ただいまとおかえりただいまとおかえり
ロナルド君は売れっ子の退治人だ。一緒に暮らして世話したり、脱稿後の暴れ回るすがたを見たりしていると忘れがちになるが。休日に街を歩けばファンが挨拶に来るし、小学生たちは駆け寄ってくるし、それが無くたって突発の依頼がギルドから舞い込んだりする。つい先日そのロナルド君と付き合い始めた身としては、嬉しさ半分、いや私のロナルドくんだぞという気持ち半分。嘘。二対八くらい。吸血鬼は結構執着するたちなのだ。せっかく私のものになったのに。
まぁ、今日も割とそんな感じなんだろうな。つい先程ギルドから呼ばれたロナルド君を見送りながらそう思った。大した用事ではないと言っていたものの、おポンチ吸血鬼の巣窟であるこのシンヨコですぐに帰ってこれた試しなど片手で数えるほどしかない。
「今日は夜食だけかな、ジョン」
「ヌー」
人気者で、お人好しの彼のことだ。きっと何かしら用事が増えて、ギルドでご飯でも食べて帰ってくるだろう。とりあえずジョンが食べる分だけご飯を作って、あとは若造が帰ってきた時に片手でつまめるおやつを置いとけば良いだろう。
「ジョンは今日何食べたい?」
「ヌン……」
真剣に悩み始めた可愛い使い魔を見てふっと笑みが溢れる。なんだか寂しいと思う気持ちは料理で紛らわせてしまおう。
さて、何からするか。洗濯はまだ終わらないし、先にご飯だけでも炊いてしまおうか。ロナルド君がいつ帰ってくるかもわからないし、もし何も食べて来なかったとしてもご飯さえあればおにぎりで時間稼ぎができるだろう。よしそうと決まればすぐ炊くぞ。私が腕まくりをしたのと居住スペースのドアが開いたのは同時だった。
「ただいま〜腹減ったな」
いやまさかと思って視線を向けた先には、そのまさか。最低でもあと二時間くらいは帰ってこないだろうと踏んでいた男がいそいそと靴を脱いでいる。気づけばぽかんと開いていた口を慌てて閉じ、おかえりと声をかけた。
「もう帰ってきたの」
ジャッジャッと米を研ぎながら何気ない風を装って訊く。
「ああ」
「ギルドの人たちは?」
「ん?いたぜ。元気そうだった」
「喋ってこなかったの」
「書類の確認だけだったし、それに……」
ピタ。ロナルド君の動きが止まる。どうしたのかと洗米を中断し近寄れば、肩をビクリと跳ねさせた。顔が赤い。しばらく視線をあちこちに散らしたロナルド君は、あーとかうーとか言葉にならない声をだした後、そろりとこちらに顔を向けた。
「は、はやく、帰って来たくて……どらこーがごはん、つくってくれるし……」
今度は私の動きが止まる番だった。目を見開いて固まっていると、私の態度をなにか勘違いしたらしいロナルド君は少し表情を曇らせた。
「悪いかよ」
逸された目にハッとして首を横に振る。
「いや、悪くないよ。むしろ良い」
「そーかよ」
うん。そうだよ。ニコニコ満足げに笑いながら返事をすればロナルド君の表情も緩む。そして安心したことにより少し冷静になったらしい。いつまでもニヤニヤしている私を見て耐えきれなくなったのか、肩に鋭いパンチが飛んできた。当たり前だが死んだ。殺すな。今めっちゃ楽しかったんだぞ。もうちょっと浸らせてもらってもバチは当たらないだろうが。ぷんすこと塵をうごめかせて抗議する。このままスルーされるか、と、思いきや。珍しく、ロナルドくんは塵のそばに座り込んだ。白い手のひらが、指が、塵を控えめにいじり、さらさらと摘んでは床に落とす。
「今日の晩飯、なに」
するりと蘇生すれば、目の前には真っ赤にむくれた恋人の顔。思わず口角が上がる。ああ、これは彼なりの愛情表現だ。私のご飯が食べたいと言うのも、そのために早く帰ってくるのも。本当にこの若造は、私のことを飽きさせない。
「グラタンだよ。今決めた。ジョンもそれで良いかい?」
「ヌヌヌン!ヌッヌー!!」
一人と一匹の表情がぱっと明るくなる。とても気分がいい。今ならなんでも作れそうだし、にんじんとかくり抜いてあげようかな。いや、むしろくり抜いて貰おうか。うん。それがいい。
バレンタインに向けてこっそり用意していたハートの型を渡した時、彼はどんな反応をするだろう。この後に待ち受ける照れ隠死を確信しながら、愛しい彼を手招いた。