230903 miffsロドその動画はTo good friendsというタイトルで投稿されていた。
動画は個人の視点らしいのだがとても低く、しかし意外に素早く動く。カメラは頭にでもつけているのか、辺りを見渡す動作から、四足の動物ではない。
では幼児だろうか。だとしたらずいぶん小さい。しかし話す言葉は流暢で聞き取りやすく、落ち着いた音をしている。
動画はいつも「しょくん!」という元気な呼びかけから始まる。
「しょくん!mfドちゃんだよ!今日からは彼と、私のロくんを探していくよ!」
そう言って、供とする人の名前を呼んで顔を見上げる。呼ばれた相手は、低い視点に合わせるように屈み込んで笑ってカメラに挨拶をした。ついでに「mfドちゃん」を抱き上げる。
時折り映り込む「mfドちゃん」の手は、何か手触りの良さそうなふわふわもこもこした上着を着込んでいるようで肌色は映らない。むしろ黒か紺色の肉球が映る。どう言う事だ。
彼らが出歩くのはいつも夜だ。初めて見た時は、その街の観光紹介でもしているのかと思った。「mfドちゃん」は実に楽しそうに、これが美味しそう、あれがきれい、ロくんもいたらよかったのにとはしゃいでいる。
しかし編集されているので分かりにくいが、おそらく何日かかけて、時には小さな「mfドちゃん」だけで、「mfドちゃんのロくん」とやらを探していた。
「しょくん、ここにもロくんはいなかったよ、さあ次だ!またしばらくよろしくね!」
そう言って明るくmfドちゃんは締め括る。
その傍で、供として寄り添った人々はひどく哀しげな顔で、mfドちゃんを抱きしめる。
見つからなくて残念だ、君を送り出すのは寂しいよ、君が彼に出会えますように、祈っているよ、元気で、幸運がありますように、どうか、どうか。
そう言う動画だ。
mfドちゃんは旅をしているらしい。mfドちゃんのロくんとやらを探し出すのが目的だ。
動画はすでに片手で数えられない本数が投稿されていた。
mfドちゃんの視点の世界はいつもきらきらして賑やかで、どこか寂しい。
ロくんとやらがいないからだろう。
mfドちゃんの大冒険は、きっと初めはmfドちゃんに関わってきた人たちだけに共有されていたのだろう。
To good friendsのタイトルの通り。
それまで過ぎてきた人達に、元気にやってるよ、だいじょうぶ、今日も楽しいよを伝えるための動画だ。ただし、mfドちゃんは随所でどうやら特殊な感性を持っているらしく、楽しいシーンとして紹介されるところがどう考えてもやべえ場面であることが多々あった。
「どうしよう、誤配送されちゃったみたい、まだ箱を開けてもらえない。開けてさえくれればなあ、今週の動画は短くなりそう」
「ウエエエン、この貨物室めちゃくちゃ陽が当た、ピッ」
「きいてくれたまえ! 今日から一緒してくれる彼らは! なんと! 海賊なんだよ! 捕まっちゃうから顔は映せないけど!」
一つ目は発送元と発送先の人(連絡を取り合っていたのだろう)が迎えに行って事なきを得たし、二つ目はなんかすごいお金持ちの人がmfドちゃん専用の貨物トランクを作らせたし、三つ目は夜の真っ黒な海の上にぷらぷらさせられる視点の映像とか映ってた。
しかしmfドちゃんはそんな目に遭ってもロくんとやらを探すのをやめない。
「だって私がいないと寂しいだろう、泣いて今ごろ萎んじゃってるかもしれない、はやく迎えに行ってやらなくては」
だから私を送り出してくれ。
さみしい、行かないで、きっとこの先は危険だよと縋るお供の人をmfドちゃんが宥める映像があったのは一回や二回じゃなかった。
mfドちゃんに直接の関わりなく、単純にこの動画をおすすめ欄から見つけた人々には愉快なエンタメでしかない。
視聴数は徐々に増えた。
動画は録画したものを、きっと次の目的地に辿り着くまでの間に切り貼りして配信されている。次の行き先は決して明示しない。
mfドちゃんは絶対に自身の姿を映さなかったが、それでもmfドちゃんに執着するものは出てくるし、迎えに行くから行き先を教えてとか、援助してあげるからメールを解放してとか、自分こそがmfドちゃんのロくんだよなんて冷やかしコメントも増えた。
最後のやつは酷い。ずっとロくんを探しているmfドちゃんがどんな気持ちになるか。
「この間のコメントのね、援助? ありがとう! 申し出増えてきたから、私の支援してくれてる人のアドレス入れておくね! あとロくんていう人たち、多分絶対違うと思うけど、本物っぽいなら会いに行くから!」
セクハラメールを送ったら大企業の顧問弁護士団から訴えられたとかという話がまことしやかに囁かれた。
そのmfドちゃんの動画が初めて、ライブで配信されていた。らしい。
残念ながら、気づいた時には配信終了から1時間が経過していた。
画面は暗いままだ。移動中なのだろうか。それにしては外野が騒がしい。
ピス、とmfドちゃんが小さく鼻息みたいな音を鳴らした。そんなの初めて聞いた。
「諸君、聞こえるかな、ちょっとお願いされて証拠品として映像を残しておこうと思って、これ、自動でアーカイブ上がる? 保存? この目のマーク? 調整してる間に、あの子のお家に警察と救急車を…あれ? コメントにいるね、よしよし元気かなとりあえずよかった、養生したまえよ」
控えめではあるが聞き取りやすい話し方で、mfドちゃんが不穏なことを気楽に言う。
どこ、怪我ないの、待ってて、すぐ行く、そんな単語を並べて続けるアカウントがある。mfドちゃんの言うあの子だろうか。しかし不自然だと訝しんで、すぐに文章が打てない状況の可能性を思いついた。
「そうそう明るさ」とmfドちゃんが呟いて、画面がうっすらと明るくなった。真っ先に映ったのは紫のふわふわ、黒い肉球。それが避けられ、お耳だけはピンクの、紫色のもふもふのうさぎのぬいぐるみのような、そういう、ウサ耳のフードをかぶっているらしき輪郭が見えた。しかし羽がある。天使か。
生きたぬいぐるみ、と言った印象の小さな子供のような大きさ。しかし薄明かり程度の中で顔は見えない。
何やら、檻の中に入れられているようだ。上半分を布か何かで覆われて、光源は少し離れたところにあるらしい。
「ご覧の通り私可愛いからなんかいかつい集団に襲われて捕まってこれからお披露目とかででも最終的な引き取り先決まってて、なんだこれ噂に聞く闇オクとかかな私五億円かな、耳につけてたGoプロは取られちゃったんだけどマントの下のスマホは気付かれなかったようださすがmfドちゃん最高にかわいいから正義ピス」
それどころではない。ピス何かわいい。かわいいけどもそうじゃない。
「ここに置かれるまでたくさん振り回されちゃったからどこだかわかんないけど、さっきまでこの辺に色々あったらダメなやつ並んでて」
と、カメラを持ってくるくる回るmfドちゃんかわいい、しかしそのかわいいの背後にすでにヤバそうなやつがちらほら映る。
「あ、ほら、そこの彼がね、お家に帰りたいんだって、ちゃんと映るかな、この映像を拡散してくれると嬉しいって」
と、mfドちゃんが示した一角には赤くほんのりと発光するハート型の宝石があった。いやでかいな。博物館にある大きさだ。絶対あかんやつだ。
「さっきスタッフさんが教えてくれたんだけど、私はこれから好事家のおじさんの元へ行くそうだよ! なんか小さくてかわいい子供が大好きなんだって!」
その子供が大好きって絶対ニュアンスが違うダメだやばい通報だめだ1時間前の話だこれワー!!
ワー、と、人々の声が上がる。歓声というより悲鳴に近い。おや。
バタバタとmfドちゃんの後ろをスタッフらしき黒服が走り回る、がしゃんと何かが倒れる音。割れる音。おやおや?
「なんだか賑やかになってきたね、まあ今日の目玉商品は私だから仕方がない。もしかしたらロくんもこういうオークションにいるのかもしれないね、ロくんは私の次くらいにかわいいはずだしだって私のロくんだし、じゃあ好事家さんのところで会えるかな、よしちょっと通報待ってくれない?」
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
そんなわけねーだろこのクソもふと言う幻聴が聞こえそうな勢いの何かが飛んできた。
ぼりんとたぶん檻がが折れたらしい音がして(だとしたらすごい柔らかい檻だ)、光が入ってくる。mfドちゃんのスマホは急な採光に追いつけず画面が真っ白になった。
「ピス、ロくんだ! 私のロくんだ! 初めて見た遅い!」
動画はそこで終わったし、見返そうと思ったそれも配信終了2時間後には消された。