器その敵は強く、部隊は苦戦した。
さんっ
空気が浅く切れるような音がして、目の前に素早い苦無が迫る。
豊前はその動きを何とか察知すると、身をひるがえしてよけるがそれでも的確にとらえられていた敵の一撃は、浅く豊前の頬を薙ぐ。
「っっ。いってぇなぁああーー。」
苛立つような豊前の声に、桑名の声が重なる。
「豊前!後ろ!!」
ごぉぁ!
桑名の声と空気を震わすようなうなり声に、振り向いてみれば、目の前には大太刀の刃が迫る。
仲間の脇差がカバーに入るのも間に合わず、その一撃は豊前へと吸い込まれる。
「ぐぅ!!」
重い一撃に、一瞬にして左手が動かなくなる。口の中いっぱいに血の匂いが広がり、ぐわっと体中の血が沸騰するような高揚感に包まれた。
動かない左腕が邪魔だ!
豊前は、自らの本体で左腕を切り落とすと、風のように戦場を駆けた。豊前に一撃を食らわせた大太刀は、その勢いのまま桑名とつばぜり合いをしている。
「舐めたまねしてくれんじゃねーかよ!」
片腕で刀を構え大太刀の背後から渾身の力を込めて貫き通す。
ぉぉぉおおぉぉぉおお………
悲し気に空気を振動させながら、大太刀はその場で霧散した。
「やった!」
桑名の嬉しそうな声。
「お、わ、わわわ!」
大太刀に突き刺さるようにしてとどめを刺した豊前はその場で足場を失いバランスを崩す。慌てて桑名が手を差し伸べて、豊前の体をキャッチするように抱きかかえた。
どうやら最後の一体だったようで、敵の気配はもうない。
隊長の撤収!の声が響き、桑名は豊前を抱えたまま集合場所へと向かう。
「おー、さんきゅな。桑名。」
「もう、危なかったよね。大丈夫?」
「おうっ」
桑名の腕の中でにかっと笑う豊前であるが、その姿はどう見ても大丈夫ではない。全身は血にまみれ、左腕はない。
「豊前、左腕どこやったの?」
「ん?邪魔だから切った。その辺、落ちてる。」
「痛くないの?」
「いてぇな。」
豊前の言葉に桑名はぁと大きくため息をつく。
「もうちょっと体、大事にしなよ。手入れだってタダじゃないんだよ。」
桑名の言葉に豊前はぷうとむくれる。
「この器が弱すぎんだよなぁ。もうちっと頑丈に作ってくんねーと、戦場じゃ全く役に立たねー。」
「しょうがないでしょ、人の体ってのはこういうもんなの。」
豊前はいつもそうだ。
人間の体をなかなか認識できない。器としか見ていない。刀である自分の魂を一時的に入れておくもの、くらいの認識しかなくて「壊れたから取り換えてくれ。」といって主を驚かせている。
桑名はぎゅっと豊前の体を抱きしめる。片腕がない分、いつもより少し小さく感じられた。
「僕は、この器ごと、豊前を愛しているのになぁ。」
「はは、じゃあ、器がこの見た目じゃなくなっちゃったら、お前は、俺を愛さないのか?」
今度は桑名がむぅっと膨れる。
「そういうことじゃないよ。片腕くらいだったらいいけど、これ以上体が損傷すれば、本体だって折れちゃうんだからね。心配させないでほしいの!」
「ははは、わかってるって。でーじょうぶだよ!」
いいながら、豊前が首を伸ばし、唇を寄せる。
桑名もそれに答えて、その唇を小さく吸った。
口の中に血の匂いがぶわっと広がる。
「俺はぜってー折れねーから。」
男らしく笑う豊前に桑名はまたも盛大にため息をつく。
「折れなきゃいいってもんじゃないんだってば!」
目の前には集合場所。仲間たちが手を振っている。
豊前は、それに答えようとして左手を上げて……。
「あ、腕ねぇや……。」
ふたりしてクスクスと笑いあったのだった。