おにロリリンゼル(書きかけ)「初めまして。
ゼルダ・ハイラルと申します」
まだ小さな子どもらしいレースやフリルのついたドレスを着た少女は、美しい中央ハイラル語でそう自己紹介し、それは見事なカーテシーを披露した。
小さなゼルダ姫の後ろでは、彼女の父親であるハイラル王が、娘の成長した姿を目の当たりにした感動に打ち震え、その隣では王妃が微笑みを浮かべながら、娘と夫を見つめている。
胸に込み上げてくるさまざまな感情を押し殺して無表情となった退魔の騎士リンクは、幼いゼルダ姫の前に跪き、自身の胸に手を当てて騎士の礼をとった。
「お会いできて光栄です。本日よりゼルダ様の護衛騎士を務めさせて頂きます、リンクと申します」
胸に込み上げてくるさまざまな感情を以下略でがちがちの硬い声を発してしまったリンクを気にするふうでもなく、愛らしいゼルダ姫は、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、リンクというのですね。これからよろしくお願いいたしますね」
「──はっ」
普段ならコンマ1秒を切る反応速度を誇るリンクだが、ゼルダ姫の無垢な微笑みに見惚れすぎて、つい返事が遅くなってしまった。
(姫様に人の話を聞いていない使えない奴と思われていないだろうか、失望されていないだろうか、いや姫様は天使だから「使えない」なんて誰に対しても思わないに違いない、しかしそれにしても姫様は翼をどこに置き忘れていらしたのだろうか、それにしても今頃天国も大変だな、このような可愛らしい天使が逃げ出してしまわれたのだから)
そんなことを1秒で考えたリンクだったが、そんな考えはおくびにも出さずに凛々しい顔立ちでゼルダ姫を見つめた。
ゼルダ姫はにこやかに微笑んでいる。その後ろでは、ハイラル王が娘の晴れ姿に咽び泣き、隣で王妃が生暖かな笑みを浮かべながら夫の背中をさすってあげていた。
※
騎士リンクがゼルダ姫の護衛に抜擢されてから、早一か月の時が流れていた。平和な初夏の城の庭では、ゼルダ姫が楽しそうに自作のガーディアン「テラコ」と遊んでいる。
「テラコ」は研究者達が解析したガーディアンの構造と材料をもとに、ゼルダ姫が作り上げたガーディアンだった。発掘されたガーディアンより小型であるにもかかわらず高性能な「テラコ」を見た王が、「儂の娘が天才なのを祝って、テラコが完成した今日という日を国を挙げての祝日にしよう」と言い出す騒ぎがあったものの、「テラコの誕生日は身内でお祝いすれば良いではありませんか」との王妃の言葉によっておさまった。
身近に自分と同じ年頃の友達がいないゼルダ姫は、テラコのことを妹のように可愛がっている。今も摘んだ花冠をテラコにかぶせたり、とび跳ねているカエルをつかまえてその生態をテラコに説明したりしている。平和そのものの心温まるその光景を、優しく、熱意を込めて見守る三対の視線があった。リンクと、シーカー族出身の執政補佐官・インパ、そしてインパの姉の研究者・プルアである。
当初、インパのリンクへ対する心象はあまりよくなかった。それまで血の繋がった実の妹のように蝶よ花よと見守っていた姫様の護衛の任務が、突然ぽっと出の天才剣士に奪われてしまったのだ。力が強かろうが剣技に優れようが容姿が良かろうが、大切な姫様の身の安全を預けるのだから、そんなことは二の次だった。
一方のプルアは、代々の騎士の家柄に生まれながらも田舎の出身で、華やかな宮廷内では何かと苦労が多そうなリンクに対して、それなりに同情的だった。プルア自身、シーカー族出身で、古代遺物の研究者である女性という立場にあるせいかもしれない。年長者らしく、プルアはリンクを気遣って会話を傾けた。
「どうかな剣士クン、姫様の護衛になった感想は? 何か心配なこととかあったら聞くよ?
姫様のこと以外にも、この前キミに支給された古代兵装のプロトタイプについてでもいいし、今復旧を進めている勇者のための神獣についてでもいいし」
リンクはしばし考えた後、重々しく口を開いた。
「そうですね……。心配事といえば……」
「ん? ナニナニ? 何かある?」
プルアはリンクの真摯な顔をのぞき込んだ。
「騎士の日課として毎朝女神像に祈りを捧げているのですが、女神像よりも姫様のお姿のほうが女神に相応しいので、姫様に祈りを捧げたほうが良いのではないかと考えていました」
思いがけない悩みを打ち明けられたプルアは一瞬脱力しそうになったが、プルアの隣にいたインパはこのとき瞬時に理解した。──この男、分かっている!
インパとリンクはお互い通じ合い、ガシッと固く握手を交わした。本心ではリンクは同担拒否だと思っていたが、姫様と一緒に過ごした年数や地位から、この姉妹を蔑ろにはできないと判断したのであった。
かくして、シーカー族の姉妹と天才剣士は通じ合ったのだった。
妙に意気投合したリンクとインパを、ゼルダ姫は何が起きたのか良く分からないながらも「仲の良いことは良いことですよね」と言って、テラコに微笑みかけた。
テラコはそれに応えるように、ポーゥ、と音を出した。
また別の日、リンクは今度は王に呼び出されていた。
場所は始まりの台地。人払いされた台地の粗末な狩人小屋で、野伏の姿に身をやつした王との対面だった。
何か粗相をしてしまっただろうかと、鉄面皮の仮面の下で思い悩んでいたリンクだが、そんなリンクの内心の懊悩には気づかぬように、王は自身の考案した手料理をリンクにすすめた。
悩んでいても腹は減る。リンクは出された料理をぺろりと綺麗に平らげた。ピリ辛山海焼きというその料理は、口に入るものは何でも食べるとさえ言われるリンクにとっても美味なものだった。リンクの気持ちの良い食べっぷりに満足したのか、王は鷹揚に微笑んだ。
「お主の働きぶりは王妃や姫、インパ達からも聞いている。よくやってくれておるな」
「はっ。恐縮でございます」
王の言葉に、リンクは内心安堵しながら答えた。リンクの返答に、王は満足気に頷く。
「ところで、お主を呼び出したのは、他でもない。
小さなゼルダのことじゃ」
護衛対象である大切な姫君の名を出され、リンクの身がわずかに強張った。
天才剣士ともてはやされ、ともすれば早熟すぎるきらいがあるリンクの、わずかに垣間見えた未熟さを、王はかえって好ましげに見つめた。
「小さなゼルダは今年十歳になるのだが、いまだ妖精や精霊といったものが見えぬ。聖なる力の片鱗も見られぬのだ。
魔物や魔物の根城は各地で見られるが、今は比較的平和な時代じゃ。儂は小さなゼルダの力が目覚めぬことをそれほど案じてはおらぬ。
じゃが、あの子の母である王妃やその母は、あの子と同じ年の頃には、妖精や精霊たちと会話ができたという。
大器晩成という言葉もあるが、お前も今の小さなゼルダと同じ歳の頃には、精霊や妖精が見えていたのか、聞こうと思っての」
王の問いかけに、リンクは何と答えたら良いか迷った。精霊や妖精はむしろ、純真な子どもには見えるが、大人になると見えなくなることが多い。成年を迎えたリンクが、彼らの姿を見ることができているということのほうが特殊なのだ。
リンクが答えに窮している様子に答えを見出したのか、王はため息をついた。
「親の贔屓目かもしれぬが、あの子はどちらかといえば学者の気質がある。
儂の目の黒いうちはあの子には好きなことをさせてやりたいと思うのだが、何せ次々と縁談が舞い込んできてのう」
「……は?」
リンクは思わず地を這うような低音で聞き返してしまう。
王の話はこうだ。
姫巫女は代々、ハイラルの王族、それも直系の女性から選ばれる。女神が自分と、自分の愛した男性との間に生まれた子どもに祝福を与えたのだといえばそれまでだ。
女神の血は代を重ねるにつれて薄くなってきているが、精霊や妖精を見たり、予知夢を見たり、千里眼があったりと、厄災との戦いがない時代でも、王家の女性は多かれ少なかれ不思議な力を持って生まれてきたし、それは王家の正統性を高めるものでもあった。政治を女神の代理人である姫巫女の夫の王が司り、祭事は女神の代理人である姫巫女が司る。それがハイラルの王室の代々のありようであり、平和な時代において、姫巫女はたんなる象徴であった。そして、永きにわたる平和が続き、人びとの女神へ対する信仰が薄れた今となっては、姫巫女はいわば「お飾り」の存在だった。そして、厄災復活のさい必要とされる「ゼルダ」の血を繋ぐためのいわば「繋ぎ」とすら見なされていた。
そのため、いまだ聖なる力の顕現が見られない小さなゼルダ姫の婚姻は、なおさら早く進められてしまったのだ。
常に模範足れと感情を押し殺している彼にしては珍しく、リンクはやや憤慨した口調で言った。
「穢れを知らない純粋な姫様を、貴族の欲を満たすための道具に使うなど言語道断です。もってのほかです。女神に唾するに等しい行為です。
そもそもハイラル広しといえども、姫様に相応しいような男はそうそういないはずです」
いるわけがないし、いてはならないし、いたらいたでどうにかするとでも言いたげな、断固とした口調だった。
「なるほど。お主のような男が姫の護衛ならば安心じゃな」
王はそう言って、満足そうに自分の白い髭を撫でた。