snbn④ Alban side*
ーッ、ーッ
昨日は緊張と不安で全く寝付けなかったというのに、鬱陶しいほどスマホは鳴り続け、意識を呼び起される。
「んにゃ... んんんん」
キラキラした陽射しがカーテンの隙間から入り込み、眠りをさらに妨げるようにアルバーンの顔を照らす。
ベッドの上で思い切り全身に力を入れて伸びをすると年季の入ったスプリングマットレスがギシギシと音を立てた。
ーッ、ーッ、ー...
ようやく鳴り止んだスマホを恐る恐る手に取り、ホーム画面を確認すると、もう連絡を取り合いたくない相手からの着信であることを確認して、深い溜息をつく。
「ん~... 困ったな。」
ベッドから起き上がり、洗面台でバシャバシャと顔を洗う。
寝起きの頭はスッキリしたはずなのに、心は雨模様のようにどんより曇り、晴れることはない。
「ジェイ...」
その名前は、古き友の名前だった。
今は消してしまいたい過去...窃盗を働いていた時の相棒で、本当の兄弟のような存在だった、と思っている。
しかし、捕まりそうになった時は決まっておとり役にされ、何度も彼の尻拭いをしているうちに嫌気がさして、適当な理由をつけコンビは解消。その後は一人で活動していた。
だがここ最近、やたらと「再びコンビを組んでひと稼ぎしよう」と、困ったことにしつこく話を持ち掛けてくるのだ。
自分は今、復帰どころか慈善活動に勤しみ、贖罪の気持ちで頼み込んだパン屋でのアルバイトも始めたし、日の光が当たった場所で生きることを許されるように健全な日々を懸命に過ごしている。
...ここで後戻りなんか、絶対にやだ。
どうせ叶わない恋でも、想うことを許される立ち位置にいたい。
怪しまれても何でも、彼の目に留まるような場所にいたい。
すっかり、町の警察官であり人気者である
〝サニー・ブリスコー〟
の虜になってしまっているアルバーンの決意は固く、彼のことを真っ直ぐ、健気に想う彼を知ってか知らずか、何かと察しがいい同居人であるファルガーと浮奇の二人が、
以前ついて行ったホームパーティーに招待されたから、お前もくるか?と、ブリスコーさんも参加することを踏まえて誘ってくれていた。
それが今日だ。
昔の相棒のことを気にしていてもしょうがない。
そう心を奮い立たせると、何とか気が紛れたため、緊張と不安で高鳴る鼓動を感じながら、身支度を開始した。
* * * * *
今夜のホームパーティーの会場で、この町では名の知れたルクシムのメンバーたちが暮らしているシェアハウスに到着して、アルバーンは深く深呼吸する。
ファルガーと浮奇は、経営している店を閉めてから参加と聞いているため、おそらく夜がだいぶ深まった時間帯の到着だと思い、一足先に参加する事にしたのだ。
浮奇に、しつこく手土産を持っていけと言われため、ホームパーティーに招かれた際のマナーなどは抜かりがない...はずだ。あとはもう、なるようになる...!!
「...ん?」
意を決して勢いよく家のチャイムを鳴らそうとした時、何やら鋭い視線を感じた気がして、とっさに振り向いた。
が、人の気配は感じられず、近くの大通りから響く自動車や人々の賑わった声だけがこだました。
...気のせいかな?と思い今度こそチャイムを鳴らすと、この家で一番親しみのある男が勢いよく抱きしめてくる。
「アルバーン!!ようこそ!!待ってたぞー!!」
「わっ、わかったわかった!ルカ、こんばんは...っ!」
ぎゅうぎゅうと手加減なしで、自分よりも随分と体格が大きく筋肉がある男にハグをされ、男であるアルバーンも、さすがによろめいてしまう。
「だいたい今日呼んだメンバーは揃ってるよ!」
「ぁたた... そ、そっか。えと...サニーさんは...?」
「ん?いるいる。さっきまでレンと3人で喋ってたし」
「そっ、そっか...」
...やばい。緊張してきた。
間近で見れるのは、罪滅ぼし兼バイト先で会った時以来。少し手に汗を感じながら、玄関で立ち話も...と思い中に入らせてもらおうとした時、不思議そうにルカが尋ねる。
「ところで、後ろの人はアルバーンの友達?」
「え」
何の事かと後ろを振り向くと、そこには───
かつて相棒として一緒に盗みを働いていた『ジェイ』が、どこぞの坊ちゃんかと思わせるような身なりで、にこやかにアルバーンの真後ろに立ち、手をひらひらさせた。
「やぁ、ルカ・カネシロさん。俺はジェイ。アルバーンからよく話は聞いてます。よろしく!」
「よろしく!」
「突然すみません...こういうホームパーティー憧れててアルバーンに無理行ってついてきたんですよ...いいかな?」
ルカは少年のように目を輝かせると、アルバーンの友達ならもちろん大歓迎!と室内へ迎え入れ、無邪気にジェイと熱い抱擁を交わしている。
いったい何が...啞然と彼を見つめる事しかできない僕に当然抗う猶予は与えられず、堂々と嘘を並び立てていく。
───そういうところ、まるで変っていないな。
しかし、この状況は非常に危険な気がしてならなかった。
僕はジェイの着信をずっと無視していたし、彼の目的は絶対に良くないことだ。そういう目をしている。
「ジェ、ジェイ...」
ルカと会話し終えると、ようやく僕に目線を合わせてきた。
「アルバーン、どうした?これから美味い飯が食えるんだろう?楽しみだな」
「ほらアルバーン!ジェイ! こっちこっち」
もし、このパーティー中に参加者の物品などが盗難にあえば犯人は明らかにジェイだ。そして疑われるのは僕だろう。
ファルガーと浮奇が繋いでくれた関わりをこんな事で失いたくはないし、何より僕は...恋をしている。
もう、過去の過ちを誰にも掘り返されたくはないし平穏に暮らしたい。ここに集まる家族たちも、平穏に過ごしてもらいたいんだ。だから...だから絶対に
「ジェイ。何を企んでるか知らないけど、ここで少しでも悪さをしようものなら、絶対に許さないよ」
僕は彼に小声でそう警告し、ギュッと握りこぶしを作り覚悟を決めた顔つきで、自分自身を奮い立たせた。
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