写真館まである。
花垣が彼女にお土産を買うと張り切って入った店に、パワーストーンがあった。
石だけがボウルに入れられているものもあれば、ネックレスやブレスレットになっているものもある。
魔除け、恋愛運、金運、浄化──
何がなんだかよく分からないが、九井はこういうものが好きだ。そういやもうすぐ誕生日だし、土産になにかひとつ買って帰ろうと思った。
パワーストーンの前で突っ立っていると店員が声をかけて来て、友達へのプレゼントだと伝えると誕生日を聞かれた。
何がいいのか分からないのなら誕生石にすればいいという店員の案に乗り『あらゆる物事を浄化するクォーツ』というパワーストーンで出来たブレスレットを買った。
透明で、美しい形状のブレスレットは確かに胸の中にある暗くて重いものを消し去ってしまうような気がした。
こっそり買ったつもりだったが、パワーストーンなどらしくない買い物はすぐに花垣たちにバレてしまった。
九井への土産だと言っても、ただの友人へのプレゼントとは違った意味を含みながら茶化してきて、恥ずかしくてたまらなかった。
でも、九井が喜んでくれるならいいかな。と思うくらいには平気でもあった。
「いや、別にいらねぇって訳じゃねぇけどさ」
「……」
「いっつも石ころ扱いするイヌピーがパワーストーンなんて買うとか思ってなかっただけ」
「ココが来れなかったから土産だ」
「そっか」
「それと……誕生日も」
そう付け加えると、九井はハッとした表情で目を合わせる。自分の誕生日なのに忘れていたのだろうか。その視線にほんの少し、泣きたい気分になった。
「いや……やっぱり返してくる」
らしくないことなどしない方がいい。
九井が素直に喜ぶとは思わなかったけど、いつもみたいに楽しそうに石ころの説明くらいは話すと思っていた。
楽しそうに話している九井を見るのはすごく好きだ。でも自分の思いつきで、思い通りの反応をしてくれなかったからと言って気持ちを押し付けるのは良くない。失敗したかな、と思うと胸が痛い。
今、自分がどんな顔をしているかも分からない。見られたくなくてアジトから逃げようと思った。1日くらい帰らなくてもどうってことないだろう。しばらく経って気持ちが落ち着いたらふらっと帰って来ればいいし。
すぐに逃げたくて、言い訳で頭の中を埋めていく。
離れようと少しずつ出入口のドアに近付いていくが、ぐいっと腕を引かれて、振り返ると九井が眉に皺を寄せていた。
「おい、イヌピー!」
怒っている──いや、それだけじゃないようだ。
「何回も呼んでんのに無視すんな!」
「悪い」
「つか何で返すんだよ!」
「え……」
「だからソレ! オレにくれるんじゃなかったのかって言ってんの!」
乾が握った手のひらを開くと九井のために買ったブレスレットが現れる。透明で綺麗にまんまるに整えられたパワーストーンが連なったブレスレット。
本当はいつも気を張っている九井を少しでも守って欲しくて買ったプレゼント。一生懸命選んだものだ。
「なんだよ。もう気が変わったってか?」
「……」
「ほら貸せ! せっかくだから付けてやるよ」
べっと舌を出して見せる。九井はするりと細い腕にブレスレットを通し、満足そうに見せつけてきた。
「いいじゃん。キレー」
満足そうに見詰める視線が、さっきまでの曇った気持ちをゆっくり溶かしていく。
その視線を乾は知っていた。
九井が好きな人を眺める視線。優しくて、温かくて、柔らかい気持ちで包み込まれているみたいで、胸がキュッと掴まれる。
言葉では伝わらないけど、ちゃんと分かり合える視線だ。
「イヌピー、こういうの興味ないくせにセンスあるよな」
「まあな」
「まあなって……さっきまで不貞腐れてたくせに」
「さぁ、どうだっけ」
「誤魔化してんじゃねぇよ」
くくく、と九井の笑い声が聞こえて、つられてふっと笑ってしまった。
今日の空はやけに青く、呑気に雲がふわふわ浮いている。生暖かい風が春の訪れを報せ、またひとつ大人になった。
そんな特別な日にまた隣にいることが出来たから、日に日に募る愛おしさに、たまには目を向けて欲しい。
ブレスレットを付けた手首を掴み指を絡める。急に触れたことに驚いて目を大きくした九井は2人で夢を追いかけたあの日のようにあどけなく、愛おしかった。
「ココ、誕生日おめでとう」
生まれて来てくれて、出会ってくれて、一緒にいてくれてありがとう。これからの未来もずっと側にいられたら、また同じように生きていることに感謝しよう。
そして一歩ずつ、前へ2人で進んで行きたい。
おわり