「必死」「テスト」ナイフやフォークの綺麗な使い方とか、意外とひと口が小さくて可愛いとか、食事の時は少し緩んでいる雰囲気とか、僕の話に耳を向けてくれる表情は案外優しげなのだとか。
対面に座る彼への好意は、いつしか自分でも気づかないうちに積み上がっていて。
僕は少しアルコールを飲んでいて、ついでに、ふたりきりで楽しむ食事の時間に浮かれていたのも相俟って、そのひと言が思わず口から溢れてしまった。
「君のこと、好きだなぁ…」
全くそのつもりもないのに、ポロリと転がり出た言葉を自分の耳で拾い上げ、内心動揺した。
「は…??」
案の定、何の脈絡もない言葉に、レイシオは食事を進めるその手を止めて、パチパチと瞬きした。
「……って言ったら、どうする?」
何を言っているんだ僕は。
苦しい…、これはあまりにも苦しい言い訳だった。けれど、口に出してしまったのであればもうなかった事には出来ない。
それなら、少しでもお互いのダメージが少なくなるよう、混乱している思考を巡らせて必死に逃げ道を探す。
「あまりに唐突すぎて…君の意図がわからない」
それはそうだろう。
自分だってわけがわからないのに。
「たとえば…、の話さ。僕が君のことを好きだと伝えたら、君はどうする?って話」
何を言ってるんだ、こんなのほぼ告白じゃないかと自分の中に僅かに残っている冷静な思考が制止をする一方で、暴走している思考はそんなのお構い無しに強引に押し切ってしまえと言葉を紡いでしまう。
「それは…、いわゆる『Like』と『Love』どちらの話をしているんだ?」
困惑した様子で首を傾げるレイシオの言葉に、それだ!と手を叩いて賛同した。
全力で乗っかって、うやむやにしてしまおう!
きっと、それがこの場合の最適解だ。
そう思って、ひと呼吸の後にレイシオの質問に答える。
「それはもちろん『Li…「これは…僕が、君の告白を受け入れるかどうか、という話であっているか?」
ところが、何故か答えを言い切る前に重なった言葉に、今度はこちらが首を傾げることになった。
「ど、うして…?」
「僕は…君と仕事をする上で、お互いに良好な関係を築けていると思っている」
「うん、」
「だから、前者の意味合いであった場合、これ以上『どうしようもない』し『どうにもならない』というのがお互いの答えだと思う」
「そう…かも?」
「だから、あえてそれを確認するならば…後者の意味合いだと推測したのだが」
「なるほど…」
いや、なにが『なるほど』なんだ。
僕は心の中でツッコミを入れながら頭を抱えた。
いつも自身への好意に後向き気味のレイシオが、僕たちの関係には『良好』だと前向きに思ってくれているのは嬉しいけれど…!
だけど、「これは本当にただの事故なんだから、そんなに真面目に推測はしなくていいんだよ」と割と今すぐ声に出して伝えたい。
伝えたいけれど、言ってしまえばさらに深い墓穴を掘ることになってしまう。
それなら、このまま雑談として押し切ってしまおう。
「それじゃあ、もし後者だったとしたら。僕たちの関係は変わってしまうかな?」
「…現状ではわからない。何しろ、君は僕にとって『生徒』のひとりであって、そういう意味で目を向けたことはない。そもそも、『生徒』に手を出すなんて『教師』としての僕の矜持が許しはしない」
それを聞いて、ずっと慌ただしかった思考がようやく落ち着きを取り戻してきた。
「うん、よくわかったよ。僕たちはこれからも良いビジネスパートナーの関係を続けていけそうだね」
僕はにこりと微笑んで見せる。
そうだ、これでいい。
彼の考え方はよくわかった。
僕がこの気持ちをもう一度飲み込んで、今日のこの時間は何気ない日常の他愛もない雑談のひとつにしてしまえばそれで終わる。
「ただ…」
「うん?」
ところが、何故かレイシオが言葉を続けた。
「…根本的な問題として、君が僕を試すような質問をしている時点で、この話題は成り立っていないと言える」
「んん…?」
先程まではすっかり考え込む仕草でうろうろと彷徨わせていた視線は、いつの間にかこちらをしっかりと見据えている。
「君が今している話は"仮に"という仮定の話であって、僕の現状の立場と考え方に当てはめて回答する事しか出来ないわけだが」
彼の前に並ぶディナーは、すでにきれいに夷らげられた後だった。
なんとなく…雲行きが怪しい。
「もし"仮に"君が仮定ではない話として、"誠意"を持って"真摯に"同じ言葉を僕に投げかけるのだとしたら、僕は君と僕の立場を再考し、君の言葉について一考する余地はあると言える」
「つまり…?」
これは…?
「……今日は、君の奢りだったな」
「そうだね…」
「ごちそうさま。……君の、健闘を祈る」
あ、言い逃げだ。
一瞬、ガタンと椅子が音を立てて、それより早く僕はレイシオの腕を掴んだ。
「…レイシオ、デザートがまだだよ?」
「不要だ。今日は帰らせてもらう」
「そう言わずに。もう少しだけ付き合ってよ」
傍目には涼しい顔で立っているレイシオは、その実、かなりの力で僕の腕を引き離そうとしている。
僕も笑顔を崩さずに耐えるけれど、僕の両手を使っても引き離されそうで、とにかく引き留めるために必死に腕を掴む。
お互い微動だにせず、けれど、その水面下でなかなかの力の入れ具合で腕の引き合いをしていると、タイミングよくケーキの乗った皿が運ばれてきた。
「ほら、せっかくのデザートがもったいないよ」
そこで、ようやくレイシオが折れた。
「…いいか、僕がこれを食べ終わったらすぐに帰る」
「うん」
「それで、君は結局どうしたいんだ?」
溜息とともに再び着席したレイシオに、こちらもほっとひと息ついた。
「そうだね…まずは、言い訳がましいのはわかってるんだけど。今のは、ちょっとした事故と言うか…つまり、君を試すようなつもりはなくて…っていうことを伝えたくて」
「ふん…、それで?」
歯切れの悪い言葉に続きを促すレイシオの目線は、自分の手元に向いている。
きれいに切り取られたケーキの三分の一が消えた。
「君に、少しでも気持ちがあるなら…だけど。やり直しをさせてもらえるかい?」
かたん。
と小さな音を立てて、フォークがプレートの上に置かれる。
ケーキは残りひと口、というところだろうか。
「…いいだろう。やってみるといい」
そう言って、ゆっくりとこちらを向いたその顔は、耳まですっかり赤かった。