暗がりとめぐる世界【序章】
「この後、時間ある?」
いつもの定例ライブ後の、いつもの握手会。今日も今日とて脳内にずらりと並べ立てた文句を直接ぶつけてやろうと思った矢先に、推しのそんな一言で出鼻を挫かれた。
「――…は?」
意気込んでいた延長線で滑り出た思いきり圧の強い声色に、眼前の男がビクリとたじろいだ。やや引いたその表情にハッとして、ひとつ咳払いをした後になんとか表情筋を和らげる。そうして瀬戸内が「なんだ、急に」と言い直すと、あー、とか、えー、とか、いまいち要領を得ない音が続いてから、仁淀が慣れない様子で後頭部を掻いた。
「あー、その…。この前、吉野くんのプレゼント選ぶの手伝ってくれたから、お礼…」
「え、」
予想外の返答に思わず声がまろび出る。
39730