AWAY,AWAY,AWAY from HOME ホメロス1日目1日目
休みたい、とにかく休みたい。
青い空と白い砂浜のバカンスもいいが、今回はそういう気分ではなかった。
とにかく都会の喧騒を離れて静かなところでぼんやり過ごしたい。何もしたくない。誰にも会いたくない。いっそ言葉も通じないような外国へ行きたい。
ワーカホリックな自覚はあったが、我ながら相当重症だなと思いつつ、心の叫びに従って外国の田舎町にある、静かな湖畔のコテージを一週間借りた。
適当に荷物を詰めたスーツケースを手に、空港から更に3時間ほど車を走らせた先にあったそのコテージは理想通りの静けさで、思わずひとりごとが漏れた。
ああ、いい。
残念ながら全く仕事をしないというわけにはいかないが、環境がこれだけ違えば気分も違ってくるだろう。
適当に荷物を置いて家の中を探索する。
家自体は古いが、(当たり前だが)業者が事前に掃除に入っているので、どこもきれいではある。
2階の寝室を確認しているところで、玄関の呼び鈴がなった。
(業者が手配したメイドか)
寝室を出て、一階へ降りる。
そして玄関のドアを開け、そのまますぐ閉めた。
「……?」
自分の目がおかしくなっていなければ、ドアの向こうには不可解な光景が広がっていた。
おかしい。
自分はこの予約を取った時、旅行会社に滞在する間の掃除や洗濯といった雑用をするメイドを頼んだはずだ。
別にメイド服を着た若い娘がくるとは思っていなかったが、2メートルはあるごうけつぐまがくるのはおかしいだろう。
再度玄関の呼び鈴が鳴らされたので、警戒しながらそっとドアを開くと、やはり開いたドアの向こうには2メートルのグリズリーが愛想のいい笑顔で立っていた。
どうやら幻覚ではなかったらしい。
反射的に再度ドアを閉めようとしたが、今度は隙間に足を挟まれそれを阻まれてしまった。
笑顔だった男が慌てて何事か喚いているが、話す言葉が全然分からない。
この国の言葉も少しは分かるつもりだが、方言なのか男の言葉は全然分からない。敢えて田舎を選んだのが災いしたか。
静かなことを優先するあまりそこに考えが至らなかったことを後悔しながら、あたりを見渡す。
素手ではこの巨大なテディベアを倒せそうにない。護身用の銃はどこだ。
そうこうしている間も、ドアを閉めようとする自分に男は必死に身振り手振りで何かを訴えている。
指差した芥子色のポロシャツの胸元にはバケツとほうきを持ったクマのキャラクター。
続いてお腹のあたりをさするようなジェスチャー。それを何度も繰り返す。
「要は…本来来る予定だったものが産気づいて来られなくなったとか…そういうことか?」
通じたのかなんなのか、男が必死に頷く。
またはお前がその女を孕ませたか、と続けて投げかけてみたが、男はそれにもうんうんと頷いて見せた。
これは絶対何を言われているかわかっていない。
取り敢えずドアを抑える手を緩めると、男は安心したように自分に向かって人差し指をたてた。
「取り敢えず今日一日貴様で我慢しろということか」
不本意だが仕方がないだろう。
舌打ちを一つしてから、男を迎え入れるべくドアを開いた。