ひとり貴族◇◆──────────
居酒屋は前に来た時より混んでいた。カウンター席しか空いていないと言われたけれど、この店舗のカウンター席はタッパのある俺と莇が並んで座るには窮屈だ。俺は「狭くね?他の店にする?」と聞いた。
「別に、俺は平気だけど。金曜の夜なんてどこもこんなもんだろ」
莇はそう言って、構わず上着をハンガーに掛けた。
「それもそっか」
「何飲む?」
「んー、生…あ、やっぱレモンサワー」
タッチパネルに中指の第二関節で触れるのは莇の癖だ。レモンサワーと、ウーロンハイと、焼き鳥も二皿。今日はテーブルが狭いから、まずはこれだけで注文を確定した。
「お前次準主?」
「そー、晴翔さんが主演。なんかこないだ…」
俺が話し始めたときに、ちょうど店員がジョッキを二つ持って現れた。
「ありがとうございます…あ、俺ウーロンです…………で、なんだっけ」
「あー、言おうとしてたこと忘れちった」
「アホかよ」
一度遮られると、わざわざ話すほど面白いネタでもなかったような気がしてきたから、面倒になって話すのをやめた。
「乾杯する?」
「あ…わり、ちょっと飲んだ。はい乾杯」
「グダグダだな〜」
二つのジョッキがガチャ、と安っぽい音を立てる。冷たいアルコールを喉に流して、ひとつ息を吐いた。もう一口飲んでテーブルに置くと、先ほどとは別の店員が焼き鳥を運んできた。
「今日は一人一本食えるな」
「たしかに」
一ヶ月ほど前、この居酒屋に九門を含めた三人で来た。その時、一皿に二本乗っている串から几帳面に箸で鶏肉を外していたのは、意外にも九門だった。俺と莇はバラバラになった肉を箸でつついて食べた。
「なあ志太」
「んー?」
「こ…………くはくの、返事の期限って、どのくらいだと思う」
「…………は?」
「だから、その…す、好きだって、言われて…すぐ返事できなかった場合にだな」
「あー、言いたいことはわかってる。莇が言ったのにびっくりしすぎてるだけ」
専門学校は女子が多いと聞くから、そのうちの誰かだろうか。ついに莇が。俺は動揺して、レモンサワーを飲み干してしまった。
「えーと…相手から言われてないわけ?いつまでに返事欲しいとか」
「いや、いつまでも待つって…」
「おお…結構ヘビーだ。で、言われたのはいつ?」
「土曜」
「あー、明日で一週間?一週間…は結構一つの区切りになるな。俺だったら一週間待って返事くれなかったら催促するかも」
莇はそうか、と言って、串をくるくる弄んだ。
「なー、これからする話、誰にも言わねーって約束しろ」
「お、おー…いいけど…そんな深刻な話?」
難しい顔をした莇が頷いた。
「相手なんだけど…………九門なんだよな」
「…………え」
高校の頃から、九門を含めた三人でよくつるんでいたけれど、俺としては、俺と莇の友人関係に九門が加わった、という感覚だった。
九門でさえなければ、と思った。ジョッキを傾けても氷が口にぶつかるだけだった。俺はタッチパネルを中指の先で叩いて注文した。
「そういうふうに、見たことなかったから…九門のこと。混乱して…つーか、ビビったんだよ。ビビって、すぐに返事できなかった」
「莇は、どうなわけ。言われてどう思ったんだよ。たとえば、気持ち悪いとか」
「九門にそんなこと思うわけねーだろ」
たとえばだって言ってんだろ。と、返しそうになって、抑える。
「じゃあ、莇も好きなの、九門のこと」
「それは…わかんねぇ」
「ふーん、莇さ、それ一番ずりーよ。告った奴にとっては」
俺は次に莇が口を開くまで何も言わねー、と決めた。その間に店員が新しいジョッキと塩のつくねを持ってきて、空になったジョッキと皿を下げた。
「…………どうしたらいいんだよ…」
莇が頭を掻く。どうするんだろう、莇は。俺が今ここで話を聞いても、莇をより悩ませることしか言えない気がする。
「俺の意見、聞く?」
「ああ」
それなのに莇は、こんな時でも俺を頼る。
「関係ない立場の俺の、超個人的な意見、意見ってかお気持ちな。お前と九門がもし、付き合ったとするだろ」
「…………うん」
「そしたら、俺は…………スゲー寂しい、かな」
ガキの頃から残っている限りの記憶の中で、この日が今までの人生で一番長く、莇と目を合わせていたんじゃないかと思う。
莇から「九門と付き合うことになった」と報告を受けたのは、それから二週間後のことだった。
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