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    グ4日目

    AWAY,AWAY,AWAY from HOME グレイグ4日目4日目

    目の前の箱をのぞいて、男が目を輝かせている。
    そのキラキラした瞳のまま、どうしたんだこれは、と言いたげにこちらを見上げてくる。

    「ここに来る途中にある店なのだが、いつも行列ができているんだ。
     なにやら有名なパティシエ?がいるとかでな、お前が甘いものが好きなようだから買ってきてみたんだが」

    存在は知っていたが、その店に入るのは初めてだった。
    外見はなんだか小洒落ているし、並んでいるのは殆どが女性だしで、正直自分のような人間にはかなりハードルが高かった。
    店に入ってきた自分を見て店員も驚いていたので、お互い様とも言えるかも知れないが。

    そんな自分の説明などどうでもいいと言わんばかりに再び箱の中身に熱い視線を注いでいる男に皿を渡してやると、少し考えた後、男はその中から一つを皿にのせ、いそいそとリビングへ向かって行った。

    「おおいホメロス。飲み物はまたレモンティーでいいのか?」

    リビングに向かって声をかけたが、返事はなかった。
    まあ、レモンティーでいいだろう。
    昨日スーパーで買ってきたスイーツもあることだし、更に店のケーキを買っていくのはさすがに買いすぎだろうかとも思ったが、ゴミ箱に捨てられた空容器の山を見るにそれは杞憂だったようだ。

    「というか昨日買ってきたものは俺が帰ってからほとんど食べてしまったのか…」

    買ってきておいてなんだが、本気で彼の血糖値が心配だ。

    紅茶の入ったカップを持ってリビングへ向かうと、実に幸せそうな顔でケーキを口に運ぶホメロスの姿があった。
    この4日間で初めて見る顔だ。
    店のイートインで食べていた若い女の子だってそこまで幸せそうなゆるふわ顔はしてなかったぞ。
    そんなホメロスの前に紅茶を置いてやると、ゆるふわ笑顔のまま何かを言われた。
    おそらくだが、珍しく、褒められている。

    「いや、気に入ったようで良かった。本当に甘いものが好きなんだな」

    そのまま彼の横顔を観察する。
    昨日より随分じっくりと味わっているようだ。
    視線に気付いたホメロスが、皿の上のケーキと俺を交互に見た後、ケーキがのった皿を俺に向けた。
    もしかして、ひとくちくれると言っているのだろうか?
    ありがたい申し出だが、俺は慌てて首を横に振った。

    「いや、気持ちは嬉しいが、甘いものは苦手でな」

    丁重に断ると、ホメロスは再びケーキを堪能する作業に戻った。
    一口食べてはゆるゆるの笑顔になり、その顔のまま次はどこを食べようか悩んでいる。
    普段のきつい顔つきからは想像も出来ない珍しいその表情に思わず見入っていると、ゆるふわのもとを食べ終わったホメロスがこちらを向いた。
    途端、その表情はいつものキツい顔に戻り、細い目で自分を睨みつけて何か言った。
    おそらく「なにを見ている」とかなんとかそんなことを言ったのだろう。

    「あ、いや、すまない。お前もそんな顔をするのだなと思って」

    見とれていたのだ、とは口が裂けても言えない。
    言ったところで通じないだろうが、それでも言えない。

    「と、ところで、少しは観光しないのか?」

    何故かしどろもどろになりながら、俺は話題を変えてみた。

    「今日は天気もいいし、いつも家で仕事か読書だろう。洒落たところには連れていけないが、少しくらいなら俺にも案内できるぞ。うまい店も知ってる」

    ポケットから辞書を出して『観光』と『外食』という単語を指して見せる。
    ホメロスは一瞬目を丸くしたが、直ぐに元の細い目に戻って手に持っていたフォークを口に咥え、空いた手で俺から辞書をひったくった。
    そうしてフォークを咥えたまま器用にページをめくると、一つの単語を指さした。

    『アホ』

    「……」

    呆気にとられる俺のエプロンポケットに辞書を戻すと、ホメロスは皿を手に次のケーキを選ぶべくさっさとキッチンへ向かって行った。

    残された自分は、本当に口が悪い人間というのは声を発するということすら必要としないのだなと妙なところで感心していた。







    「ホメロス。そろそろ俺は帰るが明日買ってくるものはあるか?」

    夕食の準備を終え、窓際のソファにいるはずのホメロスに向かって声をかける。
    が、反応がない。

    「ホメロス?」

    近づいて覗き込むと、ホメロスは眠っていた。
    どうやら本を読みながら眠ってしまったらしい。
    傾きかけた日に照らされた顔はどこか幼く見える。

    「こうしていると、意外とかわいい顔をしているのだな」

    起こさないようにその手から滑り落ちそうな本をそっと回収し、ブランケットを体にかけてやる。
    風邪をひくような気候でもなし、このまま起こさなくてもいいだろう。

    「起きた時に真っ暗では怖いだろうから、灯りをひとつだけ付けておくからな。
    何を隠そう俺も暗いのは苦手なんだ」

    寝顔に向かって声をかけるが、当然返事はない。
    メモを手に辞書のページをめくって、見つけた単語を綴る。
    それをそっと本の上に置き、ポケットに辞書をしまおうとしたところでそこに入れたままになっていたメモに気が付いた。
    開くと、そこにはケーキとドーナツの絵。
    ホメロスが描いたメモだ。大真面目な顔でこれを描いていた彼を思い出し笑いがこみ上げてくる。
    俺は一度置いたメモを再び手に取り、そこにキノコの絵を書き足した。
    今夜のメニューだ。





    今日分かったこと。
    口が悪い人間は言葉が通じなくても口が悪い。
    そして普段口が悪いあの男は、甘いものを食べている時と寝ている時はかわいい顔をする。



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