snbn③ sonny side*
「いらっしゃいにゃせー!」
大通りから少し離れた路地裏で、気前のいい老夫婦が営む『ベーカリー ボナペティ』は、この町で暮らす者ならば一度は食べたことがあるであろう、常連客の多いパン屋だ。
しかし、何故か最近は新規の客層が増え、やけに賑わっている。
そしてこの賑わいの正体は、見覚えのある『野良猫』が原因であった。
最近、昼前には売り切れてしまうほど人気になってしまった『ネギ胡椒パン』をトレーに乗せて一安心したサニーは、笑顔で夫人たちと会話をしながら会計をしているアルバーン・ノックスを目で追い、不満げに溜息を深くついた。
以前、友人の知人という腐れ縁で付き合いのあるファルガーと浮奇に紹介された(といっても挨拶しただけ)彼とは、あれ以降この町ですれ違ったことすらなかったはず
...なのに、偶然にも巡回ルートであり、行きつけであるこの店で、数週間前から看板娘として働いているらしかった。
何故、青年に対して『看板娘』なのかは置いておくとして、彼は愛想がとても良く、人を呼び込む才能があるらしい。
「...あ、ブリスコーさん。 こ、こんにちは」
人懐っこい笑顔を振りまいて、順番が来た俺に挨拶してきた。
「挨拶はいいから、会計してくれない?」
「! ぁ... はい」
ピンク色の生地で、肩にはフリルがついた女性物のエプロンを当然かのように着こなしている目の前の青年は、笑顔を張り付けたままではあるが、バツが悪そうに縮こまり、トレーごと差し出したパンを、丁寧に小袋へ包み始める。
...が、違和感しか覚えなかった。
思う事は一つしかない。
ーーいったい、何が目的なんだ?
ファルガーたちによれば、彼は前科はないものの幾度となく窃盗を繰り返す生活をしていたのだと聞いた。
町の平和と市民の安全を守る職務に就いている自分が捨て置けるような話題では、当然ない。
この町には、身寄りのない子供に対しての保護法がかなり手厚く備わっているほうだと思っているというのに...
仮にも知人の店にまで手を出そうとしていたのだからちょっとやそっとのことでは信用などできない相手だった。
「お、お待たせしました」
「ああ」
そっけなく、一つずつ丁寧に梱包された紙袋を受け取ると、彼の笑顔が、一瞬ぐにゃりと歪んだように見えた。
気のせいでなければ、根深く傷ついているかのような、そんな一瞬の歪み。
何かに怯えながら俺を見上げたその視線の奥でアッドアイの瞳が微かに揺れ動く様を、見逃さなかった。
「───......」
「...? あ」
何か言いかけた言葉を否定するように、身体が動いた。
いつもであれば、店主であるおばぁさんと世間話をするが、今日は早々に店を出て、違和感を覚えた胸を抑える。
ドッ... ドッ... ドッ... ドッ... ドッ...
耳にまで届くほど鼓動が激しく動き、鼓膜が熱を帯びるような...初めての感覚に戸惑う。
おかしい。
彼は、...いや、しかし、目的はなんだ?
日常の変化を嫌う俺に、底知れない変化を与えてくる存在。
「アルバーン・ノックス......」
彼は、
俺が望んでいない感情を、引き起こそうとしているのかもしれない。
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