用意された衣装にはフードがついていたものの、残念ながら被ることはなさそうだなと思う。視界が狭まることは、戦場では不利にしかならない。ましてや、カインには厄災の傷もあるのだ。オーエンが同行するので最悪の事態にはならないだろうが、なるべく死角はなくしておきたい。
何せ、これから向かうのは、あのブラッドリーでも手に入れられなかった宝の隠し場所だ。必ず何かある。剣の柄を撫で、顔を上げた。
一緒に任務に当たるのは北の魔法使いにフィガロと経験豊富な者ばかりだ。気負う必要はないとはわかっているが、だからといって気を抜くことはできそうにない。賢者とシノもいるのだ。何があっても対応できるようにしておくべきだろう。
折角の衣装に申し訳ないが、とそっと眉を下げると、ふと気配を感じた。振り向く前に頭に何かが被さった。慌てて取り払おうとする手を掴まれる。硝煙のにおいが鼻をくすぐった。
「ブラッドリー、どうしたんだ?」
「さあな。折角ついてんだから、活用しない手はねえだろ」
頭のものを引っ張られると、首の後ろの服も引っ張られる。それでようやく、フードを被せられたのだとわかった。子供のようないたずらに苦笑してしまう。確かに、カインも同じようなことは思っていたけれど。
「狙撃手のあんたなら、視界を遮られるのはまずいって知ってるだろ」
現に、ブラッドリーは当たり前のようにフードを被っていない。無事に任務が終わってからにするよ、とフードを取ろうとして、先程と同じように阻止されてしまった。思わず、咎めるような声が出る。
「離してくれ」
「ああ、俺が外してんのが気にいらねえのか」
絶対そういうことじゃないとわかっているのに、白々しくブラッドリーがフードを被った。微かな音をたてて、カインのフードが小さく揺れる。楽しそうに弧を描く瞳がやけに近い。息を飲んだ。
薄暗いフードの中、ワインレッドだけが見える。吐息が唇にかかった。
「んっ……」
キスを拒む気にはなれなかった。祈りをこめているような唇がすぐに離れ、再び触れ合う。次に離れた時には、カインから近づいた。無事であるようにと願いをこめて。
離れた唇が、ふと笑い声を零した。
「かわいいことすんじゃねえか」
「あんたが先にしたんだろ」
「俺のはそんな大人しくねえよ」
にやりと笑った指先が項を掴んだ。逃げる間もなく噛みつかれる。
「んんっ、ふ……ぅ、んっ!」
咥内を荒らす様に嬲られて呼吸が乱れる。さすがに許容できずに離れようとすれば、見計らったかのように上顎をくすぐられて力が抜けてしまう。それでも何とか腕の中から抜け出した。フードを取り払う。
「ッ、ブラッドリー!」
「強化してやったんだから別にいいだろ」
「え?」
言われてみれば確かに、魔法がかかっている気配がする。だとしても。
「……普通にかければよかったんじゃないか?」
「減るもんでもねえんだ、ケチケチすんなよ」
「減るというか……」
もっと落ち着いてる時にしたかった、と思わず零せば、目を丸くしたブラッドリーが手を伸ばした。フードを掴もうとする指を慌てて振り払う。盛大な舌打ちが聞こえた。
「落ち着いてる時にって言っただろ」
「任務の後に、とでも言うつもりか?」
「そのつもりだ。……だから、無事に終わらせよう」
誰に言ってやがる、とフードを外した尊大な男が笑った。