とある名無しのあれこれ・しぶの「続 とあるアルファの献身」の番外編
・全て「名無しのモブ一人称」視点
・捏造しかない
・モブから見たごゆが書きたかっただけ
*
※捏造後輩注意
とある後輩の推察
この学校には二人、有名人がいる。
一人は言わずもがな。この業界で知らない奴などいない、五条悟。今の僕の担任だ。正確に言えば一、二年生の担任で、これに関しては何故か学長から謝罪を受けた。どうやら本来は一年のみの担任だが、五条先生が無理を通して二年も担任をしているらしい。これはおそらく、もう一人の有名人が関係している。
その人の名は虎杖悠仁。至って普通の一般人だったらしいが、昨年宿儺の指を食べて器となり、この世界にきたという。現在二年で、僕の一つ上だ。五条先生は彼の後見人だという話だし、監視もあって担任なのだろう。
宿儺といえばこの業界でも有名な呪いであり、その器である虎杖先輩を敬遠する人は多い。今年の大型連休前後で高専関係者や上層部から結構な数の人間がいなくなったが、それもこの先輩の影響だという噂だ。
おかげで今年の東京校の一年は僕一人だし、入学時期も色々あって5月半ばになった。ちなみに京都校の新入生はなんと五人もいるらしい。一人くらい来いよ!と最初に聞いた時は叫んだ。入学から半月過ぎた今はもう、どうでもいいけど。
今はそれより、この「先輩」から一本取りたかったーーのだけれど。
「ッ!」
「おっいい反応じゃん」
死角から繰り出された脚を上体を逸らして避ける。カウンターでこちらも回し蹴りを繰り出したが、それは当然のように避けられたため、一度距離を取る。
「そうそう、距離感大事!でも、っと」
「うわっ!」
一気に間合いを詰められたかと思えば腕を掴まれて投げ飛ばされた。空中で何とか受け身の体勢に切り替えたものの、「ぐえ」と間抜けにも地面に叩きつけられる。完敗だった。
「強すぎですよ…虎杖先輩」
地面に伸びたまま恨めしげに見上げれば、宿儺の器とも呼ばれる先輩は、しかしその呼び名に似合わない、実に人好きしそうな顔で笑った。
「あんがと。でも俺はまだまだだと思うぜ。術式とかもまだ使いこなせねえし」
「素でここまで強いなら十分じゃないですか」
「全然。だって五条先生から未だに一本取れてねえからな、俺」
「いやそれ先輩に限らず全人類に無理だと思いますけど……」
そもそもあの最強の五条悟から一本取ろうと思う奴がどれほどいるか。そう考えて、ふとあの話を思い出した。
「そういえば先輩は知ってます?五条先生の番のこと」
「………センセイの、ツガイ?」
若干片言気味に話す先輩に首を傾げつつ、身体を起こす。改めて見た先輩の顔はやはりどこか引き攣っていた。
「やっぱり何かあるんですか?」
「……やっぱりって?」
「高専関係者らしいんですけど誰かは知らないんで、前に釘崎先輩と伏黒先輩に聞いたらすっごい怖い顔で『その話はするな』って言われて…」
「あー……」
「家入先生には『知らない方がいい』って言われたんですけど、気になって」
「……ちなみになんで気になるん?」
「え、だってあの五条先生の番ですよ?しかも聞いた噂じゃベタ惚れで、先生が頑張って口説き落としてようやく番になったって。僕はベータなのであまり番のことは分かりませんけど、アルファがオメガにそこまで入れ込むのってあんまり聞かないじゃないですか。しかも五条先生ってオメガ嫌いで有名ですし。でもそんな五条先生がベタ惚れするほどの番……見たくないですか!?」
興奮したまま詰め寄ると、先輩は目を泳がせた。
「や、見たくない……かな」
「………先輩。なんか隠してません?」
「ぅえ!?……べ、別に?」
嘘だ。前から思っていたが、虎杖先輩は嘘をつくのが下手だ。いや、多分あまりそういったことをしてこなかったのだろう。それは先輩の美点でもあり、人として凄く好ましいけれど、同じ業界に身を置く人間としては少し心配だった。その点は伏黒先輩なども同じらしく、「あの人がつけ上がるからもう少し何とかしろ」と言っていた。
そういえばあの人って誰のことだろう。いや、今はそっちではなくて。
「先輩、先生の番と会ったことあるんですね」
「………なくは、ない」
「なんですかその煮え切らない返事。先輩らしくないですよ」
「いや……うぅん…」
先輩は腕を組んだかと思うと「どうする?いやでもな、下手に誰かから聞くよりはマシか?ううん…」とブツブツ言いながら悩み出した。
やはり先生の番について何か知っているのだ。
更に問い詰めようとして、しかしその前に横槍が入った。
「な〜にしてんの?」
「っわ、五条先生!?」
虎杖先輩の背後から現れたのは渦中の人、五条先生だった。
「お疲れ様です」
「おつかれサマンサ〜!…で、二人は稽古?」
「はい。虎杖先輩にみてもらってました」
「へえ、そう。悠仁が後輩の手合わせかあ……大きくなったねえ」
「いや親戚のおっちゃんかよ!」
「そこはお兄さんにしてよ悠仁ィ」
また始まった。五条先生と虎杖先輩が揃うと大抵こうして賑やかになる。入学当初は驚いたけれど、今となっては慣れたものだ。
伏黒先輩には「あいつらに関してはまともに考えるだけ無駄だ。適当に流せ」と言われたし、釘崎先輩に至っては「無視しとけ」の一言だった。
まあ確かに、何を見させられているんだろうと思うことは多々あるけれど。
一通りやり取りし終わったのか、五条先生が「ところで何の話してたの?」と聞いてきた。
「悠仁がウンウン唸ってたみたいだったから気になったんだけど」
「や、別になにも、」
「五条先生の番の話をしていました」
「僕の番?」
「はい。噂で聞いて気になったので、虎杖先輩なら知っているかと思って聞いていたんです」
「へぇ…僕の番の話を、悠仁にねえ」
「………」
無言を貫く先輩に対し、五条先生はにっこりと笑った。
「で、悠仁は何て答えたの?」
「それが何かいつもと違って煮え切らないというか、はっきり言ってくれなくて」
「へええ〜ふぅ〜ん」
「……五条先生」
楽しげな五条先生を咎めるように先輩は睨む。が、勿論人類最強にそれが通じるわけもなく。
「ねえ悠仁。折角だからさあ、可愛い後輩に教えてあげたら?僕の番のこと」
「っ、先生!やめろって!」
「…先輩?」
虎杖先輩にしては珍しく拒否が激しい。顔はほんのり赤いし、そんなに話したくないのだろうか。
「えーじゃあいいよ。悠仁が教えないなら僕が教えてあげる」
「はあ!?」
「えっいいんですか?」
「いいよ〜今じゃすっかりだーれも僕の番の話を聞いてくれないし!」
まあそれは、他の先輩達の反応からしてもそうだろう。もしかすると虎杖先輩もそうなのかもしれない。
なら、本人の五条先生に聞くのが一番だと思い、僕は傾聴姿勢に入った。
「僕の番はねえ、珍しい男のオメガなんだけど、性格は明るくてサッパリしてて、言動は男前で、でも時々すんごい可愛いことすんの。ギャップってやつ。僕も散々振り回されてきたんだけど、大好きから全部許しちゃう」
「先生、噂通りのベタ惚れなんですね」
「まあね、愛してやまないよ〜。この前もさ、久々に二人ともオフだったからデートしたんだけどすっごく喜んでくれてね、どこ行ってもニコニコしてて可愛かったよ。ただねえ、僕の番ったら愛想が良すぎるっていうか、人の気も知らないで色んな奴と仲良くしちゃってさ。ほんっと、人たらしなんだよね」
「へえ、何だか虎杖先輩みたいですね」
「っ、ぶは!っ…げほっ、けほっ…」
高専で人たらしといえば、と思ってそう言ったのだが、当の先輩は急に咳き込んでそのまましゃがみこんでしまった。
「先輩大丈夫ですか?」
虎杖先輩は片手を上げて「大丈夫」と示すが、顔は上がらない。
どうしたのかと思った矢先、先輩の首に黒い何かが見えた。普段は赤いフードに隠れているそこをぐるりと囲むのはーーネックガードだ。
ならばこの人はオメガなのか。こんなに強いのに。いやオメガの中にも優秀な人は大勢いるけれど。
そしてふと思い出す。男のオメガがとても珍しいこと。高専内にはフリーのオメガはいないと言われたこと。そして、五条先生の話した「番」のこと。
「あー……」
なるほどそういうことか。そりゃこんな反応するよな。
先輩には悪いことをしてしまった。いや悪気があったわけでもわざとでもないけれど。
かける言葉に迷って五条先生を見上げると、先生はにっこりと唇を緩ませた。
「可愛いでしょ?僕の番」
甘い言い方だがそれはどこか牽制のようなものを含んでいて。僕はこの場にいない先輩達の忠告を守っておけばよかったと後悔した。
「何かすみません、先輩」
「いや……俺も、何かごめんな」
「あ、でも面白いので今度また話聞かせてくださいね」
「……お前も大概ミーハーだよな」
END
*
※捏造五条家使用人注意
※方言はふわ〜っとで!
とある板前の災難
御当主様が正月に番のオメガと共に本家へ戻ってくる。それを聞かされた時の使用人達の阿鼻叫喚ぶりは、もう凄かった。
爪の先ひとつ、御当主様の意向にそぐわぬ事は出来ない。皆思いは一つだった。
それもこれも今年の春に御当主様が「春の五条家一掃セール」と称し、五条家の使用人の約半数に暇を出したからだ。中には古株もいたが、ただ一つの制約を誓えないものは例外なく処されたらしい。
らしい、というのは、俺はそのセール後に入った人間だからだ。呪いやら五条家の立ち位置等は知っているが、あまり詳しくはない。俺を含めて板場の人間全員を引っ張ってきたのは、同じタイミングでここに勤めることになった親方なのだ。
聞けば大昔、それこそまだ見習いの頃に親方はここで働いていたらしい。その後、当時の責任者と揉めたため辞めさせられたが、今回御当主様直々に声が掛かったという。
その親方を通じ、俺はここでの最優先事項を知った。
御当主様の番に対し、害を成したり気分を悪くするような言動を一切しない。
当たり前に思えるこの約束事を守れないという人間は意外と多かった。それは御当主様の番が男のオメガであり、その身に呪いの王なるものを宿しているからだった。
「男のオメガなぞ悍ましい」
「あの両面宿儺を受肉したならばもはやそれは呪いそのもの」
「御当主様にはもっと相応しいお相手がいます」
そう口々に言う面々を、御当主様は切って捨てた。それはもう、今にも殺されると側で見て思うほどだった、らしい。これらは全て「ここだけの話ね」と教えてくれた配膳係からの情報だ。
そんなことがあったため、五条家の使用人達は当の「御当主様の番」に対して敏感だった。
俺の職場である板場で気を揉んだのは正月の祝いの席での献立決めの時だった。
「で、結局その番さんは何が好きやねん。向こうに聞いたんやろ?」
「いやそれが『丼もの』と『麺類』だそうで」
「新春会席料理で丼て…」
頭を抱えた俺に代わり、親方が「嫌いなもんは?」と聞いた。伝令も兼ねる配膳係は神妙に言った。「特になし」と。
「どないします?」
「とりあえず、御当主様の好みに合わせよか」
親方により無難な案が提案され、そこから食材の調達やら味付けの方向性やらで右往左往した。何せ御当主様の舌は肥えているらしいのだ。
そして気がつけば正月を迎え、問題の料理も無事最後の甘味まで出し終えた。
配膳係の話では、どうやら例の番さんは出したものを全て綺麗に平らげたらしい。「すっごく良い子だった!」との感想はともかく、首がつながったことに板場一同ほっとしたのは言うまでもなかった。
片付けも終わったところでようやく賄いにありつけた。番さんのメニューの考案もあり、今日の賄いは丼ものだった。出汁をたっぷり含んだ揚げを卵でとじた、衣笠丼だ。
さて器にご飯を装うかといったところで調理場のドアが開いた。
現れたのはピンク色の髪をした若い男だった。
「うわっ、すんません!間違えました!」
慌てた様子でドアは閉まる。が、すぐにもう一度開いた。
「あのー、ここって台所っすか?」
「はあ、まあ板場なんでもうちょい規模は大きいけど。お客さんですか?」
「や、客ではない…です、多分」
「あぁ、誰かの付き添い?」
今日は新年の集まりで、分家筋やら懇意にしている家からも客が来ている。きっと親か祖父母あたりの連れなのだろう。
ピンク君は頷くと、「ちょっと散歩しようと思ったら迷っちゃって」と恥ずかしそうに頬をかいた。気持ちはよく分かる。この無駄に広い屋敷を一度で覚えるのは至難の技だ。
親方に広間まで送ってやれと言われて腰を上げると、ピンク君の視線が鍋に注がれているのに気がついた。
「もしかして、腹減ってる?」
「あ……いや、」
ピンク君の否定に重なり、豪快な腹の音が鳴った。発生源は勿論ピンク君の腹だ。
「料理、口に合わんかったか?」
「や、食べまし、あっ、いただきました!どれもむっちゃ美味しかったです!特に鍋!あんな美味い出汁初めて食った!」
思わぬ賛辞に口元が緩む。その出汁取ったの俺だよ、と言いたいのをぐっと我慢し、大人ぶって微笑んでおいた。
「けどその腹の鳴り具合からしたら足りひんかったんやろ」
「あー…その、ああいうのを食べ慣れてないからいつの間にか終わってて……」
「まあ若いしな。兄ちゃん、賄いでよかったら食うか?」
「えっいいんすか!?」
親方の提案にピンク君はパァッと喜ぶ。派手な髪と鋭い目つきに似合わず人懐っこいそのピンク君を俺は中へと招き入れた。
丼に白飯を盛り付け、上に具をのせる。人数が一人増えたが、そのくらいは許容範囲だ。
「うわあ…美味そう」
端っこに座るピンク君は出された丼を前にニコニコと笑う。
親方がどうぞと促せば、ピンク君は景気良くパァンと手を打った。「いただきます!」と元気に挨拶をして一口。
「うんま!なんだろこれ、お揚げ?うまっ!」
パクパクと大きな口に吸い込まれていく様は見ていて気持ちが良い。
「兄ちゃん、ええ食べっぷりやな。今いくつや」
「いま十六っす」
「若いなあ」
「まだ学生さんか」
「そら会席では足らんわな」
口々に言う一同に、ピンク君は照れたように笑った。
「料理は勿論美味かったんすけど、俺にはやっぱりこういうのが性に合うっていうか……丼好きだし、よく作ってたんで」
「作る?若いのに、自分でか?」
「俺、小さい時から爺ちゃんと二人きりで、だからどうしても男の料理!みたいなのが多かったんすよ。丼だと楽だし、腹もいっぱいになるから」
なるほどと思うと同時に祖父と二人きりという家庭環境に言葉が出てこない。黙ってしまった俺達を気にせず、ピンク君は続けた。
「うちの爺ちゃん、すっげぇ頑固で味にも煩かったんすけど、俺が作ったもんはいつも全部食べてくれて……ガキの頃とか下手だったし、不味かったのもあったのに」
おいおいやめてくれ、涙腺にくるだろうそんな話。
昔を懐かしむようなピンク君の顔に、俺達はグッと眉間に皺を寄せる。唯一表情の変わらない親方が「ええお祖父さんやな」と言った。
「へへ、ほんっとに頑固で大変だったんですけどね。でもおかげで色々作れるようになりました!」
それは多分お祖父さんがピンク君が一人になっても困らないように色々やらせたんじゃないか。なんやそれやばいな、ええ話やん。
「今もよう作るんか?」
「そこそこっすね。今よく作る相手が忙しい人なんで、なるべくちゃんと栄養あるもの食べて欲しくて。目を離すとすぐ甘いもんばっか食べるし」
甘いもの、と言われて御当主様が浮かぶ。あの人も甘味が好きだと聞いていた。だから今日の献立も甘味は一品多くしたのだ。
「ただあの人舌が肥えてるから、俺が作ったもんで本当に大丈夫か分かんないんすよね」
「兄ちゃんが愛情込めて作ったもんなら何でも美味い美味い言うて食べはるやろ」
「あはは、それよく言われます」
苦く笑うピンク君の目は優しい。その相手のことが好きなのがよく伝わってきた。「この子はええ子や」と思ったのは俺だけではないようで、全員親戚のおやじのような顔をしていた。
話の片手間にあっという間に食べ終え、ピンク君はパチンと手を打った。
「ご馳走様でした。めっちゃうまかったっす!」
「そりゃよかったわ」
「入ってたのって油揚げですか?すっげえ出汁染みててじゅわあってして美味しかったなあ。でも卵でとじてるの初めて見たかも」
「ああ、関東やと馴染みないか。衣笠丼ていうんやけど」
「へえ…今度作ってみよっかな」
出来るかなと考え込むピンク君に、つい「ほなレシピ後で送ったろか」と言ってしまった。
ピンク君は「マジすか、あざす!」と破顔すると、ポケットから紙切れとペンを取り出した。さらさらとそこに番号を綴ると、「よろしくお願いしゃす!」と礼と共にそれを渡してきた。なんというか、コミュ力の塊のような子だ。
ふと貰った紙をひっくり返すとそこには蚯蚓が這ったような文字が並んでいた。殆ど一般人の俺でも知っている。これは呪符だ。
「待て待て兄ちゃん、これに書いてもよかったんか?呪符やろこれ」
「あーそれ失敗作で、うまく呪力を込められなかったんで、大丈夫っす」
「大丈夫って……」
というより、その言い方だとまるでその呪符を書いたのは自分だと言っていないか。ならこの男も呪術師なのか。ただの子供だと思っていたが、そうではないのか。
「なあ、兄ちゃんは、」
「みいつけた」
音もなく現れたのは白い髪に背の高い、和服姿の男。室内だというのにサングラスをかけた、一見すると怪しいこの人はーーー。
「ごっ、御当主様!?」
「どうしてこんなところに…!?」
直接会ったことはなくとも噂でその容姿は聞いている。「一度見たらぜっっったい忘れられないわよ」とは例の配膳係の話だ。実際、これは絶対に忘れられそうにない。
御当主様は俺達の戸惑いを無視し、何とピンク君のそばに来るとその腕を掴んだ。
「悠仁、そろそろ部屋に戻るよ」
「もう用は済んだの?」
「うん。というか終わらせてきた」
「それ大丈夫なん?」
「平気平気。アイツらどうでもいい話しかしないし、真面目に聞くだけ無駄だもん」
ピンク君はいいんかなあと言いつつ立ち上がる。
「ご馳走様でした、あとお邪魔しました!」
ドアの前で一礼して元気に挨拶したピンク君のすぐ隣で、御当主様がニッコリと笑った。
「僕の番が世話になったね」
番。僕の番。世話になった……ピンク君?
「うせやん」
「阿呆」
パシンッと隣の同僚に叩かれる。だがそいつも俺と同じような顔をしていた。
んなアホな、嘘やろ、という顔だ。
しかし本当にピンク君は噂の番らしく、御当主様に腰を抱かれても何も言わない。それが当たり前のように受け入れていた。
「あ、そうそう。ソレ、用が済んだら消しておいてね」
御当主様が指差したのは俺が持っている呪符もどきで、用が済んだら、というのはレシピのことか。ひとまずこくこくと猿の玩具のように頷くと、御当主様はそれ以上何も言わなかった。
「行くよ、悠仁」
「ん」
御当主様に促されて先にピンク君が出て行く。まさか君があの噂の番さんやったなんて。世の中分からんなあとしみじみ思った。
「坊(ぼん)」
扉が閉まる前、御当主様の背に親方が呼び掛けた。御当主様はひとつ息を吐き、「今ここでその呼び方をするのはお前くらいだよ」と言いながら振り返った。
「なに」
「ええ人見つけはりましたな」
御当主様は目を見開き、それから。
「だろ?」
ニヤッと笑った顔は、先程までの澄ました様子とは全く違い、ヤンチャな子供のようだった。
扉が閉まったのを確認して、俺は親方に問いかけた。
「もしかしなくても番さんやて知ってました?」
「そらな、写真見せてもうたし」
「言ってくださいよ!何されるんかとドキドキしたやないですか!」
「まあまあ、どんな子か気になったんやて。しっかし、あの坊があないな顔するとはなぁ……丸うなったわ」
「いやいや、俺めっちゃくちゃ睨まれましたよ!?」
「せやな、お前それ早うやっときや。殺されるで」
「ひえっ」
レシピを送ったらピンク君には悪いが紙も連絡先も消させてもらおう。
そう思ったのだが、後日ピンク君に御当主様に作る料理のアドバイスを頼まれるなど、この時の俺は知らなかった。
END
✳︎
※捏造五条家使用人(前回とは別)
とある配膳係の応援
「いいわね」
「恨みっこなし」
「望むところよ」
私を含め、三人の女が睨み合う。
「あ、待って、いま何出すか見るから」
「それいらないって」
「ほら!いくわよ……じゃんけんっ」
ぽん、の声掛けで合計三つの手が出された。チョキが二つに、グーが一つ。
「やっっったあああ勝利のグー!!」
ヴィクトリー!と拳を突き上げ叫んだ私に、残る二人からの恨みのこもった視線が突き刺さった。
それでも、私は「悟様とその番様にお茶とお茶菓子を配膳する係」を譲る気は毛頭なかった。
私がこの五条家に仕えてはや十余年。去年の春にあった「春の五条家一掃セール」で生き残り、しかも配置転換で悟様と番様付きの配膳係に選ばれた私は、多分前世で相当徳を積んだに違いない。
何せウチの御当主の悟様は顔が良い。そりゃもう、その辺の芸能人なんて霞むくらいに顔が良い。性格は難ありどころか破綻しているため観賞用一択ではあるが、顔が良いのだ。
そんな、顔しかないと密かに思っていた悟様だが、この度「番」が出来たことで全てが変わった。
悟様が番われたのは春のことだが、その番様をここへ連れてくるのはこの正月が初めてだった。
「年始は悠仁を連れて帰るから準備しといて。もし万が一のことがあったら……分かってるよな?」
と、新たにまとめ役となった筆頭に連絡があったらしい。その日からこの正月まで、五条家は右往左往の阿鼻叫喚だったことは言うまでもない。
そんな悟様は多分、というか確実に番様を溺愛している。先のセールもその番様のために行ったことで、他にも番様と過ごすために部屋を整えたり、揃いの着物を仕立てたりと、随分心を砕いていた。あの悟様が、だ。
「私、悟様があんな風に笑うところ初めて見たわ」
「わかる。あと声が違うんよねえ、声が」
「わっかる!番様を呼ぶ時の声がもう甘いのなんの…!」
使用人達の間ではその話で持ちきりだった。接触の機会が多い私は特にそれを間近で見ており、どの話にも「わかる!」と大きく頷くばかりだ。
とりわけ、番様が「良い子だ」というのには首がもげるほど頷きたかった。
虎杖悠仁という名の番様は、色々と難しい立場の学生だ。今は悟様の口添えで生きているが、死刑の執行猶予中だという。ともすれば暗くなりそうな話だが、当の本人は至って元気な、そして明るい子だった。
最初に料理を配膳したときも、にぱっと笑って礼を言ってくれた。「うわ可愛い」と思わず言いそうになったが、隣に悟様がいたため自重した。悟様は私達に番様のことを「悠仁様」と呼ばせないくらいには狭量なのだ。嫉妬って怖い。
そんな番様に会える機会少ない。悟様が意図してそうしているのだ。
私は詳しいことを知らないが、どうやら番様に対して五条家の人間が何かをやらかしたらしい。悟様はそれが繰り返されるのを恐れているのだ。
こちらとしても、もしそんなことが起これば文字通り全員の首がリアルで「飛ぶ」ため、万が一には使用人一同みな気を配っていた。
そういうわけで、私のもぎ取った「悟様とその番様にお茶とお茶菓子を配膳する係」というのは結構レアな役目であり、重要な仕事でもあった。
「鼻血は出さんようにね」
「出さんわ。でもキュン死にしたらそれはそれで本望かも」
「阿呆言わんとさっさと行き」
御茶と御茶菓子が載る盆を渡され、私は二人がいる部屋へと参った。
呼ばれて中へ入ると、二人は縁側にいた。
「悠仁、お茶にしようよ。お菓子もあるよ」
例の甘い声で悟様が番様に呼び掛ける。番様はそれを聞いて喜んでいたが、出された御茶菓子を前に少し固まった。
「悠仁?」
悟様が訝しげに呼ぶ。私にも緊張が走った。万が一があったら、首が飛ぶのだ。
ドキドキと鼓動がうるさい中、私は番様の言葉を待った。
「や……これさ、五条家でよく出されるお菓子とかそういうの?」
「いや、これは花びら餅といって、新年の祝いで出されるものだよ」
「花びら餅……」
番様の視線が御茶菓子に注がれる。白い半月型のそれは求肥に白味噌餡と、牛蒡が包まれている。悟様が言うように、正月に出される菓子だ。
「悠仁、食べたことあるの?」
悟様の問いに番様は曖昧に頷くと、「食べてもいい?」と尋ねた。
「勿論。僕のも食べる?」
「いやそれはいいよ。…いただきます」
番様はいつもちゃんと挨拶をする。多分、そういう家庭で育ったのだろう。こういうところもポイントが高い。
番様は悟様に倣い、黒文字でそれを切ると口に運んだ。
もぐもぐと口が動き、目が見開かれる。
「うま。これ味噌?」
「そう!珍しいよね〜。この時期にしか食べられないからさ、僕もついつい毎年買っちゃうんだよねえ」
悠仁も気に入ったなら沢山買って帰ろ、オススメの店もあるよ、と悟様が言う。番様は「沢山はいらんよ」と笑っていた。それからもう一口食べて。
「やっぱあの時のと全然違うな」
そうポツリと言った。その瞬間、悟様の目が鋭くなったのを私は見た。
「あの時のって?」
「ん?一昨年の正月にここで食ったやつ」
「……はぁ!?」
悟様にしては珍しく取り乱したような叫びだ。だが、番様はそんなこと気にも止めず、からからと笑った。
「いやあん時もお茶と一緒に出されてさ、食べたら何か味が変だったんだよ。まあ多分薬かなんか入ってたみたいで、俺そん時まだ宿儺の指飲んでなかったからぶっ倒れてさ。あれ結局なんだったのか気になってたから、今回ちゃんと食えてよかっ……え、どしたん?」
「っお、前はッ……そういうことはちゃんと言えっての!!」
これまた最近では珍しく荒い口調の悟様が頭を抱え、かと思うと番様の腕を引っ張り、抱きしめた。
「知ってたらそんな嫌な思い出の茶菓子、出すわけないだろ!」
「ええ……別にこの花びら餅に罪はねえじゃん。それにさ、あん時と違ってこれを用意してくれた人も、その人を選んだ人も、みんな信じられるし」
ニカッと笑う顔はもう天使にしか見えない。というか今の話の流れでいくと、私は番様に信用されているのだろうか。何それもうご褒美なんですけど。
私でさえ思わず心臓を押さえたほどだ。悟様は言葉に詰まると、珍しくその白い頬を赤くしていた。
「っおま…ほんっと……ほんとさあっ、そういうとこ!」
「なに?嫌いなん?」
「好きに決まってんだろ!!」
屋敷中に轟かんばかりの声に番様は「ははっ俺も!」と朗らかに返した。この世に天使っているんだなと、私は思った。
ちなみに悟様は悶絶していたし、その後花びら餅を買い占めに走っていた。
「やばいわ、番様。癒ししかない」
「悟様には末永く番様と幸せになってもらおう」
「あと出来ればもう少し頻繁に帰ってきてほしい……生で見守りたい…」
「それな」
「板場の煮方と仲良いらしい」
「根回ししとくわ」
END